大切な君
「な、何をやってるんだ!?」
帰宅するなり、九郎は素っ頓狂な声を上げて望美の所へ走って来た。
望美はと、言うと「え?」と言いながら驚いた顔でいる。
九郎が慌てるのも無理は無い。
望美は大きな荷物を持ちながら踏み台に上がっていた。
九郎はそれを奪うようにひったくった。
「何をやってるんだ!お前は!!」
再度、言うと望美はキョトンとした顔で。
「何って、荷物をしまおうとしただけですけど?」
「俺に任せればいいだろう!?」
「でも、邪魔だったし・・・・・。これくらい私だって持てますよ。」
些か、不満そうな望美に九郎は肩を落とし、一緒に帰宅した弁慶に呟いた。
「まったく・・・・・。弁慶からも何か言ってやってくれ!」
「何をですか?」
突然の九郎の言葉に弁慶は頭を捻った。
が、踏み台に乗った望美と、溜息を吐きながら荷物を片そうとする九郎を見て瞬時に理解した。
「そうですね。望美さん、重いものを持っては体に障りますよ。踏み台から落ちでもしたら大変です。」
弁慶はにっこり笑いながら望美に注意した。
そう、望美は懐妊しているのだ。
海を越えた新天地で、晴れて夫婦となった九郎と望美。
その二人の間に、新たな命が宿った。
共に、海を越えてきた朔や、他の八葉達も大いに喜んでくれて。
中でも夫である九郎の喜びっぷりは群を抜いていた。
生まれるのはまだ数ヶ月も先だと言うのに、毎晩、一生懸命に名前を考えたり出産の準備をしたり。
実に、微笑ましい光景であった。
そんな九郎だから、妊婦の望美が踏み台に乗って重い物を持つ姿を見て慌てるのは無理も無い。
弁慶も、やんわりと望美に警告する。
「もう、君一人の体では無いんですからね。あまり無理はしないで下さい。」
「はい・・・・。すいません。」
薬師の弁慶の言う事を望美は大人しく受け取った。
「解ったのならもういい。これから気をつけてくれ。」
シュンとする望美に九郎は優しく言った。
その言葉で、望美は一気に嬉しそうな顔になる。
「はい。解りました。」
素直な返事に九郎も笑みを浮かべた。
「あ!そろそろご飯の時間ですよね?」
「ん?あぁ。そうだな。」
「そうだと思って、もう用意してあるんですよ!しかも!今日は私が作ったんですよ〜。」
と、望美は元気よく言った。
「お前が・・・・・作ったのか?」
「はい!今日は朔も譲くんも居ないから頑張って作りました!」
じゃん♪と楽しそうな声を上げながら望美はお膳の上にかけてあった布を取って見せた。
そこには、お世辞にも美味しそうとは言えない料理が数品並んでいた。
黒く焦げた魚に、これまた、黒く煮えた煮物。
少し固めのごはんに切り方がまちまちな漬物。
それでも、望美にしては上出来ならしく、少し胸を張りながら九郎の反応を伺う。
しかし、九郎がした反応は望美の予想とは真逆だった。
「お前は何を考えているんだ!!」
さっきよりも怒った九郎の声に望美は思わずビクッと、身を強張らせた。
そして、九郎はこう言い放った。
「こんな物を作るくらいなら、寝ていろ!!」
その言葉は望美に大きなショックを与えた。
唇を震わせ、涙が滲み出す。
怒りというよりは悲しみの感情の方が強かったようで、返す言葉が出てこない。
望美は勢い良く立ち上がった。
「解りました!おやすみなさいっ!!」
吐き捨てるように叫んで、廊下をズンズンと音を立てて去って行った。
「・・・・・九郎。いくらなんでも酷いんじゃないですか?」
一部始終横で見ていた弁慶が九郎を責めるように言った。
草履を脱いで、望美の用意した食事の前に弁慶は座る。
そこには、確かに下手な料理があったが、望美の愛情が篭っているのが見て取れる。
弁慶は望美に代わって少し怒気を込めて九郎を見た。
「俺は、間違った事は言っていない。」
「けれど、言い方があるでしょう?望美さんだって、一生懸命作ったんです。確かに、上手とは言えませんが・・・・・。」
すると、今度は九郎がムッとしながら弁慶に言い返した。
「そんな事は無いぞ!今日の料理は中々上手いじゃないか!!」
「は??」
「それに、望美は下手な訳ではない。不得意なだけだ!!」
望美の料理下手を擁護する様に言う九郎に、弁慶は不思議な顔をした。
「九郎・・・・。今、望美さんの料理に文句を付けたんじゃないんですか?」
すると、九郎は心外そうな声で言う。
「そんな事は言って無い。」
「じゃあ、何で怒ったんです?」
「あいつが、無理して料理なんかするからだ!」
九郎は、ぶつぶつ言いながら弁慶と同じように望美の用意したお膳の前に座った。
「料理をするとなると、立ちっぱなしになるじゃないか!重いものを持ったり、動いたり。あいつが疲れてしまうだろう!?」
「・・・・・・つまり、君は。望美さんの体を気遣って怒ったんですか?」
「ああ。そう言っただろう?なのに、なんで望美は泣くんだ?」
弁慶は呆れた。
目の前の料理を褒めながら食べているこの、不器用な男に。
そして、呆れながらも二人の幸せを願う一人として、九郎へ助言をしてやった。
「九郎。君は心配しすぎなんですよ。」
「?何処がた?」
「妊娠と言ったって病気じゃないんですから、家事くらいはしたって大丈夫なんです。
そりゃぁ、剣術の稽古をしたり、馬に乗ったり、重いものを持ったりするのはいけませんが・・・・・。」
「そ、そうなのか!?」
「えぇ。むしろ、少しくらい動いておかないと。いざ、出産の時になったら体力が無くなって辛い思いをするのは
望美さんと、お腹の子ですよ?」
「辛い思いをする」と言う弁慶の言葉に、九郎の顔の血の気が引いた。
「だ、だめだ!!そんな思いをさせる訳にはいかん!!」
九郎はさっきの倍くらい、慌てふためく。
「でしたら、家事をしたくらいで怒ったりしたら駄目ですよ。」
「そ、そうか・・・・・。」
「解ったのなら、直ぐに望美さんに謝ってきた方が良いんじゃないですか?」
箸を止めながら、「なるほど・・・・。」と呟く九郎に弁慶は哀れんだ声で言う。
「可哀相に。望美さんはきっと、料理の下手な事を怒られたと思ってますよ?」
「俺は、そんな事は言って無いぞ!?」
「無自覚ですか?言って無くても、そう聞こえましたよ?」
弁慶はヤレヤレと首を振る。
「妊娠中の女性は特に心身不安定だと言いますからね。さっきのように怒鳴られては間違った見解をしてしまうんじゃないですか?」
「ぐっ・・・・・。」
「そう言った負担が子供にも良く無いらしいですよ?まぁ。君が出来ないのなら、僕が望美さんを癒して差し上げましょうか?心身共にね。」
と、弁慶が言い終わるや否や。
九郎は疾風の如く、去って行った望美を追っていってしまった。
「困ったお父さんですね。」
フフッと、笑いながら弁慶は望美の料理に手を付けた。
「っ望美!!」
九郎は勢い良く望美の元にやって来た。
望美はビックリして振り返る。
その望美の前にドカッと腰を下ろすと、九郎は肩を力強く掴みジッと望美を見据えた。
「望美、俺はお前が大切なんだ!」
しっかりとした口調で九郎は言った。
「は・・・・はい。」
望美は返事をするのがやっとである。
「その・・・・。さっきは、俺の言い方が悪かった。すまん。」
素直に頭を下げた。
「だから決して、お前に不満があるとかでは無いぞ!心配なんだ!」
先程の勘違いを訂正しようと、九郎は必死に告げる。
すると、「プッ。」と小さく噴出す声が聞こえた。
「九郎さんてば、ホント心配性。」
望美は穏やかな顔で九郎を見返していた。
「私だって、馬鹿じゃないんですよ?言われなくても、辛かったら体を休めたりします。」
「そ、そうだな。」
「一応『お母さん』なんですもの。」
お腹を撫でながらそう言う望美は『お母さん』の顔をしていた。
優しく、暖かい、慈愛に満ちた『母』の顔に九郎は思いがけず、目を奪われる。
「それに、料理の事で怒られたんじゃない事も解ってますよ。」
今度は得意げな顔で胸を張った。
「今日は会心の出来でしたからね!まぁ・・・・見た目は微妙ですけど。」
そう言われ、次は九郎が笑いを零す番だった。
「ああ。確かに美味かったぞ。」
「あ!食べてくれたんですね!」
「当たり前だろう?お前が頑張って作ってくれた物だ。」
「えへへ。嬉しいです。」
心から嬉しそうに笑んだ。
「じゃあ、何で泣きながら去って行ったんだ?」
九郎の真意を知って、それでも涙を浮かべて去って行った理由を尋ねると、望美は少し拗ねたように答えた。
「だって・・・・。ご飯作るのも駄目って言われたら、九郎さんのために何も出来ないじゃないですか。」
「俺の・・・・・為?」
「はい。私も、九郎さんが大切なんですから。」
「望美・・・・・。」
九郎は望美を抱きしめた。
小さな事でも、些細な事でも。
互いを大切に思ってする事は、
どうしてこんなにも愛しいのだろう。
下手くそでも、不器用でも。
ただ、君を思うだけで幸せに感じる。
「ありがとう、望美。」
感謝と愛しさを込めて、
九郎は優しく望美の腹を撫でた。
〜あとがき〜
11796打御礼でございます!
リクエストしていただいたサワ様、いかがでしょうか?
リクエスト内容は『妊婦望美ちゃんと、心配性の九郎さんをほのぼの+弁慶さん絡み』という事だったんですが。
あれ?弁慶さん絡み過ぎ??(笑)
片桐自身、数ヶ月前まで実際妊婦でしたので、
何か思い出しながら書いてました。
まぁ、ウチの旦那の場合。
「動かないと体重増えるよ?」って脅してきやがりましたけど(笑)
九郎さんは良いパパになりそうですね〜。
休日に、子供にオモチャにされる九郎パパ・・・・・・イイっ!!(萌)
ご満足いただけましたら是幸いです。
ありがとうございました☆
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