正々堂々









『神子殿に舞を一つ踊っては頂けないだろうか?』



数日前に秀衡からこんな依頼が望美の元へやって来た。

春の神泉苑での雨乞いの儀式の噂は流れに流れて、この平泉の地まで伝わっていたようで。

平泉の繁栄を願って、白龍の神子の舞を是非、拝見したいと、秀衡や彼の側近達が頼みに来た。

断る理由も無い望美は二つ返事でOKを出し、今こうして、舞を披露するために毛越寺にやって来ている。



「では、神子殿。」



そう、促されたのが合図。

望美は扇を取り出して舞った。

神泉苑で見せたような美しく荘厳な舞を。

観客は誰もが溜息を吐いた。

秀衡も身を乗り出し釘付けとなる。

もちろん、八葉達や朔も観客に紛れて、それを見に来ていた。

だが、九郎だけは、秀衡や泰衡と同じ上座に席を用意してもらってそこに座っていた。

九郎を『御曹司』と呼び敬う秀衡の配慮のためである。

華麗な舞もやがて、終盤になり笛の音と共に望美は舞を終えた。

望美が一つ、お辞儀をすると。

その場に居合わせた誰もが拍手喝采を浴びせた。



「なんと美しい!良いものを見せて頂いた!!」



秀衡の手放しで喜ぶ様に望美はさすがに照れくさそうに頬を染めた。



「いや、まこと見事な舞でございました。」

「さすがは神子様。」



秀衡の側近達も賞賛の声を止めない。



「いつまでも見続けていたい美しさじゃ。のう。泰衡!」



興奮しながら秀衡が問うと、泰衡は酒を飲みつつ、「えぇ。左様でございますな。」とぶっきら棒に答えた。



「なんじゃ、その言い草は。もっと、女子を褒める言葉は出てこんのか?」

「そうですね。民を喜ばせる神代としては上々の出来ではないでしょうか。」

「これ、泰衡!」



秀衡が泰衡を叱責しようとすると、望美が慌ててその間に入って行った。



「『上々』って事は上手だったって事ですよね?泰衡さん。私、それで十分ですから。」



と、笑顔を秀衡に向ける。

秀衡はそれに釣られて微笑み、また、愉快な気持ちになった。



「神子殿は身も心もお美しい。かような女子には中々お目にかかれないものじゃ。」

「そんなこと無いです。でも、そう言われると嬉しいです。」

「ワシも。そなたの様な娘が欲しかったのぅ。」



秀衡は残念そうに言った。

すると、側近達が一斉にハッとした顔をする。



「秀衡さま!残念がらずとも大丈夫ですぞ!」

「左様!神子様と泰衡様が夫婦になれば良いではありませんか!!」



「おぉぉぉ!!」と、側近達が沸き立った。

それを見ていた観客達も一緒に沸き立つ。

これに、望美と八葉達は仰天した。

まるで、雨乞いの儀式の後の時と同じ。

望美の美しさに、彼女を召そうとした後白河法皇の時のような。



「えっ!?あ、あのぅ・・・・。」

「どうじゃ、泰衡?」

「はぁ・・・・・。」



当の泰衡はさして興味の無い顔で聞いていた。

別段、望美に気があるわけではない。

泰衡はどう話をかわしたものか思案すると。



「お待ち下さい。御舘。」



今まで黙っていた九郎が湧き上がっている秀衡たちに声を上げた。

立ち上がり、困り顔の望美の元へ歩み寄ると。

春の神泉苑の時のように、少し強引に自分の胸に望美を引き寄せた。

そして。



「この者は私の許婚でございます!」



冬の平泉の冷たい空気に九郎の声は良く通り、観客達にもそれは聞こえた。

湧き上がっていた声たちは全て静まり返ってしまった。



「な、なんと!!それは誠か、御曹司!?」



秀衡は驚きの声で尋ねた。

だが、九郎はしっかりと頷いて。



「はい。将来を誓い合った、大切な許婚です。」



曇りの無い眼で九郎は秀衡を見据えながら言い切った。

普段の照れ屋な彼とは違って、胸を張り、堂々と『許婚』を名乗る姿に。

望美の心臓はドキリと、大きく跳ねた。

だが、ふと。

望美の脳裏にある思い出が蘇る。



『この者は私の許婚です!』



桜舞う神泉宛で、雨乞いの儀式の後。

後白河法皇に召されそうになったときも、九郎はそう言って望美を守ってくれた。



『あれは、方便だ。そうでなければこんなやつ許婚と言うもんか。』



という事は、今回も。



『九郎さんは私を守る為に嘘を吐いてくれてるんだ。』



望美は少し肩を落とした。

ほんの少しだけれど、期待してしまっていたから。

もしかしたら彼は本当に自分を許婚と思ってくれていると、好きでいてくれてると思っていたから。

けれど、嘘でも『許婚』を名乗ってくれるのだから。

少しだけ、その気分を味あわせて欲しい。

望美は秀衡に笑みを向けた。



「すみません。秀衡さん。私、九郎さんの許婚なんで、泰衡さんのお嫁さんにはなれません。」

「うむ・・・・・。御曹司の許婚であったとは。すまないのぅ。この話は無しじゃ。」



秀衡は二人に頭を下げた。






「九郎さん。ありがとうございます。」



帰り道、望美は九郎に礼を言った。



「ん?何の事だ?」

「また、私を守ってくれたんですよね?『許婚』って嘘吐いて。」



望美は少し胸が痛んだ。

嘘だったと思いたくないけれど、それが事実なら仕方が無い。

笑ってごまかそうと思った。

が。



「・・・・・お前。俺が方便で御舘に言ったと思ってるのか?」



望美の台詞を九郎は呆気にとられながら聞き返した。



「え?だって、雨乞いの儀式の時もそうだったじゃないですか。」



首を捻る望美に、九郎はヤレヤレと、いったように頭をかく。



「俺も、随分鈍い奴だと言われていたが、お前も案外鈍いんだな。」

「九郎さん?」

「俺は、必要ない嘘は吐かない。」



九郎は望美の前に立った。

真っ直ぐに望美の目を見つめる。

吸い込まれそうな程、澄んだ眼差しは逸らす事が出来そうにない。



「まして、御舘のように恩義のある方に嘘など吐きはしない。」



そっと、望美の両手を握った九郎は、大きく深呼吸をすると。

覚悟を決めたように、もう一度望美を見つめた。

真剣に、只管、真っ直ぐ。



「お前に、本当の許婚になって欲しいんだ。」



誰にも奪われないように、逃げてしまわないように。

幸せな未来を共有出来るように。


望美の答えを、九郎は待った。

ジッと、見据えたまま。

すると、望美は少し顔を赤らめながら顔を逸らした。

それを見た九郎は声を萎ませて。



「・・・・・迷惑か?」



と、聞いた。

望美は否定するようにフルフルと、首を横に振る。



「ビ、ビックリしただけです・・・・。」

「何故だ?」

「だって・・・・・・。」



上目遣いに九郎を見上げた。

望美は頬を赤一色に染め上げて言う。



「だって・・・・・嬉しかったから。」



焦がれに焦がれた思いが。

通じ合ったのだから。


望美は恥ずかしそうに頭を下げながら言った。



「え・・・・・えっと。不束者ですがよろしくお願いします。」

「あ。いや。こちらこそ。」



九郎も釣られて頭を下げた。

その様に、望美はプッと、噴き出す。

顔を上げた九郎と、瞳を合わせて。

幸せそうな笑みを浮かべた。




〜あとがき〜
キリ番12345打の御礼SSです。
リクエスト内容は『平泉でも結婚宣言』
どうせ宣言するなら皆の前でしちゃえよ!しかも今回は本気で♪と、いう思いの元できた作品です。

リクエストの中に『男らしくドンと構えた九郎さん』とありましたので意識したつもりですが、
どうでしょう?
お気に召しましたら嬉しいです。





   
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