思いのカタチ
夜になっても暖かな気温が続いてくると、人は不思議と眠りに付くよりも起きて居たがる。
まして、見上げた先に綺麗な月を見つければ、誰からという訳でもなく酒を酌み交わし、
そうして宴が始まる。
ここ、源氏の棟梁が住まう館でも、それは開かれていた。
上座には、頼朝。
彼は無言で酒を呑んでいる。
しかし、戦の最中とは打って変わってピリピリとした空気は無い。
そして、それは隣で彼に酌をする政子も同様で、宴は驚くほど陽気なものだった。
上座から少し離れた場所に席を設けてもらった景時は、この宴が心から嬉しかった。
平穏で、何事も無い日々。
それを実現してくれた愛しい人は、畏まる兵たちに酌をして回っている。
「み、神子さまっ!このような事は侍女にでも・・・・・。」
「いいんです。私がやりたいからやってるんです。さぁ、どうぞ。」
皆に気負いを感じさせない、優しい笑顔に兵たちは釣られて笑顔になる。
酒に由来する物とは違った赤みを頬に表しながら。
「・・・・・良いのか?景時。」
突然、口元を緩めながら頼朝が問いかけてきた。
景時は何のことだか思い当たらず、目をパチクリさせる。
「頼朝様・・・・・。何の事でございましょう?」
すると、今度は政子が「フフッ。」と笑う。
「景時。うかうかしていたら、鳶に油揚げを持ってかれますよ。」
何かを含んだ物言いに景時は「はぁ。」と気の抜けた返事だけをした。
一体、二人が何を言いたいのか。
景時はまったく思い当たらない。
誰に、何を持って行かれるのか?
取られるほど高価な物は持ってはいないと思うのだが・・・・・。
と、急に下座の方が、どよめき出す。
視線を移して見た先には、酌をしていた両手を握られ、驚く望美と
彼女を真剣に見据える若い兵士。
彼は酔っているのか少し虚ろな顔をしてはいるが、眼は真剣そのもの。
そして、彼はゴクリと生唾を飲み込んで意を決したように口を開いた。
「み、神子様は!誰か好いた方がお出ででしょうか!?」
「え?」
「わ、私は。い、以前より神子様を、お慕い申し上げておりました!
ど、ど、どうか、我が伴侶になっては頂けませぬか!!??」
その愛の告白に一同シン・・・・。と静まり返る。
が、直に他の兵士達から声が上がった。
「待て!俺だって、神子さまをお慕いしているぞ!!」
「何を言うか!俺とて、神子様のことは宇治川でお会いした時よりお慕いしている!!」
我も我も、と上がる声に望美は慌てふためき、困惑した。
が、彼女の「あのぅ・・・・。」と上げた声は彼らの声に負けてしまい、誰の耳にも入らない。
これほどの騒々しさ、普段ならば頼朝が一睨みすれば静まるのだが、
今日の彼は愉快げに酒を呑む。
整然と場を収めるつもりは全く無いらしい。
この状況に慌てたのは望美だけではなく、景時もどう納めたものか困惑していた。
政子は、またクスクスと笑う。
「まぁ。白龍の神子様は人気者ね。」
他人事のような台詞を景時は、無理も無いと思いながら耳にした。
正直、これは当たり前の状況かもしれない。
戦で疲れた兵達の心を癒してくれたのは、望美の優しい笑顔。
望美は惜しむ事無く兵達を慈しんで、優しさをくれた。
そんな彼女に、惚れない男が居ないわけが無い。
現に、景時もそんな望美に惹かれた男の一人なのだから。
けれども。
いい加減、あの望美の手を握る手に苛立たしさが募る。
限界まで困り果てた望美に、初めに愛を告げた彼が手を握りなおすと。
「神子様。どうか、お返事を・・・・・。」
そう、言った途端。
景時は、彼の手から奪い取るように望美を抱き寄せた。
その出来事に皆、静まる。
「この子は俺のお嫁さんになる人なんだ!誰にも譲れない!」
誰にも譲らない。
やっと、やっと手に入れた、大切な人。
景時はギュゥッと望美を抱きしめた。
苦しさと、嬉しさを同時に感じて望美は頬を朱色に染める。
そして、抱きしめた彼女から伝わる早鐘の鼓動によって景時はハッと我に返った。
「まぁ。こんな大胆な求婚をされてはこっちが照れてしまうわね、アナタ。」
「ふっ・・・・・。そうだな。」
上座の夫婦は心底愉快げに事の成り行きを見ていた。
景時は慌てふためき、抱きしめていた手を素早く離した。
「ご、ごめん!望美ちゃん!!」
「あ。いえ・・・・。」
赤い顔のままの望美は目の前でパニックを起こしている景時をじっと見る。
景時は「はぁぁぁぁぁ・・・・・。」と盛大な溜息を吐いて頭を抱え込んでしまった。
そこまで気落ちする要因が分からなくて、望美は困ったように小さな声をかけた。
「景時さん。そんなに落ち込まないで下さい。」
「・・・・・だってさ。こういうのは、雰囲気とか場所とか台詞とか。
もっとちゃんとしないといけないのに、俺ってば・・・・・・。ホントごめん。」
もっとふさわしい場所で。
もっと特別な時に。
君への思いを。
二人の未来を願う言葉を。
すると、望美の困り顔が色を失くし満面の笑みだけが零れる。
「景時さん!私、嬉しいです。」
「え?」
抱えた頭を上げると嘘偽り無い笑顔の望美が居て景時はドキッとした。
見ているこっちがくすぐったくなるような幸せ一杯の笑顔。
景時は目を見張る。
「どんな雰囲気でも、どんな場所でも、どんな台詞でも。関係ないです。」
大切なのは、想う気持ち。
心から愛してくれる貴方の気持ち。
「すっごく、すっごく嬉しい・・・・・・。」
頬を紅潮させたまま微笑む望美は、今までで一番と言っていいほど美しく見えた。
それは、景時だけでなくその場にいた全員が思ったこと。
そして、こんなに幸せに微笑む事が出来るのは景時だけなのだと誰もが痛感する。
「・・・・・要らぬ世話だったようだな。」
上座の夫婦は、初々しい恋人達を暖かく見守った。
『女の涙は武器』って聞くけど、ちょっと違うと思う。
だってさ、泣かれるのは確かに困っちゃうし、どうしたら良いか判らなくなるけれど。
それよりも、もっと、もっと。
胸が苦しくなって、張り裂けそうになって。
ホント、どうしたら良いのか全然判らなくなって。
気付けば自分の理解を超える行動をしてしまって。
そんな風になっちゃうのは・・・・・・。
眩しいくらいの君の笑顔。
もう、頭を抱える事無く立ち上がった景時と望美は照れくさそうに見つめあった。
〜あとがき〜
大変、大変遅くなりまして・・・・・申し訳ありません!!;
汐音さま、19191打御礼SS。
いかがでしたでしょうか?
「両思い後も狙われる皆のマドンナ的存在の神子様と気が気じゃない相方。」
景望でも九望でもOK!ということでしたので景望にしてみました。
機会があれば九望にもチャレンジしたい・・・・・。
実現できるかは片桐の文才次第ですが。
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