会いたい気持ち
ため息とともに、九郎は筆を置いた。
ここ暫くは政務をこなす為に、弁慶と六条堀川の邸に缶詰状態。
片付けなければいけない仕事は山のようにあるのだが。
一向に作業は進まない。
九郎はまた、ため息をついた。
そんな彼の側で書類を眺めていた弁慶がクスリと一つ笑う。
「どうしたんですか?君が仕事の手を止めるなんて珍しいですね。」
「あ、あぁ・・・・・。すまん。」
「謝る必要はありませんよ。どうかしたんですか?」
「ん?・・・・・まぁな。」
実を結ばない返事ばかりの九郎に弁慶はフフッと笑って茶化すように言った。
「気になりますか?望美さんのことが。」
急に、そんなことを言われて九郎は爆発したように顔を赤くした。
「な、何を言うんだ!!」
「ああ。図星ですか。」
「ちっ・・・・違・・・・・。」
「じゃあ、望美さんの事はどうでもいいんですか?」
「良いわけないだろう!!」
と、叫んで九郎はハッとした顔になる。
弁慶は、クスクスと笑っていた。
余りに単純に乗せられてしまい、九郎は一気に無言になってバツが悪そうに縁側へ視線を投げた。
外は日差しも暖かく、散策には最適の天気。
雲一つ無く太陽が燦々と注いでいる。
今日も、望美は町を散策するのだろうか?
これなら天気の心配は要らない。
しかし、日差しの強さに根を上げはしないだろうか?
不意に望美の姿が頭を過ぎって九郎は、またかと頭を抱えた。
仕事をしても、何をしていても考えてしまうのは望美の事。
それではいけないと、頭を切り替えようと庭を見ては美しい花に望美を重ね。
また、彼女を思い出す。
彼女の声を。笑顔を。
思い出せば思い出しただけ、思考は染められて。
そうして、願ってしまう。
『会いたい』と。
九郎は徐に畳の上へ転がった。
右手で拳を作り、コツッと額に当てた。
不甲斐無い。
政務一つ満足に片付けられないとは。
会いたいと思うのなら早く終わらせればイイのに。
思うようにいかない。
どうしようもなくて、九郎は今日、何度目かのため息を零した。
「散歩でもしてきたらどうですか?」
弁慶の余りに誘惑的な発案に、九郎は頭を振った。
「いや・・・・・そういう訳にはいかんだろう。」
「でも、そのまま頭を抱えてたところで効率が上がるとは思えませんが。」
笑顔で痛い所をつかれ、九郎は押し黙る。
「全く。真面目な男ですね。」
弁慶は若干呆れたように息を吐いた。
会いたいと願う気持ちを存分に押し殺して。
なのに、会いたいと頭を悩ませて。
もっと、自分に我侭になれば良いのに。
その思いはおそらく、一人だけの気持ちではないだろうから。
けれど、君にはそんな事出来ないんでしょうね。
『馬鹿』が付くほど真面目で一生懸命な男だから。
弁慶が一人柔らかく微笑むと、九郎はスッと立ち上がった。
「茶でも入れてくる・・・・・。」
そう、言い残して部屋を後にした。
台所へ向かう足は思いのほか鈍いのは今の心境の表れなのか?
心なしか、廊下が長く長く感じた。
と、前方から来る人影が視界に入り、九郎は思わず足を止める。
近づいてくる人物を、一瞬、見間違えでは無いかと目を擦った。
愛慕する心が見せた幻ではないかと。
紫の髪を揺らし手にかごを抱えて踊るように歩いて来るその人は、
九郎に気づくと嬉しそうに声をかけて来た。
「九郎さ〜ん!」
その姿は、ここ数日。
頭の中を独占していた彼女の姿。
九郎は思わず駆け寄った。
「な・・・・・・。どうしてここに?」
その単純な問いに、望美は薄っすらと頬を染めると。
「えっと・・・・・。九郎さんに会いたくて・・・・・・。」
九郎の胸を締め付けるくらい愛らしい笑顔でそう言った。
その笑顔が、九郎の心拍を跳ね上げる。
うぬぼれてもいいのだろうか?
自分善がりな思いではないと。
「あ。お仕事の邪魔はしませんから!すぐに帰ります!これ。差し入れのお饅頭と、お煎餅と・・・・・・。」
そう捲くし立てる望美を、九郎は思わず抱きしめた。
望美は突然のことで声を失い、手に持った籠がドサッと下に落ちる。
思いを寄せる男性に、体いっぱい抱きしめられて望美の心臓も破裂しそうに跳ね上がった。
「・・・・・すぐに帰るのか?」
少し気弱な問いが望美にかけられる。
「お、お仕事の邪魔になるんで・・・・・。」
上ずった声で返した。
望美だって、帰りたくは無い。
でも、側に居させて欲しいとも、言えない。
「・・・・・もう少し。居たっていいだろう?」
九郎は望美を抱く腕に力を込めた。
少し、苦しい。
けれど、体を通じて聞こえる心音と息遣いに緊張しながらも心地よくてその身を任せる。
遠慮がちに九郎の背中へ手を伸ばすと、望美も九郎のように彼を抱きしめた。
どうして、自分を抱きしめてるのとか。
落ちた籠の心配とか。
ここは廊下だから誰かに見られるとか。
そんな事が些末な物の様に感じながら、二人はお互いの体温を感受する。
『遭いたかった』という単純な理由。
けれど、それは互いを恋うには十分過ぎる理由。
「・・・・九郎さんさえ良ければ・・・・・・もうちょっと居ます。」
「・・・・・そうか。」
言葉は数は少なくても伝わってくる九郎の気持ちに。
望美は頬を染めて、笑顔を咲かせた。
〜あとがき〜
22222打御礼SSでございました。
シオン様リクエスト「執務のため六条堀川に篭りっきりで、望美ちゃんに会えずイライラ・我慢限界な御曹司」
ばっちり、弁慶さんに弄ってもらいました。
悶々としてる九郎さん書いてたら何だか可哀想になってきたんで
望美ちゃんに陣中見舞させてみました。如何でしょうか?
ちなみに背景の吾亦紅の花言葉は「愛慕」
ご満足頂けたら嬉しいです。
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