アイアイ傘










朝から降り続いた雨は昼を過ぎても止む気配は無かった。

いつもは賑わう往来も雨の日は別。

静かな雨音だけが聞こえ辺りに人は居ない。

そんな中、九郎は一人、傘をさしながら梶原邸へと歩を向けていた。

と、その時。



「ハックション!!!」



静寂を切り裂くような大きなクシャミが聞こえた。

九郎は驚き立ち止まり、周囲を見渡す。

古ぼけた民家の軒下にそのクシャミの主が居た。

膝丈のスカートを雑巾のように絞りながら体を振るわせるその人は、紛れも無く望美だった。



「望美?お前、こんな所で何をしているんだ?」

「あれ?九郎さん、こんにちは。」



怪訝そうに聞く九郎に気付き、望美は挨拶を返す。

見れば、頭の先から足の先まで望美はびしょぬれ。

傘も持たずに出歩いていたのだろうか?

しかし、雨は朝から降っていた。

こんな中を傘も持たずに出歩くような愚かな事を望美がしたとは考えにくかった。



「傘はどうしたんだ?まさか、差さずに出てきたわけではないだろう?」

「あ、はい。さっきまで持ってましたケド。」

「では、何故そんな有様なんだ?」

「え〜と・・・・。コレはですね。」



情けないような笑顔で望美は答えた。



「傘が無くて困っている人が居たんであげたんです。」



その答えに九郎は溜息を吐いた。



「それではお前が濡れるだろうが。」

「でも、走って帰れば大丈夫かなぁ〜って思って。」

「そんなナリの何処が大丈夫なんだ?」



尚もお小言を言われ、望美は言葉に詰まって下を向いた。



「だって・・・・・風邪でも引いたら可哀相だと思って・・・・。」

「お前だって風邪を引くだろう?」

「あ!私は大丈夫です。滅多に風邪なんて引かないし丈夫だし。」



自信満々の望美に九郎はまた溜息を零しながら自分の傘を望美に差し出した。



「これを持って行け。」

「え?でも、そうしたら九郎さんが・・・・・。」

「俺の事は良いから。持って行け。」

「ダメです!そうしたら九郎さんが濡れちゃう!」

「お前がこれ以上濡れるよりはマシだ。」

「九郎さんが濡れるのはイヤです!」

「お前。人の好意を無駄にする気か!?」

「九郎さんこそ。私の気遣いを無駄にするんですか!?」



互いに、一歩も譲らない言い合いが続く。

と、その時。

望美は名案が浮かんだように明るい顔になった。



「そうだ!その傘に二人で入って帰ればイイじゃないですか!?」

「は!?」



その提案に九郎は目を丸くした。



「ね?イイ考えだと思いませんか?」

「こ、断る!!」

「え?」

「お、お前一人で入って行け。俺は、走って帰る!!」



九郎は赤面しながら傘を望美に突き出した。

傘の大きさは一人分。

そこに二人入るという事は自然と寄りそう形になってしまう。

仮にも好意を寄せている女性と一つの傘で恋人のように寄り添って歩くなど九郎には出来ない提案だった。

しかし、望美はそんな思いに気付くわけも無く。

傘を置いて逃げ出そうとする九郎の腕を捕まえてムッとした声で言った。



「九郎さんが濡れて帰るなら、私も濡れて帰ります。」



脅迫染みたその台詞に九郎は反論の術を無くしてしまった。





雨の勢いは衰える事は無く、先程と変わらない雨音を立てていた。

静けさも変わらない。

ただ、変わったのは一つの傘の中の人口と、その傘の持ち主の顔だけ。



「ちょっと、九郎さん。そんなに離れたら九郎さんが濡れますよ?」



望美の頭上に傘を手向けながら出来る限り距離を置いて九郎は歩いていた。

しかし、必然と九郎は傘からはみ出し、体を濡らすことになる。

それを望美が見逃すわけが無かった。



「もっとこっちに来たらイイじゃないですか。」

「気にするな。」

「思いっきり、気になります!」

「ちょうど、雨に濡れたいと思ってたんだ。だから気にするな!」



「雨に濡れたい人なんて居るんですか?」という望美の言葉を無視して何事も無い風に振る舞いながら歩いた。

と。



「ハックション!!」



望美が、さっきよりも大きなクシャミをした。



「大丈夫か!?」



九郎は驚いて望美の顔を伺う。



「だ、大丈夫です。ちょっと、寒いだけですから。」



心配かけまいと、望美は笑顔で返したが。

細い肩は静かに揺れていた。

それに気付かないほど九郎も鈍感ではない。

少し迷って、でも。

意を決したように突然望美の肩を抱き自分の体へと寄せた。



「く、九郎さん!?」

「お、お前に風邪でも引かれたら困る。その・・・・神子が病に臥せっては軍の士気に関わるというか。」

「士気に・・・・ですか?」

「そうだ!それに、こんなお前を連れて帰っては朔殿や皆にどやされるのは俺だからな。」

「はぁ。」

「だ、だからコレは・・・・・不可抗力だ!」



もごもごと理由を並び立て恥ずかしさを紛らわす九郎を望美は笑いを堪えながら見つめていた。



「じゃあ、クシャミなんかしながら帰ったら九郎さん怒られちゃいますね。」

「あ?あぁ。」

「それなら・・・・・。」



と、言って望美は九郎が抱き寄せた時よりも、もっと九郎の胸の中に寄って来た。

これには、ビックリした九郎は飛び上がりそうになる。



「の、望美っ!?」

「こうした方が風邪引かないです♪」



エヘヘと、嬉しそうに笑いを零した。

その姿に、もはや九郎は抗議などする気も失せて。



「や、邸に着くまでだぞ!?」



ぶっきら棒にそう言って、優しく望美の肩を抱きしめながら歩いて行った。





   
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