恋煩い
柄にも無いってのは当にこの事。
今の俺。
サザキはぐったりと蹲り、大きな溜息を零す。
自分で言うのもなんだけど、悩み事ってのはホントに柄じゃねぇんだ。
たとえ嫌な事が合ったとしても、美味いもん食って昼寝でもすりゃスッカリ忘れちまう。
ちっちゃな事でクヨクヨ悩まない。
それが、海の男ってもんだろ?
それなのに何なんだ。
一体全体、俺はどうしたんだ?
全速力で走った後みたいに動悸はするわ、風邪引いた時みたいに顔が熱くなってくるわ・・・・・。
病気か?病気になったのか?俺。
イヤイヤ。その割には体調は良いし・・・・・。
なんだよ、もう。
・・・・・そうだ、あの時からだよな。こんな状態になったのは。
サザキは項垂れた頭をボリボリと掻きながら数時間前の事を思い出した。
サザキは青空の中、背中に生える翼を軽やかにはためかせる鳥達を眺めて居た。
風に乗り、高く、高く飛ぶ彼等。
頬を撫でる風は優しく、そして日差しも優しく空を舞う者達を見守る。
この心地よさは翼を持つ者だけの特権。
地を這う者達には絶対に感じられることは無い、あの場所がサザキは好きだ。
地上で踏ん反り返ってるどこぞのお偉いさんも、空から見れば蟻とさして変わらない。
ちっぽけで、こんな奴に頭ペコペコ下げるのもバカバカしいと思える。
空は好きだ。
何にも捕らわれない、自由な所が海に似ている。
サザキは、はぁ〜と声を漏らした。
「・・・・・・退屈だ。」
霧深い筑紫に降り立ってから数日。
大事な船は動かない。
何処へも身動き取れないまま時間は流れる。
霧の原因も謎のまま。
空は好きだが、こうして唯眺めるのは退屈なだけだ。
「あーあ。気晴らしに空でも飛んでみっか。」
伸びをしながら隣のカリガネに声をかけた。
すると。
「サザキ、カリガネ。」
後ろから聞こえる愛らしい声に二人は振り返った。
「よう、姫さん。」
「空を飛べるって本当?」
半分驚いたような、好奇を含んだ瞳で尋ねられる。
サザキはもちろんと、頷いた。
「お願い、サザキ。私、空を飛んでみたい。」
満面の笑みで願われて、その表情に一瞬胸がドキリとした。
姫さんは可愛い。
そんじょそこらじゃお目にかかれないくらい可愛い。
貴族の姫さんという肩書きにもかかわらず、気さくで大らかで
けれど、気品も漂ってて。
それを鼻にかけてない、つーか全く判ってないトコがイイ。
サザキはこんな千尋と話すのが好きだ。
彼女の笑顔が好きだ。
「そんじゃ、一っ飛びしてくるか。カリガネ、何かあったらよろしく。」
そう言ってサザキは千尋を腕に抱いた。
自分の物とは違う別の体温が肌に触れる。
瞬間、サザキはまた、胸がドキリと高鳴った。
千尋は落ちないようにと、サザキの腰にギュウッとしがみ付く。
「ひ・・・・姫さん・・・・・。」
サザキの上ずった声に千尋はそっと顔を上げた。
「?どうしたの?」
「いや・・・・・。どうしたのって・・・・・その。」
何なんだ、この折れそうな細い腰とか、柔らかい抱き心地とか、鼻をつく甘い匂いとか。
不思議そうに見上げる真ん丸の目とか・・・・・・・・。
か、可愛い過ぎだろうが!
サザキは若干パニックになりかける。
それを見て取って、カリガネが横から口を出した。
「・・・・・無理なら、替わってやろうか?」
「ん!?だ、駄目だ!駄目だ駄目だっ!!」
サザキは激しく首を横に振る。
こんなに可愛い姫さんを抱いて飛ぶなんて、他の奴に譲れるか。
チラリと腕の中の千尋を見ればまだ、不思議そうな顔で見上げている。
ギュウッと抱きついたまま。
目と目が合ってサザキは顔の温度が急上昇する。
慌てて、彼女から目を逸らした。
お、落ち着け・・・・・落ち着け・・・・・・。
海の男、サザキ様がこんなことで動揺してどうするよ?
けどなぁ・・・・。なんか、ここ最近姫さん益々可愛くなってきてて。
なんつーか・・・・・・意識してしまって・・・・・・ん?
待てよ?
姫さんと思うから動揺するんだ。
んじゃ、こうして抱いてるのは姫さんじゃないと思えば大丈夫だ。
そうそう。
んじゃぁ・・・・この腕に抱いているのは男!男だ!!断じて、可愛い姫さんじゃない。
と、男を抱いて空を飛ぶ姿を思い浮かべる。
・・・・・・ウゲッ。
サザキは怖ろしく気分が悪くなった。
頭が痛くなりそうだ。
こんな気分悪いのは絶対に嫌だ。死んでも嫌だ。
サザキは一層、男を抱いて飛ばないことを決意した。
「サザキ、無理ならいいよ?」
千尋は抱きついていた腕を解き始めた。
暖かな温度が離れていく。
それが堪らなく切なくて、サザキは解き出した千尋の腕を掴んだ。
離れないで欲しいと、乞うように。
「無理なんかじゃないさ。なんていうか・・・・・俺が情けなかっただけで・・・・・・・。」
胸の煩いを消し飛ばす程の笑顔を浮かべると、サザキは改めて千尋を腕に抱く。
「そんじゃ、行くぜ!姫さん。」
大きな翼をはためかせ上空へと舞い上がった。
「・・・・・・はぁぁ。」
胸に抱いた感触を思い出し、サザキの胸の鼓動が駆け出す。
千尋に触れた手が、特別な物に見えて鼓動は更に加速した。
「・・・・・随分、情けない溜息だな。」
カリガネの抑揚無い皮肉も喰い付く余裕が無い。
「お前らしくもない。」
「あぁ。俺もそう思う。」
図星を突いた言葉にサザキは大きく頷いた。
そして、その所以が何なのかを模索して、悩んでいる。
その様子が可笑しくて、カリガネはフッと笑った。
「熱に浮かされたか?」
「そうなんだよ。何か、顔は熱いし、動機はするし、胸は痛いし。俺病気か?」
「・・・・・・そうだな。」
恋と言う名の病。
サザキは、判っていないのだろうか。
目の前の彼は恋患う男にしかみえないというのに。
「やっぱ病気か!?病気なのか?どうしたら治んだこれ!?」
突如混乱しまくるサザキをカリガネは笑いを噛み殺して見ていた。
君の全てが俺を悩ませる。
自分が知らない自分に変化する。
情けないくらい、柄に合わない。
けれど、まんざら悪くもない。
この甘くて熱い気持ちに、眩暈がした。
〜あとがき〜
空飛ぶイベントが片桐の脳内で発展した作品です。
パニくるサザキに萌えましょう♪
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