五条の縁(オリジナルVar.)
「え?出会いですか?」
弁慶は眉根を寄せながら望美の質問を聞き返した。
「はい。弁慶さんと九郎さんって、どうやって知り合ったのかなぁ〜って。」
好奇心に満ちた瞳に弁慶は笑みを浮かべた。
「そんな事を知りたがるなんて、君は面白い女性ですね。」
「あれ?聞いちゃいけない事でしたか?」
「いいえ。別に構いませんよ。・・・・・そうですね。あれは静かな夜でした。」
――――― 数年前 京都・五条大橋
音が消えてしまったかのような静かな夜。
一つの人影が橋を渡ろうと、歩いてきた。
女物の布を纏って歩く様は小柄な女性のようにも見える。
だが、腰に据えた刀がその人物が女では無い事を証明していた。
夜目にも解る、値打ちのありそうな刀。
その刀を橋の欄干に凭れ掛かっていた弁慶は見逃すはずが無かった。
弁慶は薙刀を握り立ち上がる。
初対面の人間に刃を向けるのは忍びない。
だが、自分がこんな追い剥ぎのような行為をして助かる人がいるのなら、喜んで手を汚そう。
人影はどんどんと、近付いて橋を渡りだそうとしていた。
そこへ、弁慶は落ち着いた声音で声を掛けた。
「こんな夜更けにどちらへ?」
弁慶の声は闇夜に良く響いた。
声を掛けられた人物はピタリと、足を止める。
弁慶はその人物の首元に薙刀の刃を向けた。
「貴方に怨みはありません。その刀、置いていって頂けますか?」
抑揚無く、少しの殺気を込めて言うと、大抵は恐れおののいて要求に応えて逃げ出す。
弁慶は人を傷つける気も、殺す気も更々無い。
ただの脅しだけで屈服してくれるのならこれ以上の最良はないのだ。
けれど、今刃を向けている人物は、恐れる様子も無ければ畏怖しているわけでもない。
動かずに、振り向きもせずに立ち止まっていた。
弁慶はそれを怪訝そうに見る。
ふと、その人物は弁慶に問いかけた。
「この刀を、一体どうするつもりだ?」
少し、幼さの残る声で彼は尋ねた。
「質に入れて換金するんですよ。」
丁寧に弁慶は答えた。
自分でもそれは不思議に思えた。
何故か、嘘や誤魔化しで返事をする気にはなれなかった。
たった一言しか話していない彼ではあるが、ハッタリという物は通じないような気がした。
何故なら、先程から出している弁慶の脅しの殺気に、彼は動じない。
まるで、弁慶にその気が無いことを理解しているかのように無防備に背を向けたまま、
薙刀を気にする様子も無く、また、弁慶に問う。
「売ってどうするつもりなんだ?」
「君に話すことでは無いですよ。」
「いや。どういった目的で使うのか聞かねば、この刀をやるわけにはいかん。」
「そうですか・・・・・。」
弁慶はふぅと、一息吐いた。
それが、合図だったかのように、弁慶は薙刀を握り直すと首元から素早く、彼の足を狙って振り下ろした。
しかし、彼もその太刀筋を綺麗に避けると、弁慶の薙刀をトンっと、蹴り後退する。
「おや。やりますね。」
弁慶は、クスリと笑う。
比叡山で修行している僧兵の中で、弁慶の強さは一目置かれるものであった。
だが、彼の強さに敵う者も居なかった。
『稽古』という実力を出せない手合わせのみ。
それに、満足出来るはずも無く。
こうして、橋の上で追いはぎをするのも、無意識に強敵探しを兼ねている為なのかも知れない。
そして、今夜。
その願いは叶った。
弁慶の素早い薙刀捌きに翻弄される事無く、ヒラリ、ヒラリとかわす。
「どうやら、僕は運が良いようですね。」
「?どういう事だ?」
「ふふっ。記念すべき1000本目の刀が君のように強い方の物なんですから。」
滅多に出会う事の無い強敵との対峙に弁慶の心は踊った。
そんな弁慶に彼は口をポカンと開けて問う。
「お前、今までに999本も刀を奪ったのか?」
「えぇ。そうですよ。」
「なるほど、巷で騒がれている『刀狩の弁慶』とはお前の事か。」
「おや?今頃気付いたんですか?」
「あぁ。噂では鬼のような大男と聞いていたからな。」
気付かないのも無理は無いと思った。
弁慶は『鬼のような大男』という形容からはかけ離れた穏やかな見た目の青年である。
「だが、『鬼』というのは当たっているようだな。」
――――― 鬼のような強さ。
一筋縄ではいかないと感じた途端。
弁慶が一歩踏み出し、また薙刀を振り下ろした。
「鬼とは心外ですが・・・・・では君は、鬼退治に来た桃太郎と言った所ですか?」
弁慶は愉快気に問う。
すると、首を横に振られた。
「いや。俺はそんな大層な者じゃない。」
そう答えると、弁慶から距離を置くように後に飛びのく。
そして、ゆっくりと鞘から刀を抜いた。
刀身が月で照らされる。
神々しいような光を放つ刀を構え彼。―――― 九郎も愉快な表情をした。
「己の、腕試しだ。」
ニッと笑む顔はまだ、幼く。
それ故、怖いもの知らずな顔に見える。
弁慶はククッと笑う。
「『鬼』相手に腕試しですか?君は面白い人ですね。」
「ああ。相手にとって不足は無い。」
「随分と強気ですね。僕に勝てると?」
「やってみなければ判らないだろう?」
期待に満ちた眼差しと勝気な表情。
互いに見つめあい笑うと、次の瞬間。
闇夜に刀のぶつかり合う音が響いた。
「―――― つまり・・・・・。喧嘩友達って事ですか?」
「ふふっ。まぁ、そんなような物ですね。」
望美の問いに弁慶は頷く。
「へぇ・・・。で、結局どっちが勝ったんですか?」
「僕が、負けると思いますか?」
「・・・・・思いません。じゃあ、九郎さんが負けたんですか?」
「そんな訳無いだろう!」
突然、九郎が後から答えた。
「わっ!九郎さん居たんですか!?」
「さっきから声を掛けたんだが。気付いて無かったのか?」
弁慶の話に夢中だった望美の耳に九郎の声は届いていなかった。
それに気付いて、「やれやれ」と、九郎は溜息を吐く。
「えっと・・・・・じゃあ。どっちが勝ったんですか??」
話を逸らそうとした質問に、九郎と弁慶は顔を合わせる。
そして、フッと笑うと。
「内緒です。」
「内緒だ。」
少年のような顔をして答えた。
刀を合わせて数刻が過ぎた。
二人は同じように肩で息をする。
「なかなか、やるではないか。」
「君も、大した物ですよ。」
互いの力を認め、賞賛の言葉が口を吐く。
「ですが、そろそろ決着をつけませんか?」
「あぁ。俺もそう思っていた。」
残りの体力を考えると、次の一手が最後。
九郎は柄を握り直し、弁慶も薙刀を構えた。
空気がピンっと張り詰める。
夜明けも近い白んだ空の下、ほぼ同じタイミングで武器を振るった。
ガキンッ!!!
鉄独特の高音が響く。
二人は静止したまま。
「どうやら・・・・・。」
「引き分けのようだな。」
そう呟いて二人はその場に大の字に倒れた。
手に持った武器は二人とも真っ二つに折れてしまっていた。
強者同士の戦いに、武器が先に根をあげてしまったのだった。
「弁慶。噂通りに強いな。」
九郎は嬉しそうに言う。
「ふふっ。光栄ですね。君も自慢していいですよ。」
「いや。引き分けなど自慢にならん。勝ってこそ自慢になるのだ。」
「へぇ。随分厳しいんですね。」
弁慶も嬉しそうに笑う。
「ところで、俺の刀を狩って質に入れるとか言っていたが売ってどうする気だったんだ?」
「・・・・・薬を買うんですよ。」
「薬?」
「えぇ。貧しくて薬の買えない人たちに買って差し上げるんです。こう見えて、薬師の勉強もしてるんですよ。」
「そうか・・・・・。」
すると、九郎は始めに吹いていた笛を弁慶に差し出した。
「・・・・・何です?」
「刀は壊れてしまったからな。代わりにコレを売れば良い。」
「ですが・・・・。」
「遠慮するな。」
半ば押し付けるように九郎が渡した笛は漆塗りの貴族が持つような逸品だった。
「コレはどこで?」
「いや。お前に会う前に会った奴と手合わせしてな。戦利品として頂いたんだ。」
「なるほど。つまり、君も追いはぎだったわけですね。」
「ち、違うぞ!!落としていったから拾っただけだ!!」
「それなら拾得物として届けるべきなんじゃないですか?」
「そ、そうか・・・・。そうだな・・・・・。いや、しかし誰のものかも判らないなら貰っても・・・・・。」
ぶつぶつと、独り言を言い出した九郎を弁慶は可笑しそうに見る。
「まぁ。ありがたく頂戴しますよ。持ち主が解ったとしても、お礼はいただけるでしょうからね。」
「ん?あぁ。」
九郎が独り言を止めて頷くと、弁慶はゆっくり立ち上がった。
「夜が明けますね。そろそろ戻らなくてはいけないので失礼します。そういえば君の名を聞いていませんでしたね。」
「俺は九郎。九郎義経だ。」
「では、九郎。またお会いしましょう。」
「ああ。今度会うときまでに、新しい薙刀を用意しておけよ。」
「それは、こっちの台詞ですよ。」
二人は顔を見合わせ、ニッと笑う。
曙が赤々と二人を映し出していた。
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