儚き思い
「寒い・・・・・・。」
天鳥船の片庭にも雪が布をかけたように、少しだが積もっていた。
熊野に着いてからもう数ヶ月。
季節は冬を迎えている。
千尋は、はぁと、掌に息を零した。
ジワリと冷えた指先が温まる。
けれど、すぐさま冬の冷気にそれは持っていかれてしまった。
千尋は片庭から少し降りたベランダのような場所に座っていた。
そこは、那岐がいつも皆の喧騒から離れて過ごす昼寝の場所。
初めて此処見つけた時、那岐は少し嫌そうにしていたっけ。
自分だけの秘密基地を見つけられてつまらなそうに。
それでも、仕方なさそうに。
『千尋になら使わせてあげてもいいよ。』
千尋はクスっと笑った。
そして、隣を見つめる。
そこには誰もいない。
冷たい雪が、唯々落ちてくる。
「・・・・・・那岐。」
答える声は無い。
気だるそうに見てくる眼差しも、何も。
呼ぶ声は空しく零れるだけ。
あの、無言の背中を思い出して胸が苦しくなる。
振り返らない姿は、拒絶されているような気さえして。
意地悪な笑顔でもイイ。
溜息ばかりの呆れ顔だって。
振り向いて、いつもの通りに。
『本当に、千尋は仕方が無いね。』
そう言ってくれてたあの頃にはもう戻れないのかな?
那岐は、もう決心してしまったの?
千尋は手をギュッと握り締る。
――――― 会いたいよ。那岐。
那岐はふと窓の外を見上げた。
漆黒の闇の中から純白の雪が舞い落ちる。
寒そうだな。
室内は暖かく整えられている故、外の寒さを感じはしないが、その冬景色だけで寒さを予感させる。
こうして、見上げる雪はどこの世界でも変わらない。
ビルや住宅の並みが無いだけ。
那岐は部屋を出た。
外はやはり寒い。
上着を羽織るべきだったと思ったが、もう一度出入りするのも面倒でそのまま積もり出した雪の上に歩を進めた。
小さく、雪踏みの音がする。
短時間でこれだけ積もったのだ。
きっと、明日の朝には十分に雪が積もっている事だろう。
そしたら。
「雪だるまとか、作れそうだな。」
そう呟いた那岐の脳裏に、思い出が巡った。
ちょうど、あの日もこんな風に雪が降ってた。
『ねぇ、那岐!かまくら作ろうよ!』
『やだ。』
『何で?いっぱい積もったよ?』
『これくらいの雪じゃかまくら作るには足りないだろ?
第一、寒い。』
『えぇ〜?じゃあ、雪だるま!雪だるま作ろうよ。』
『だから、寒いから嫌だって。』
『動けば温かくなるよ。ほらほら!』
半ば引きづられるようにコタツから出され、ウキウキしながら千尋が作った雪だるまは、テレビで見たような立派なものでは無かった。
所々、泥が付いて形もデコボコしていて。
余りにも不細工な出来に思わず噴出した。
すると、千尋は少ししょ気てしまって。
だから代わりに、小さい雪兎を作ってやった。
そうしたら、千尋はたちまち笑顔になって、僕も嬉しくて、二人で笑った。
その後帰って来た風早に雪玉ぶつけて3人で雪合戦して。
次の日、千尋と僕だけ仲良く風邪引いて寝込んだっけ。
那岐はフッと笑った。
初めは面倒臭いし、寒かったのに、最後は汗かきながら夢中で遊んでいた。
大した出来事も無く退屈だったけど、平和な日々。
いつも隣には眩しいあの笑顔があった。
それだけで、良かった。
あの日々がずっと、続いてたなら。
千尋を悲しませる事も無かったのかな?
那岐が出した掌に落ちた雪は忽ち溶けて雪の形を失った。
こんな風に、儚く消えてしまった優しい日常。
代わりに訪れた非日常のような毎日。
知りたくも無かった現実に眩暈がした。
千尋を守れるんだったらなんだっていいさ。
もういちど、贄として差し出されるだけ。
それだけの事。
「・・・・・寒い。」
那岐は踵を返した。
自分の思いは雪のように消えていけばいい。
どんなに降り積もってもいずれ消えて、形など残らない雪のように。
そうすれば、君にこの思いを知られずに済むから。
ただ、一つだけ我侭をいうなら。
「会いたい・・・・・なんて馬鹿な話だよな。」
そんな思いを抱く自分に呆れながら、那岐は部屋の中へ戻った。
外の雪は無言で降り続ける。
優しさも、悲しみも、全て閉じ込めて。
〜あとがき〜
いつにも増して、纏まりつかない文章ですいません。
あの熊野で引き離された後の、創作です。
片桐の勝手な妄想ですので、あしからず。
ご感想などはこちらからお願いします。
その際は創作のタイトルを入れて下さいね。