陽だまりの中で










AM5:00

朝が弱い望美が早起きしたのには訳がある。

今日は久しぶりの先生とのデート。
行き先は桜の見事な公園。

鼻歌交じりでキッチンに立つ。

「美味しいお弁当作って、先生を驚かせちゃうんだから!」

料理の苦手な望美はいつも先生に作ってもらってばかりいる。
その恩返しと、女の面子にかけて豪華なお弁当を作る予定なのだ。

譲にレシピを教わり、予習はバッチリ。
後は実行に移すのみ。

「私が下手なのは、作り方を知らないからだよね。
 レシピさえあれば大丈夫!」

非常に分かりやすく、かつシンプルにまとめられた譲直伝のレシピを片手に望美は余裕の顔つきだ。

「それで、上手に出来たお弁当を先生が食べてくれて・・・・」


 『神子。よく頑張ったな。』
大きな暖かい手で撫でられる。


そんな想像が望美の脳裏に浮かんだ。

これは嬉しい。嬉しすぎる。

顔がニヤけてしまいそうになった。

しかし。
こんな事をしている場合では無いと首を振る。

喜ぶのは出来上がってからだ。

「よ〜し。頑張るぞ〜!!」

腕まくりをし、いざ戦いの場へ勢いよく向かって行った。





「なんでこんな風になったんだろ・・・・・」
待ち合わせの場所で望美は溜息を吐く。
朝の勢いは何処かへ飛んでいったように肩を落としている。

とても恋人と待ち合わせをしているようには見えない姿だ。

チラリと抱えたバスケットに視線をやると、更に深い溜息が零れた。

その時。

「神子。待たせたか?」
大きな影がうつむいていた望美の視界に入る。

見上げると、そこには大好きな人。

「先生!」
望美は立ち上がり、リズヴァーンに駆け寄る。
先ほどの憂い顔は彼方へ消え去ったようだった。

リズヴァーンはそんな彼女を抱きとめる。
「神子。遅れてすまない。」
「いいえ。私もさっき来たとこです。」

ニコニコと微笑まれれば、彼にもその笑顔が移る。

「では、行こう。」
手を繋がれ、望美は嬉しさが最高潮に達する。

そう。
あの、バスケットを開けるまでは・・・・・。




桜はちょうど見頃で満開に咲き誇っている。
ひらり、ひらりと舞う花びらは美しくて、望美をうっとりさせた。

平日だったためか人はまばらで、静かに桜を見られる。
天気も快晴で最高の花見日和だ。

そして、隣には大好きな先生。

 『幸せすぎて失神するかも。』

春の陽気と同じように望美は暖かな気持ちになる。

「晴れてよかったですね。」
「あぁ。心地よい天気だ。」

二人は見つめあい微笑む。


きっと、私は世界で一番幸せかもしれない。
嬉しくて繋いだ手を大きく振る。

それを見たリズヴァーンも幸せそうな笑みを浮かべた。


なのに。





  ぐぅ〜。





望美腹の虫が鳴った。
しかも盛大に・・・・・


望美は一気に赤くなる。


 な、なんで!?こんな時に鳴るの〜?


「神子、腹が空いたのか?」
「え?あ、いや・・・・その・・・・。」

何でもないかの様に尋ねるリズヴァーン。
恥ずかしさのあまり更に赤くなる望美。

そんな望美の心中を察してか、リズヴァーンは微笑む。

「神子。私もそろそろ腹が空いたようだ。」
「え?」

リズヴァーンは見上げた望美に更に優しい笑みをくれた。


 『先生は、私のこと気遣ってくれたんだ。』


その事が嬉しくて望美に笑顔が戻る。

「じゃあ。お昼にしましょう!私、お弁当を作って・・・・・」

そこまで口にしてハッとする。
リズヴァーンは訝しげに見つめた。

「え〜と・・・・・。どこか、お店行きましょうか?先生は何が食べたいですか?」

遠くを見つめながら、望美は話をずらす。

「しかし。弁当を作ってきたのだろう?」
「うっ。」

リズヴァーンの的確な指摘をうけ、望美は押し黙った。

「神子?」
「先生、ごめんなさい!!」

目頭を潤ませ望美は謝った。

「先生にお弁当食べて欲しくて、頑張ったんですけど。上手くいかなくて。
 それで何回もやり直してる内に時間が無くなってきて・・・・・。
 一番まともなのを持ってきたんですケド、慌てて来るときにひっくり返しちゃったんです。」

朝から望美は一人、朝食も取らずに頑張った。
その姿に母親は感動するくらい黙々と作っていた。

何度作っても焦げる玉子焼き。
握りすぎて硬くなるおにぎり。

けれど、今までの人生で初めてなくらい真剣に作った。

そうしてる内に気付けば待ち合わせ1時間前。

慌てて一番マシなのを詰め、身支度を整え電車に飛び乗った瞬間。


お弁当の入ったバスケットは宙に浮いて。

ひっくり返ってしまった。

恐る恐る、中身を確認すると、言い表せないほどグチャグチャな姿。

捨てる事も出来ずに持ったまま待ち合わせ場所へ向かい、
そして今に至る。


「ホントにごめんなさい。」
望美の目頭はどんどん熱くなる。

お弁当に失敗し、
更にそれをひっくり返し、
お腹の虫を聞かせてしまう醜態をさらし、
情けなくてしょうがない。

 『穴があったら入りたい・・・・』

もう、恥ずかしさのあまり逃げ出したい衝動に駆られる。


途端、片方の手が軽くなった。
望美の持っていたバスケットをリズヴァーンが手に取ったのだ。


そして。


「あちらの桜の下で良いか?」


少し離れた大きな桜の木を指差す。
望美はビックリしたような顔になった。

「で、でも先生。お弁当は・・・・・」

グチャグチャになった姿を思い出す。
とてもじゃないが食欲をそそられる物ではない。

だが、リズヴァーンは優しく微笑む。

「少々、形が変わっただけだ。問題ない。」
「けど・・・・・。」
「それに。」



お前が、私のために作ってくれたのだろう?



望美の涙が消える。

「さぁ。行こうか。」
リズヴァーンに促され望美は大きな声で返事をする。
もう、憂い顔はどこにも無い。

あるのは幸せに満ちた二つの笑顔。




「先生?どうですか?」
望美お手製の弁当を食べるリズヴァーンの反応を
恐る恐る覗き込む。

「うむ。うまい。」
「本当ですか!?」
「あぁ。」
「良かった〜。」

嬉しそうに両手を合わせる。
その笑顔は本当に幸せそうで、リズヴァーンも嬉しくなる。

「神子。よく頑張ったな。」
不意に大きな暖かい手で撫でられた。


待ち望んでいたこと。
しては貰えないと諦めていた願いが叶えられた。


望美は嬉しくて、幸せで。

「これからももっと頑張りますね!」


二人は微笑み合う。

暖かで、柔らかな

陽だまりの中で。


〜あとがき〜
先生、素敵です。
大人の魅力満載ですね。
私も先生とお花見したい・・・・(妄想中。。。)


   
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桜華