愛しさと隣り合わせの悲しさと
静寂のみが漂う真夜中に、景時は静かに帰宅した。
出迎えの者は居ない。
居なくていい。
何故なら一刻ほど前に、彼は誰にも気づかれないようにそぅっと邸を抜け出したのだから。
音を立てることなく戸を閉めると、玄関口ではなく中庭へ歩いていった。
正面から帰ったのでは誰かに気づかれるかもしれない。
けれど中庭からなら『眠れなくて散歩に』と嘘もつけるであろうと踏んでの事だった。
が、当然、庭先で誰かに出会うことも無く静かに縁側へ腰を下ろした。
見上げれば遥か上空には神々しい月明かり。
景時は懐から一通の書状を出した。
それは『密書』と呼ばれる類の物で、内容は誰かに見られた時のことを懸念して湾曲されて書かれてはいるが
平たく言えば『暗殺指令』だった。
そうして、その指令を無事果たして、景時はこうして帰宅したのである。
景時はその密書に火をつけた。
メラメラと目の前で燃える書状に乗せて自分の犯した事も消えて欲しいと思いながら。
けれども、黒焦げの燃えカスが、それは不可能だと言ってる様に彼の足元に落ちた。
「そりゃ、そうだよね・・・・・。」
弱弱しく、そう呟いた。
と、さっき書状を取り出した懐から、コロリと小さな匂い袋が落ちた。
それは、望美がくれた梅の香りの匂い袋だった。
拾って目の前に持ってくるとフワリと優しい匂いが鼻を刺激した。
『景時さんの為に作ったんです。』
頬を染めて照れくさそうに差し出してくれた望美を思い起こして、景時は目を細めて匂い袋を見つめた。
バカだな、俺。
どうしてこんなに、
君のことが好きなんだろう?
どうして思ってしまうんだろう?
君に愛されたいって。
小さな匂い袋の縫い目は、お世辞にも上手とは言えないけれど、
思いを込めて作ってくれた
その一針、一針が堪らなく愛しくて、――――― 愛しくて。
「・・・・・好きだよ。望美ちゃん。」
誰にも聞こえない小さな声で。
告げることの出来ない思いをそっと口にする。
聞くのは空の月だけ。
景時は一層優しく、匂い袋を見つめた。

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