贈り物










「弁慶。少し良いか?」


と、九郎は薬の調合をしていた弁慶に問う。



「えぇ。どうぞ。」



そう、許可を得て、九郎は部屋の中へ入り弁慶の目の前に座った。

何か悩み事だろうか。

彼が、弁慶の下を訪れるには理由がある。

そうでなければ、散雑とした弁慶の部屋に進んで来ることは無いからだ。



「どうしたんですか?九郎。」



目の前の、如何にも悩んでますという顔の若者に弁慶は優しく問いかけた。



「弁慶。『しゃんぷぅ』とは一体何だ?」

「は?」



弁慶の耳に入ったのは全く聞きなれない言葉。

九郎はまだ、続ける。



「それから『りんす』と『へあぱっく』についても聞きたい。」

「あの・・・・・九郎?」



質問をする九郎の目は至って真剣そのもの。

彼はどうやら異世界から来た仲間の誰かからその言葉を仕入れて来たに違いない。

何処で、誰に聞いたのかが分かれば、少しは意味が想像出来るだろう。



「九郎。ちなみに、それは誰が教えてくれたんですか?」



そう聞くと、九郎は「あ。いや・・・・。」と些か口ごもった。



「言えないんですか?」

「いや。そういう分けではない。」

「じゃあ、言ってください。」

「そ、そうだな・・・・・。言っておくが別に疾しい気持ちで聞いたとかでは無いぞ!」

「へぇ。じゃぁ、どんな気持ちで聞いたんですか?」

「え?いや・・・・・。たまたま、通りかかった時に聞こえて来てだな。」

「なるほど。」



歯切れの悪い九郎の説明を総合して、弁慶は微笑みながら結論を下す。



「つまり、盗み聞きしたんですね。」



その台詞は九郎の胸にグサリと突き刺さった。



「ひ、人聞きの悪い事を言うな!!か、勝手に耳に入って来ただけだ!!」



九郎は半ば叫びがちに弁慶に反論したが、彼は微塵も気にせず。



「冗談ですよ。」



と、笑った。



「で?誰の話を盗み聞き・・・・おっと失礼。耳にしたんですか?」



本当に冗談か?そう九郎は一抹の疑いを持ちつつも、落ち着いて話そうと咳払いをした。



「その・・・・・。望美がな。」

「望美さん?」

「譲と将臣と話をしていたんだ。髪がどうとか。」

「髪ですか?」

「あぁ。なんでも『しゃんぷぅ』やら『りんす』といった物が無いから髪が痛んで仕方ないと。」



なるほど。

弁慶は何となく分かったような気がした。

九郎が聞いてきた『しゃんぷぅ』や『りんす』等は髪をキレイにする物なのだろう。

望美の長い髪は美しいが、怨霊や平家との戦や長い旅などで痛むのは当然の結果かもしれない。



「それで?どうしたいんですか。九郎。」

「ん?いや、一応あいつも女だからな髪が痛むなど一大事だろうし、
 色々と力を借りたりもしているから何か礼をしてやろうと思ってな。」



本人が聞いたら「一応って何ですか!?」と怒り出しそうな台詞だ。

弁慶は少し笑いながら立ち上がり物が積み上がった棚から小さい漆塗の容器を取り出した。



「九郎。残念ながら『しゃんぷぅ』とかは手には入りません。その代り、これを差し上げたらいかがです?」



と、九郎に先程の容器を差し出した。



「?これはなんだ?」

「椿油ですよ。それで少しは望美さんの悩み事も解決すると思いますよ。」

「そうなのか・・・・・・。」



九郎はしげしげとそれを眺めた。



「しかし、椿油とは刀の手入れに使うものだろう?望美は髪が痛んで悩んでいるんだぞ?」

「椿油は髪艶を整える効果もあるんですよ。」



使ってみれば分かりますよ。そう弁慶に太鼓判を押され、九郎は不思議に思いながらも納得した。



「しかし。何でお前はこんな物を持ってるんだ?」



九郎の疑問に弁慶は言葉に詰まる。


それは、弁慶が望美に渡そうと思っていた物だった。

弁慶から渡しても、望美は喜んでくれるに違いない。

けれど、九郎が渡したなら。

望美はもっと、もっと、喜ぶだろう。


弁慶はクスッと笑った。



「たまたま、手に入っただけですよ。」



わざわざ、市中で探してきたなどと、気付かれないように。


そして、弁慶は一つ九郎に助言を加える。



「ついでに、櫛も買って差し上げたら良いんじゃないですか?望美さんはお持ちじゃないでしょうから。」

「おぉ!そうだな。恩に着るぞ、弁慶!」

「いいえ。いいんですよ。」



そう言い、嬉しそうに九郎は立ち上がった。

貰った椿油の容器を懐に大事そうにしまって、部屋を後にしようとして彼は立ち止まった。



「弁慶!この礼はするぞ。そうだ!お前にも櫛を買ってやろう!」

「・・・・・僕に・・・・ですか?」



弁慶は口をあんぐりと開けた。

そしてすぐに、プッと噴出す。

九郎はその様子に戸惑った。



「な、何だ、弁慶?どうした?」



大の男が、男に櫛を贈ると言う。

しかも自信満々の九郎の姿。

弁慶は可笑しくて口元を押さえて笑った。



「おい!弁慶!!何が可笑しい!!」



九郎は弁慶を叱るが効果は無い。



「いや・・・・。君は本当に面白い男だなぁと思って。」



弁慶は笑いながら答える。

九郎は益々、分からなくなって頭を捻った。



「ふふふ。そうですね。では、良い櫛を探して下さい。」

「あぁ。任せておけ。」



再び、自信満々の九郎は市へと出掛けて行った。

弁慶はそれを笑いながら見送った。





   
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