風早の憂鬱











夕日が落ちて校舎が真っ赤に染まった。

生徒は大体が帰路に着いている刻限。

風早は校舎の見回りをしていた。

戸締りの確認、それと、残っている生徒達へ帰宅を促す為に。

もう、半分くらい教室をチェックし終わっただろうか。

生徒の影はいまの所無く、早々に見回りを切り上げられそうだ。

今日の夕飯は何にしよう?等と考えつつ歩いていた。

その時。



「・・・・・・・。」



次に見回る教室から数人の話し声が聞こえてくる。

普段ならそんな大声で無い限り教室からの声なんて聞こえない。

けれど、こう静まり返った校舎内では否が応でも声は廊下まで聞こえてくる。

そっと、教室を覗けば男子生徒が数人。

千尋や那岐と同じクラスの生徒もいる。

会話は盛り上がり、実に楽しそうだ。

けれど、時計を見れば校舎を閉める時間に近付いている。

仕方なく、切り上げさせようと風早は教室の戸に手をかけた。



「でさぁ。やっぱ葦原さんが一番可愛いと思うんだよな〜。」



一人の生徒の言葉に、風早の手が止まる。

『芦原』という苗字の生徒は一人しかいない。

話題の中心は千尋のようだった。



「そうだな〜。この学校じゃダントツかも。」

「だよな〜。」



男子生徒達は一様に千尋を『可愛い』と褒めている。

風早の頬が一気に緩んだ。

確かに、千尋は可愛い。

真っ直ぐに澄んだ瞳。

雪のように白い肌。

愛らしい笑顔は花の様に可憐で、

陽の光のように暖かだ。

風早は、うんうんと頷く。



「顔もだけど、性格もいいよな。」

「ああ。あれだけ美人なのにお高く留まってないトコとか。」

「誰にでも優しいトコとかな。」



風早はまた、うんうんと頷いた。

誰にでも分け隔てなく優しさを注ぎ、慈しみの心を持っているのは王の資質故か。

幼い頃から千尋は変わっていない。

それは、風早が育てる以前からの彼女本来の気質であった。



「実は、入学した時から一目ぼれだったんだよな〜。」

「マジ?俺もなんだけど。」

「え!俺も!!」



と、数人が名乗り出た。

どうやら彼女は人を引き付ける魅力もあるようだ。

風早は益々、嬉しくなった。



「でもさぁ。何か、噂によると、芦原さん彼氏いるらしいぜ?」



途端。

一人の生徒の言葉に終始笑顔だった風早の顔が凍りついた。



・・・・・・・・彼氏??



「えぇぇぇぇ!?マジかよ?誰!?」

「那岐じゃねぇ?いっつも一緒に居るじゃん。」

「え?ただの従兄弟って言ってなかった?」

「まぁ。確かにあれだけ可愛いんだから居ない方が不思議だよなぁ。」



彼らの会話が耳に入りつつも、風早はまだ凍りついたまま。



千尋に彼氏??

え?いや。まさか、そんな・・・・・・。

ああ。でも、俺の姫は可愛くて誰でも惹きつけてしまうから・・・・・。

風早の脳内はグルグルと千尋が回っている。

もし、もしも、千尋が・・・・・。



『風早。紹介するね。私の彼氏☆』



風早は一瞬意識が飛びそうになった。

春も初頭というのに冷や汗がダラダラと湧き出る。

いや。確かに千尋が選んだ相手なら、彼女の為に祝福してやらねばならない。

最優先は千尋の気持ちであって、風早にはそれにケチをつける権利なんて無いのだから。

けれど・・・・・けれど。

風早は頭を抱えて悶える。

と、そこへ。



「風早?」



耳に馴れた声が聞こえて、風早は頭を抱えたまま振り返った。

帰り支度を整えた千尋が不思議そうに風早に寄って来る。



「風早、どうしたの?頭痛いの??」

「・・・・・千尋?もしかして、今帰りなんですか?」

「うん。帰ろうと思ったら風早が見えたから来たんだけど・・・・・・どうしたの?」



心配顔の千尋が風早の顔を覗きこんだ時、目の前の教室のドアが開いた。



「あっ!葦原さん!!」



先程、千尋の話題で盛り上がっていた男子生徒達は渦中の人物を目の当たりにして

それぞれに、嬉しそうな、照れくさそうな表情を浮かべる。

と、同時に。



「あれ?風早先生、どうしたんですか?」



隣の風早の存在にも気付いて問いかけた。

まさか、聞き耳を立ててたとは言えない。



「え〜と・・・・・。見回りをね。ほら、そろそろ帰らなきゃダメだよ?」



その不自然っぽい笑顔を気に留める事なく、生徒達は「は〜〜い。」と返事をした。

ふと、男子生徒の内の一人が、千尋の横に行く。



「ねぇ。葦原さんって、彼氏いるの?」



彼の問いに風早は雷に打たれたように凝り固まった。

生徒達は千尋の答えに興味津々。

と、千尋は、彼がどうしてそんな問いをするのか首を傾げながら答えた。



「彼氏?いないよ?」



恐らく事実なのだろうと、誰もが思う。

返事をした千尋は真正直な瞳で彼らを見ていた。

男子生徒達は一斉に晴れやかな顔になる。

そして、風早も。

少しだらしなく頬がダルンと緩んでいた。



「あ。私、買い物してから帰るから。じゃあね。」



そう言って、千尋は笑顔を残して去って行った。



「さぁ!校舎を閉めますよ。君達も早く帰りましょうね♪」



先程の悲壮感は欠片も無く、快活に風早は言った。

千尋に彼氏がいないと知っただけで、思い空気が吹っ飛んでいったよう。

思わずスキップしてしまいそうだ。

が。



「よっしゃ!彼氏いないんならチャンスじゃね?」

「だよな。俺、告ってみようかな。」

「あ!ズリーよ。じゃあ、俺だって・・・・・・。」



千尋の答えは彼らの気持ちを奮い立たせてしまったようで。



「それじゃ、俺、明日告ってみるわ。」



張り切って宣言する者まで出た。



「・・・・・え?ちょっ・・・・・。」



風早は彼らの熱気にびっくりして言葉が出てこない。

彼氏がいないと知って浮かれている場合ではなかった。

現状は、いないと言うだけで今後はどうなるか判らないのだ。

そして、今いる彼らにも一切見込みが無いとは言い切れない。

つまり。



『風早、紹介するね。私の彼氏☆』



近い将来、こんな事が起こりうる可能性は大。



「あ。風早先生、校舎閉めるんですよね。それじゃ、さよなら〜〜。」



ヤル気に満ち溢れた彼らはワイワイと浮かれながら昇降口へと向かっていった。

風早は。

再び石化してその場に立ち尽くしてしまっていた。




〜あとがき〜
スイマセン。風早のキャラが崩壊;
いや、彼は結構な親バカだと思うんで、千尋ちゃんの彼氏なんか見た日には
泣いて泣いて泣きまくるんだろうと(笑)
そんな風早が大好きです☆




   
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