恋の味
「譲君・・・・ゴメン。」
「え?どうしました?」
不意に謝ってきた事に少し驚いた。
いつもとは違い、しょんぼりした声で先輩はうなだれている。
今日は何をしたのだろうか?
先輩の背後に目をやると、なるほど。魚が焦げている。
「これくらいなら大丈夫ですよ。」
「ホント?」
「えぇ。」
訝しげに問う先輩に微笑みかける。
すると、彼女の顔に笑顔が戻った。
なんて可愛らしい。
「譲君がいうんだから間違いないよね!良かった〜。」
先輩はえらくご機嫌だ。
事の始まりは数日前、夕食の支度をしていた俺の元へ先輩が突然やってきた。
「私を譲君の弟子にして下さい!!」
「はい!?」
深々と頭を下げる先輩の姿。
俺は呆気に取られてポカンとしてしまった。
「ダメ・・・・かな?」
捨てられた子猫のように哀願する目。
そんな瞳を向けられて断るなんて出来ない。するはずが無い。
俺はもちろん了承した。
それ故、ここ最近の皆の食卓には先輩の作った料理がいくつか乗っている。
もちろん文句など言わずに食べている。
そう。どんな物でも・・・・・
「それにしても、どうして急に覚えようと思ったんですか?」
先輩が料理なんてしたことが無いのは知っている。
というよりも、先輩のお母さんがキッチンに立つ事を許さないらしい。
そんなに不器用では無いはずなのに。
だから敢えて自分から進んでやろうとは思わなかったようだ。
それに、教わるなら先輩のお母さんに教わった方がいいのではないだろうか?
わざわざ隣の家に教わりに来る理由が分からない。
俺としては先輩と二人でこうして居られることはとても嬉しいけれど・・・・
「それは・・・・・」
俺の質問に先輩は口ごもる。
答えずらいのだろうか?
聞かないほうが良かっただろうか?
「すいません。答えなくてもいいですよ。」
そう言うと俺は冷蔵庫へ向かう。
聞かれたく無い事なら無理に聞こうとは思わない。
先輩がそうしたいなら、俺はその気持ちを優先するだけ。
しかし、先輩は真っ赤な顔で答えてきた。
「美味しいご飯を作ってあげたい人がいるの・・・・・」
胸がチクリと痛んだ。
なるほど、そういう事か。
好きな人に作ってあげるためにわざわざ、隣の家に来て頑張ってたんですね。
その作ってあげたい人は我が家にいる誰かなんですね。
俺はきっと情けない顔になってしまっているだろう。
わざと、先輩に背を向ける。
こんな姿を見られたくない。
せめてもの俺の強がり。
「先輩に作ってもらえるなんて、その人は幸せ者ですね。」
「え?そうかな?」
「そうですよ。羨ましいです。」
いや。妬ましいの間違いだ。
心の中でそう訂正する。
「羨ましい?」
「はい。」
「そ、そっか・・・」
「?」
先輩は何故かしょんぼりした表情になる。
俺には意味が分から無かった。
だが、すぐに笑顔を取り戻した先輩は先ほどから味付けしていた味噌汁をかき混ぜる。
そして。
「譲君!味見してくれる?」
と、小皿を差し出した。
もちろん断るはずも無く、それを受け取り口へ運ぶ。
だしも効いていて、味噌の濃さも申し分ない。
俺が好きな味付け。
先ほどの焼き魚を作った人とは思えないほど上手に出来ていた。
俺が驚いて黙っていると先輩が不安げに聞いてくる。
「どう?薄い??」
「あ。いえ。あんまり上手だからビックリしたんですよ。」
お世辞ではない本当の感想を答える。
すると、満面の笑みで先輩は喜んだ。
「やった〜!!朔に聞いてみてよかった〜!!」
何か、コツを伝授してもらったのだろうか?
1日であの先輩がこんなに美味しい物を作れるようになるコツとは
どんなものなのか非常に興味をそそられた。
「何を教えてもらったんですか?」
「うん。譲君のする事をよく見ておくとイイって。」
「俺の?」
「そうしたら、譲君の好みの味付けが分かるって。薄味好きなんだね〜。」
嬉しそうに先輩が語る。
目で見て覚えるという事か。
でも何故、俺の好みの味を調べるんだ?
「これで、お味噌汁はちゃんと作れるね!これからはずっと私が作ってあげるから!」
「『ずっと』・・・ですか?」
俺の問い返した言葉にはっとして先輩は自分の口を塞いだ。
「先輩?」
「いや・・・・あのね。・・・・その・・・・。」
また口ごもる。
俺から逃げるように慌ててネギを切り始めた。
その時。
「いたっ!!!」
「先輩!?」
慌てて切っていたために、先輩は自分の指まで切ってしまった。
俺はすぐに絆創膏を持ってくる。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。ゴメン。」
「いえ。」
先輩はバツが悪そうにまた、肩を落としてしまった。
「・・・・・ゴメンね。」
「そんなに謝らなくても大丈夫ですよ。傷は浅いし直に治ります。」
子供を宥めるかのように言う。
でも先輩は少し涙ぐんでいた。
「こんなんじゃ、いつまで経っても譲君に作ってあげられない・・・・・」
「・・・・・え?」
怪我をしていない方の手で涙をぬぐいながらポツリと零した言葉が信じられなくて、
しばらく先輩を見ていた。
その視線と、自分が零した言葉にはっとして先輩はまた慌て出す。
「ち、ち、違うの!!」
「違うん・・・・ですか?」
少し落ち込んで見せた俺に更に慌てた先輩は首を横に振る。
「え!?違う!!あれ??違わない!?あ、あのね。なんていうか・・・・そのね?」
そんな姿が可笑しくて、思わず笑みが零れる。
「落ち着いて下さい。」
「う、うん・・・・・・」
軽く深呼吸をして少し落ち着いた先輩は顔を赤くしながら恥ずかしそうにしている。
そして。
「あのね・・・・」
「はい。」
「ご飯を作ってあげたい人はね・・・・」
「はい。」
「譲君なの。」
もっと赤くなった先輩の、そう言ってくれた言葉が嬉しくて抱きしめたい衝動に駆られる。
でも、欲張りな俺はもっと先輩の思いが聞きたくて問いかける。
「先輩はどうして、俺にご飯を作ってくれるんですか?」
「えっ!?」
俺の探るような目を見つめ返しながら尚も恥ずかしそうに答えてくれる。
「それはね・・・・。」
「はい。」
「譲君の事が・・・・・。」
「はい。」
好きだから。
先輩がその言葉を言い終わったと同時に俺は先輩を抱きしめる。
俺も貴女が好きです。
言いたくて今まで言えなかったこの言葉を先輩に返す。
突然抱きしめた事に驚きながら、それでも先輩は俺を優しく抱きしめ返してくれた。
それは飾らない本当の気持ち。
「やっぱり譲君は焼き魚が好き?」
「嫌いではないですよ。」
「じゃあ、一番好きなものは?」
と、聞かれて俺は返事に困る。
特に好きなものと聞かれるとなかなか出てこない。
あまり好き嫌いは無いほうだから。
「無いの?」
「そうですね。何でも食べますからあまり好き嫌いは激しくないんで・・・・」
「じゃぁ、魚と肉ならどっち??」
「・・・・魚。ですかね。」
「やっぱり・・・・」
少し引きつったような先輩の顔。
今日の焦げた魚に目をやり、そして俺に向き直る。
「が、がんばるね!!」
「期待してますよ。」
顔を見合わせ微笑みあう。
不思議なことに貴女の料理には俺にしかわからない味があるんです。
俺を思って作ってくれる、貴女の恋の味。
それはどんなに上手い人が作っても出せやしない。
貴女だけが与えてくれる味。
〜あとがき〜
料理作ってくれる男の人っていいですね。家事が楽(笑)
「男は胃袋で掴むのよ!!」
と、力説して下さった方がいらっしゃいました。
そうです。私の母です(笑)
しかし母よ。料理を食べさせる間柄になるまでが大変なのだよ。orz
てか、遙か〜3の殿方はみんな料理上手そうです。
譲くん並には出来なくともそこそこ上手い物作っちゃいそうな。
てことは出来ないのはあなただけですよ!望美ちゃん!!ファイト!

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