恋歌(ヒノエ編)










ん〜・・・『う』で始まるのは・・・・なんだったかな??」



夏の熊野。晴れた日の昼下がり。
望美は宿の縁側で何やら一人、悩んでいた。



「どうしたんだい?姫君。」



ふと、背後から人の声がする。
それは良く聞き慣れた愛しい人の声。


−−−−−−そう、ヒノエだった。


凛とした良く通る声音。
いつも軽い台詞ばかりを並べて、本気か冗談か分からず翻弄される。

でも自分を見つめる瞳は情熱的で眩暈を起こしてしまいそうで・・・・



「あれ?ヒノエ君、今日は出かけたんじゃ無かったの??」



望美はキョトンとした顔で聞いた。

それもそのはず。
今日は皆、それぞれ用事があるといって外出し、まだ誰も帰って来ていない。
親友の朔も夕餉の買い物に先ほど出て行き、望美はひとり留守番をしていたのだった。



「つれないね。姫君。俺がいなくても平気だったのかい?」



ヒノエは、望美の隣に座り込みわざと耳元で囁いた。
望美の顔は一瞬にして真っ赤になる。



「そ、そ、そ、そんなんじゃないよ!?ただ、ビックリしただけで・・・・・」

「へぇ〜。じゃあ待ち通しかったってことかい?」



望美の髪を掬い上げ口付ける。そして、上目遣いで望美を見上げた。

そんな仕草だけで望美は湯気が出そうなほどクラクラしてしまう。


 『話題を変えなきゃ!!!』


防衛本能が働く。



「ヒ、ヒノエ君!!教えてもらいたいことがあるんだけど!!」



半ば叫びがちに望美は話題を変えようと必死になった。

ヒノエにしてみれば、そんな慌てた姿も可愛く見える。


 『ホント。罪作りな姫君だね。』


そっと笑みがこぼれる。

でも気付かれたら今度は怒るかな?と思い気付かれないように隠す。



「俺で役に立てることがあるならなんなりと。」

「よかった〜。あのね、いま字を書く練習をしててね!」



そういって望美は手に持っていた紙を見せる。
そこにはお世辞にも上手とは言えない字の羅列があった。



「へぇ〜。字の練習なんて。ひょっとして俺に恋文でも贈ってくれるのかい?」

「なっ!!そ、そういうんじゃなくて!」



再び望美の顔が赤くなる。



「読み書きは大事だし・・・覚えて損はないから。」



望美は赤い顔を悟られまいとうつむいた。

  『もし書けるなら書いてみたいけど、でも恋文ってラブレターって事でしょ?
   恥ずかしい!無理!書けないよ!!』



「で?何を手本にしているんだい?」



あれこれ考えている望美の思考を取り戻したのはヒノエだった。
彼はマジマジと望美の書いた字を見ている。
解読は難しいようだ。



「あの。百人一首っていうんだけど。知ってる?」

「ん?なんだい、それは?」

「この時代には無いのかな?有名な和歌を百人分集めた物なんだって。
 私も譲君に聞いたから詳しくは分からないけど。」

「ふぅん。面白いね。」



ヒノエはとても興味深々だ。

以前、白龍と一緒に御伽噺を聞かせた時も一生懸命聞いていた。


 『あの時は子供みたいで可愛かったな』


ふふふっと望美は思い出し笑いをこぼす。



「それで?俺に聞きたいことってなんだい?」



ヒノエは口元を押さえてる望美に問いかけた。

思い出したように望美は顔をあげる。



「1個思い出せないの。え〜〜っとね・・・・・はじめが『う』で・・・・・」

「『う』から始まる歌ねぇ〜。」



二人とも一生懸命に考え込んでいる。

望美は、ひたすら『う・・・・う・・・・う・・・・』と呟き、ヒノエは、自分が知る限りの和歌を思い出している。

途端。望美が、はっとしたように顔を上げた。



「『うかりけるはげ』だ!!」

「は??」



突然の事に、そして意味不明な言葉にヒノエは戸惑った。

すると、望美は得意げに解説を始めた。



「私たちの世界では百人一首はカルタなの。それでね、百首そのまま覚えるのは大変だから覚えやすくするの。それで、『うかりける』って上の句と『はげ』って下の句を合わせて『うかりけるはげ』って覚えるんだよ〜。
『はげ』ってのが面白くて古文の時間に笑っちゃった思い出が・・・・」


 
嬉々として解説している望美を見て、ヒノエはついに吹き出してしまった。

そしてケラケラと笑っている。



「え!?何??私、変なこと言った??」



突然、笑われて望美はキョトンとしている。
一体、自分は何をしたのだろう?



「もう!そんなに笑わないでよ!!」



望美の頬がぷぅっと膨れる。
ヒノエはその頬に優しく触れた。



「ゴメン。姫君。でも、面白くって。つい。」



まだヒノエは笑っている。
何が面白かったのか望美には不思議でしょうがない。



「姫君が思い出した歌はさ。 
 『うかりける 人の初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを』
 っていう立派な恋歌なんだよ。」

「え!?恋歌!!??」



望美は素っ頓狂な声を上げる。
目をまん丸にしながらポカンとした様子は可愛くてヒノエは愛おしげに微笑む。



「どんな意味なの??」



今度は望美が興味深々だ。



「そうだね。自分につれない思い人が靡いてくれるように祈ったはずなのに、思い人は山おろしの風のように
ますます冷たくなるばかりだ。っていう意味だよ。」

「じゃあ、辛い恋の歌なんだね。」



望美はふと、悲しげな顔をする。

自分の事のように。

どうして彼女はこんなにも誰かのために心を砕くことが出来るのだろうか?
そんな疑問を持ったのは今が初めてじゃない。
春の京でも言っていた。


 『皆を守りたい。』


面白い事を言う娘だと思っていた。

興味を引かれ、一緒に居る内に愛おしさが生まれて・・・・

でも、この思いをまだ彼女は気付いてくれないから。



ならば、初心で可愛いこの天女を、思う存分自分の虜にして、
もとの世界よりも自分を愛してくれるように仕向けて、
羽衣を奪ってしまえたなら・・・・・



・・・・そう出来たなら、どんなに良いだろう。



 『って、俺は腹黒軍師かっての』
思わず自嘲のため息が零れる。

傍に居て欲しい。

けれど天女には天女の帰る場所がある。

自分に、熊野があるように。


 『俺は一体、どうしたいんだ?』


答えが見つからない。
これを辛い恋と言わずになんと言うのか。
いっそ、自分も山おろしのように冷たくされたなら楽になれるかもしれない。



「ヒノエ君??」



黙りこくったヒノエを望美は心配そうに見つめた。

薄緑色の瞳が陰っている。
そんな瞳をさせたくない。そんな思いでヒノエは微笑む。



「大丈夫だよ。」

「ホント?なんか辛そうだよ??」

「何でもないさ。ただ姫君の愛らしさに酔っただけだよ。」



『ちゅっ』っと、望美の額に軽く口付ける。



「へっ!?」



みるみる赤くなっていく望美は沸騰寸前のヤカンのようだ。



「おや?もの足りなかったかい?」

「んなっ!!っっっそんなわけない!!!」

「ふふふ。今はとりあえずこれくらいで我慢しておくよ」



そう、今はね。



「天つ風 雲の通い路 吹き閉じよ 乙女の姿 しばしとどめむ」



ポツリと、ヒノエが口にする。



「え??」



何のことか分からずに聞き返す望美にヒノエは優しい笑みをこぼす。



今はこれだけで我慢する。

そう、天女が羽衣を手にするその時まで。



〜あとがき〜
初SSです。文章力が欲しい・・・・(早速、泣き言)
えと、歌の解説を少々。
「うかりける〜」は源俊頼朝臣という人が作った歌です。
この人、あんまり歌を付くらなかったようで、感動した時とか、「キターーーーー!!!」って時しか
詠まなかったようです。
そんだけ辛かったんでしょうなぁぁ。お気の毒に。。。。
ちなみに、望美ちゃんが言ってた「うかりけるはげ」って覚え方はホントです。(一応、私経験者なもので)
「天つ風〜」の意味は
「空に吹き渡る風よ。天女の帰る道を塞いで欲しい。今しばらく地上に引き留めていたいから」
作者は僧正遍昭。この人は美男で歌が上手くて色んな女性に歌を贈りまくってた御様子で。
天女のように舞踊る方たちを見てこう歌ったそうです。
・・・・・タラシじゃん;


   
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