恋歌 (敦盛編)
屋根の上で一人、敦盛は笛を吹いていた。
夜も更け、辺りには静寂が漂う。
こんな時間はいい。
誰の目にも付かず一人きりになれる。
見ているのは月だけ。
この身の穢れを浄化してくれるかのような光。
まるであの人のようだ。
優しい輝き。
大切な女性。
愛しいと、思えば思う程。
切なさが募る。
怨霊である自分は何もしてあげられない。
ただ、悲しませることしか出来ない。
敦盛はそっと、手首の鎖を見つめる。
私が怨霊で無かったなら・・・・・・・
叶うのならば、どんなに幸せだろうか?
落胆するかのような溜息。
こんなに物思いにふけってしまうなんて。
「月見れば ちぢに物こそ 悲しけれ 我が身ひとつの 秋にはあらねど。」
美しい月がそう、思わせるのか。
敦盛はそっと笛を構える。
心を落ち着けるため。
気を紛らわすために。
笛を吹いた。
その時。
ガタン。
と、何かが屋根にぶつかる音がした。
吹くのを止めて、そちらを見やる。
人の気配もした。
一体、何事だろうか?
歩み寄ってみると、そこには梯子が掛けられていた。
見下ろすと、
誰かが上ってくるのがわかる。
下の方に居たその人物は暗闇のため、正体が分からない。
だが、しばらく上がると月の明かりで顔が見えてきた。
影の正体に敦盛は思わず声を上げる。
「神子!?」
「えへへ。こんばんわ。」
驚く敦盛に笑顔で望美は挨拶をした。
と。不意に。
グラリと梯子がバランスを崩す。
「え!?ウソ!!??」
梯子は左右にグラグラと揺れ、
遂には望美を乗せたまま後ろにひっくり返ろうとする。
対処のしようが無い望美は目を瞑り、身構えることしか出来ない。
落ちる!!
と、思ったが。
望美を何かが掴んだ。
優しく、暖かい手。
下に大きな音を立てて落ちた梯子は見事に損壊。
そのまま落ちてたら自分もどうなっていた事か。
ホッと溜息を吐く。
そして、自分の腕を掴んでくれた先を見上げた。
敦盛だった。
腕を引っ張り望美を持ち上げる。
望美はやっと屋根に足が着き、安心した。
「敦盛さん。ありがとうございます。」
「神子。大事無いか?」
「はい。お陰さまで。」
「ならば、良かった。」
敦盛もホッと溜息を吐いた。
「神子。何故ここへ?」
こんな屋根の上に上ってくるなど、どんな理由があるのだろうか。
何か特別なことなのだろうか。
と、敦盛は思った。
すると望美は。
「敦盛さんの笛が聞こえて来たんで。」
と言った。
敦盛は申し訳無さそうな顔で俯く。
「私のせいで、眠りを妨げてしまったのか。・・・・すまない。」
夜も遅い時間に吹いたのはあまりに非常識だった。
疲れた体を休ませなければいけない神子の妨げをしてしまった事に
謝罪だけでは許されないかも知れない。
敦盛は更に悲痛な面持ちになる。
ところが、敦盛の謝罪に望美は驚き首を横に振った。
「ち、違います!むしろ眠れなかったんです!」
「そうなのか?」
「はい。それで外に出てみたら月が綺麗だったから。」
―――――― 一緒に見たくて。
少しはにかんだ顔でそう告げた望美の姿に
敦盛は鼓動が跳ねた。
月に照らされた望美は美しくて。
そんな彼女が言ってくれた台詞が何とも愛らしくて。
敦盛は顔を赤らめた。
嬉しい。
単純にそう思った。
「神子・・・・・。その。ありがとう。」
敦盛の顔色が移ったかのように望美も赤くなる。
「あ。いえ。」
お互い俯いたまま。
けれど。
お互い嬉しそうに笑顔を覗かせる。
「あの。敦盛さんの笛が聞きたいです。」
「私の?」
「はい。」
そのお願いに敦盛はその場に座り、嬉しそうに笛を構えた。
音色は
敦盛のように
澄んでいて
それでいて、優しく暖かい。
望美は敦盛の横に腰を下ろす。
そっと、瞼を閉じて聞き入った。
敦盛の体が、強張った。
『近づいてはいけない。』
意識が、そう警告する。
自分の穢れが、神子に移ってしまうかもしれない。
敦盛は横目で、望美の様子を見た。
何かしらの影響を受けていないだろうかと。
不安気な表情で。
しかし。
望美は穏やかな顔のまま。
笑みすら浮かべている。
不意に止まった笛の音と、視線に気付いて望美は顔を上げた。
「敦盛さん?私の顔に何か付いてます??」
「い、いや。何でもない。」
今宵の清らかな月が、私の穢れを浄化してくれたのだろうか?
だとしたら、何と幸福な事だろう。
敦盛は笑顔になる。
「神子。今宵は貴女のために笛を奏でてもよいだろうか?」
そう申し出た敦盛はいつもよりも何所か大人びていて、
月に照らされた姿は綺麗だった。
望美は思わず見とれる。
男の人なのに、こんなに綺麗なんて。
「神子?」
黙っていた望美に敦盛は不安そうな視線を向ける。
望美は、ニッコリと笑顔で答えた。
「お願いします。」
二人、穏やかに微笑みあう。
優しい月に照らされながら。
〜あとがき〜
恋歌(敦盛編)でした。
いかがでしたか?
月夜のあっつんは鼻血が止まんないほどキレイだと思われ・・・・・・
輸血が必要です。(笑)
さて。お歌の解説。
訳はこちら。
『月を眺めていると、様々な思いに心乱れ、悲しくなってきます。秋は私の為だけに訪れるわけではないのだけれど・・・』
作者は 大江千里。
平安初期の漢学者です。歌の才能がとても豊かなお方。
この歌は『秋』の歌に振り分けられてますが、ホントは恋人を思って作られた歌なんだとか。
会うことを許されない恋人を思いながらこの歌を作ったそうな。

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