恋歌(弁慶編)
「望美さん??」
弁慶は縁側で寝っ転がっている少女に声をかけた。
まだ、宵の口を過ぎたばかり。
辺りは蝉や蟋蟀の鳴き声が絶えない。
熊野の夏は異世界から来た望美達には辛かったようで少しでも涼を求めたのだろうか?
縁側は涼しげな風を運び、望美はスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。
『暑くて寝付きにくいんです。』
という相談を受けたので弁慶は良く眠れるように薬湯を煎じて来たのだが、当の本人は自己解決してしまっている。
しかし、このまま縁側で寝たままというのは良くない。
「気持ちよさそうな所、可哀想ですが・・・・」
『風邪を引かれるよりはましですね。』
そうして、望美の肩をそっと揺さぶる。
「望美さん。・・・・望美さん?」
「・・・・・・・・・んっ。・・・弁慶さん?」
「こんな所で寝ては風邪を引いてしまいますよ?」
「ん〜・・・・もうちょっと・・・・」
寝ぼけなまこの姿を見ながら、クスリと小さな笑みが零れた。
昼間の怨霊を調伏する凛々しい姿とは違い、幼子のような甘えた姿。
いつも見せる姿とは異なり、普通の少女である事を思わせる。
「部屋に戻って寝てください。」
「ん〜・・・起き・・たくない・・・・」
「そうですか・・・・・では、仕方ありませんね。」
と、言うと弁慶は望美を抱きかかえた。
「このまま部屋までお連れしましょうね。」
「・・・・・ん。・・・・ありがと。・・・・弁慶さん・・・」
理解しているのかいないのか、頼りない返事が返ってくる。
よほど、昼間の散策で疲れたのだろうか?
望美の寝室として与えられている部屋へ行き、褥に寝かせても起きる気配は無かった。
規則正しい寝息だけが聞こえてくる。
望美の寝顔はとても穏やかで、弁慶の表情も穏やかになった。
「無防備にも程がありますよ?」
薄紫色の長い髪を撫でながら呟く。
その言葉には叱咤や、呆れたとかという意味は無くて。
むしろ、そんな姿を自分に晒してくれてる事に喜びを感じてしまう。
このあどけない少女を、戦という血なまぐさい世界に巻き込んだのは、誰でもなく自分なのに。
『帰りたい』と願う彼女の気持ちを手玉に取って利用しているくせに。
彼女を恋い、慕う気持ちが生まれてしまった。
自分はそんな思いを持つ資格はないのに・・・・。
でも、彼女が自分を見つめる瞳は特別な物に見えてしまうから。
彼女が呼ぶ、自分の名は特別な物に思えてしまうから。
『僕は、いつからこんな浅はかな男になったんでしょうね?』
ふぅと、小さなため息を吐く。
そして、立ち上がった。
望美が無事に寝入ったのならば薬湯はもはや用済みだ。
そして自分がここに居る必要はもはや無い。
踵を返そうとした瞬間、何かに裾を引っ張られた。
ちらりと、裾を掴んでいる先を見ると白くて細い望美の手が、ぎゅっと弁慶の着物の裾を握っている。
「望美さん?」
起きているのかと思い、問いかけるが返事は無い。
どうやら無意識のようだ。
弁慶はちょっと困ったような嬉しいような曖昧な笑みを零す。
「無下に可愛らしいお嬢さんの手を払いのける訳にもいきませんね。」
そう、自分に言い聞かせるように呟き、弁慶は静かに腰を下ろす。
再び、望美の髪をそっと撫でた。
君は無意識なくせに、僕をこんなにも夢中にさせる。
いけない人ですね。
でも、僕のこの気持ちは口には出来ない。・・・・してはいけない。
そっと心の奥へしまい込まなければならない。
戦に勝つため。
平和な世界を手に入れるため。
そして、君が幸せになるために。
「もしも、伝えたなら。君はどんな顔をするかな?」
喜んでくれるだろうか?それとも、困ってしまうだろうか?
「・・・・かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを」
この熱い思いを伝えられたなら、どんなにいいだろう?
「愚問・・・・ですね。」
弁慶はそっと、瞼を閉じる。
「おやすみなさい。望美さん。」
おやすみなさい。僕の愛しいひと。
〜あとがき〜
弁慶編です。なんだかシリアスっぽい!!最初は甘甘予定だったのに・・・・・
のんちゃんがずっと寝てたのが敗因でしょうか??orz
え〜と。設定的には 両思いのくせに気付いてない弁さん!みたいな?
色んな事に聡い人が色恋に無頓着な姿が可愛いなと(趣味悪いと言われます;)
歌の解説を少々。意味は
「『こんな気持ちなのだ』と伝えられたいけど伝えられない。あなたは私の思いの火がこんなに燃えているとはしらないのでしょう」
作者は藤原実方。清少納言の旦那様です。
嫁には負けられない!とばかりに作った歌らしいです。まぁ。奥さん有名人だしね ぇ。

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