恋歌(九郎編)










の鎌倉はすっかり木々が色づいていた。
望美の元の世界とは姿は異なるが、見事な紅葉と見覚えのある建築物など共通することは多い。

訪れた時の望美のはしゃぎっぷりは凄かった。
自分達の世界と同じところ、違うところを道すがら事細かに皆に教えていた。

やはり、望美にとって鎌倉は特別な土地なのだろう。
そんな折、鶴岡八幡宮へ行こうと誘ってくれたのは朔だった。

『紅葉がとてもキレイなの。見に行かない?』

もちろん、望美が断る理由もなく、意気揚々と出発したのだった。

「うわぁ〜。凄いね!!」
「本当ね。美しいわ。」

鶴岡八幡宮は望美の世界と同じ姿で存在していると聞き、気晴らしにと連れて来たのだ。
朔の選択は正しかったようで望美は大喜びしている。

事実、紅葉は見ごろを迎えているようで、とても美しかった。

ふと、境内に目をやると見知った人物が一人。九郎がただずんでいた。。

「ねぇ、朔。あれって九郎さんじゃない?」
「あら?ホント。何をなさっているのかしら?」

九郎は浮かない表情で大きな石に腰掛けている。
ふぅ〜っとため息を吐いたり、何やら思案顔になったり百面相をしているようだ。

「九郎さん。どうかしたんですか?」
「え?望美!?」
突然声をかけられ九郎は驚いたようだった。

「なぜここに?」
「え?朔と紅葉を見に来たんですよ。九郎さんは?」
「俺は・・・・その。」

九郎は口ごもる。
いつも、厳しいがはっきりと話す九郎らしくない。
『九郎さん何かあったのかな?』

鎌倉に入ってからというもの九郎はほとんど休む間もなく仕事をしている。
疲れが溜まっているのだろうか?そんな心配が頭を過ぎる。

「九郎さん、大丈夫ですか?疲れてるとか、体調が悪いとか・・・・・」
望美は九郎の顔を覗き込む。

ところが。

「お前には、関係ないことだ!早く帰れ!」
と、突き放された。

一瞬ポカンとした望美だったが、すぐにムッとした顔になり言い返す。

「何よ、それ!人が心配してるのに!!」
「俺は心配して欲しいなど言ってない!」

「だからって、怒鳴る事ないじゃない!」
「怒鳴ってるのはお前だろう!」

「九郎さんが怒鳴るからですよ!!」
「だからといって女が大きな声で怒鳴るな!!」

「もともと、こういう性格なんです!!九郎さんこそ口の悪さを直したらいいんじゃないですか!?」
「なっ!お前こそもっと可愛げのある女らしくなったらどうだ!!」

「よけいなお世話です!」
「こっちこそ、要らん世話だ!!」

お互いに言いたい事を言い尽くしたのだろうか?
しばらく沈黙があった後。

「九郎さんなんか、知らない!」
「お前の事など知らん!」

と、同時に叫んだ。
ひたすら傍観者と化していた朔は『またか』と心の中で呟く。

「朔!帰ろう!!」
「え?そ、そうね。夕餉の準備をしなくてはね。」

朔の手を引き、望美は九郎に見向きもせずに去って行った。


「もう!九郎さんてば分からず屋なんだから!」
怒りが収まらない望美は尚も朔にグチをこぼす。

二人の喧嘩は日常茶飯事なので朔はどちらを攻めるでも無く、ただ望美の話を聞いていた。
時間が経てば、熱も収まりいつのまにか仲直りをしている。

放って置いて大丈夫だと信じてるから。

朔の見立てでは、二人は両思いなのだが、如何せん素直じゃない。
負けず嫌いで意地っ張り。
そのくせ、誰よりも強く惹かれあっている二人。

二人とも周囲に気持ちがバレてないと思っている。

それはお互いの立場上、知られてはいけないと思っているのだが。
ハッキリ言ってバレバレである。

いい加減、お互いの気持ちに気付いたらどうだろうか?と朔は思う。
けれど、これは二人の問題。

第三者が入るなんて野暮な事はしたくない。
けれど二人とも鈍いから、ちょっとだけ手心を加えてあげようかしら?と考えた。

「ねぇ。望美。夕餉の買い物に付き合ってくれる?」
「え?うん。もちろん!」
「ありがとう。じゃあ、行きましょう。」
二人は市へ向かった。


「これで買い物は全部?」
「えぇ。ありがとう。」
朔と一緒に市を回ったお陰で望美はすっかりご機嫌になっていた。
先ほどの剣幕とは替わりいつもの可愛らしい笑顔が零れる。

二人が帰ろうとしたとき、店の人に声を掛けられた。

「そこの可愛いお嬢さん方!どうだい!買っていかないかい!?」
呼びかけたおじさんは菓子を売っているようだ。
美味しそうな饅頭が並んでいる。

「もう店終いしたいんだけど売れ残ってね〜。半値でどうだい!?」
「え!?そんな安くていいの??」
望美は思わず声を上げる。

「今日一番のべっぴんさんだからね!特別だよ!」
「朔ぅ〜。どうしよう〜?」
「うふふ。そんなに煽てられたら買わなきゃ悪いわね。」

朔はクスクスと笑いながらその饅頭を買った。
「まいどあり!」

「朔、ありがとう。」
「ふふふ。いいのよ。」
望美は子供の様にニコニコしている。

梶原邸に着く頃、望美は少しうつむきがちになる。
「朔・・・あのね。」

ふと、朔は思い立ったように望美に一つの提案をした。

「望美。それ九郎殿と一緒に食べるといいわ。」
「え!?」
「仲直りしたいんでしょ?」

途端、望美の顔が赤くなる。
その姿を見て朔は笑みを零した。


「九郎さん?」
夕餉が終わった後、望美は九郎様に設けてある部屋に向かった。
昼間あんな喧嘩をした手前、気不味くはあったが勇気を出して仲直りをしようと決めた。

手には昼間買った饅頭を持って。

襖を開けようとすると、中から九郎が出てきた。

「望美?」
九郎の声は少し動揺している。

「あ、あの。お話があって・・・・・」
「え?そ、そうか。俺も話がある・・・」
「あ、あの・・・・・」
「そ、その・・・・・」

昼間の勢いはドコに行ったのだろうか?
お互いに次の句が繋げない。
沈黙が訪れる。

『言わなきゃ!!』
望美は意を決して言葉を紡ぐ。

「昼間はごめんなさい!」
「昼間はすまなかった!」

ほぼ同時に言葉を発し、お互いに頭を下げている。

「・・・・え?」
「は?・・・」

顔を上げ、互いの顔を見やる。
ふたりともキョトンとした顔をしていた。

「あ、あの。大きな声で怒鳴っちゃって、九郎さんの気持ちとか考えないで言いたいこと言ってごめんなさい!」
「いや、俺こそ。心配してくれたお前の気持ちを無下にして悪かった。」

「いえ。それは私が勝手にしたことだし。」
「いや。俺も配慮が足りなかったし。」

「ええと・・・・」
「その・・・・」

「お詫びに一緒に食べませんか!?」
「お詫びに一緒に食べないか!?」

と、また同時にお互いに何かを差し出した。
望美は饅頭を。
九郎は柿を。

「え?」
「は?」
二人は見つめあう。


しばしの沈黙。



そして。

「・・・・ふふふっ」
「・・・・はははっ」

二人とも大きな声で笑っていた。
お互いが、同じ事を思って同じ事をしていた。

ただそれが嬉しくて、なんだかくすぐったくて。
幸せな気持ちになる。

不思議な気持ち。
それはきっと九郎さんの事が好きだから。
片思いでも、九郎さんが私を思ってくれたことが嬉しいから。

「庭を見ながら食べませんか?」
「ん?あぁ。」

二人は濡れ縁へ腰を下ろす。
お互いの贈り物を食べながら。

「鶴岡八幡宮の紅葉キレイでしたね。」
「あぁ。そうだな。」
「そういえば九郎さん。あそこで何してたんですか?」
「いや。・・・・なんというか。」
「??」

九郎は赤面している。
望美は顔を覗き込む。

「白状しないと柿、全部食べちゃいますよ?」
「なっ!?」

いたずらっ子のような目で望美は笑う。
手にはありったけの柿を持って。

九郎はポリポリと頭をかき、赤面したままで白状する。

「お前と、行こうと思って・・・・・」
「え?」
「その・・・・見ごろだろうかと下見を・・・・・」

バツが悪そうに九郎はうつむく。
そう。望美の元の世界と同じだという鶴岡八幡宮の紅葉をみせようと思ったのは朔だけではなかったのだ。

どう、誘ったものかと、思案していた矢先、望美が現れた。
朔と共に。

やるせない気持ちになったのだろう。
勢いで望美に八つ当たりをしてしまったのだ。

望美は九郎の真意を聞き、顔が赤くなるのを感じた。
『それって・・・デートに誘ってくれようとしたって事だよね?』

それはつまり、九郎も望美と同じ気持ちを自分に抱いてくれている訳で。
今度は、嬉しいやら、照れくさいやら。
どんどん顔が赤くなっていく。

「望美?」
黙ったままの望美に声を掛ける。
嫌だったろうか?自分が誘おうとしていた事が。
九郎を不安な気持ちが襲う。

しかし、返ってきたのは意外な言葉。
「私も・・・・・その。・・・・九郎さんと行きたいです。」

恥ずかしがりながら、でもしっかりとした口調で話す。
その姿が可愛らしくて、思わず九郎も赤くなる。

お互いの気持ちが通じた瞬間。

思い合うとはこんなにも幸せなのだと感じる。

忍ぶ必要はもう無くて、恋しさが溢れて来る。

「今度は共にみような。」
「約束ですよ?」
「あぁ。もちろん。」

九郎はそっと望美を抱く。
月に照らされる二人は幸せそうで、顔を見合わせ微笑んだ。

そういえばこんな歌を一度聞いた覚えがある。
 『浅芽生の 小野の篠原 忍ぶれど  あまりてなどか 人の恋しき』

もう、忍んで思うことは出来ない。
こんなにも恋しいから。
こんなにも愛してくれるから。

この時がずっと続くように。

瞼を閉じて願う。

二人に祝福を。




〜あとがき〜
いやぁ・・・・見てるこっちが恥ずかしいよ!
可愛いな、九郎さん。
いい年こいてピュアな所が。

きっとこの二人は『立場』ってのが大変そう。
源氏の総大将と神子様ですから。

『好き』って言え無そうだなぁ。
だからあえて直接言わせてません。 二人とも頑張れ〜!

歌の解説を
「ずっと恋心を隠れ忍んで来たけれど、もうこれ以上忍んでいる事は出来ません。私はなぜこんなにもあなたの事が恋しいのでしょう?」
作者は、参議準。好きな女性に歌を贈りたいけどいいのが浮かばない・・・・って事で古今集の歌をパク・・・・いやいや。参考にして
作ったようです。
  

   
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