恋歌 (景時編)
若宮大路を歩く景時の足取りは重い。
一歩踏み出すたびに零れる溜息。
いつもなら自宅へ帰る足取りは軽いのだが、
今日に至ってはズルズルと鉛玉を引きずっているかのようだ。
原因は分かっている。
頼朝の元に来ていた後白河法皇が言った言葉。
それを思い起こすと、景時の口からまた溜息が零れた。
そうこうして歩いているうちに、気付けば自宅の門前。
一歩踏み出せばもう家の中、というのに景時は入る事を躊躇する。
辺りはもう夕方。
そろそろ、朔と譲くんが夕餉の支度をしている時間。
九郎と弁慶は六条堀川の邸にまだ居るはず。
他の皆は何してるトコかな?
彼女は・・・・・?
望美ちゃんは何をしてる?
ふと思い浮かべる、いつも想ってる娘。
出来ることなら、今日はあまり顔を合わせたく無い。
景時はまた溜息を零す。
「好きな子に会いたくないなんて変な話だよね。」
そう呟くのと一緒に頼りない嘲笑も口を吐いた。
いつもなら、望美の顔が早く見たくて急いで帰ってくる。
彼女がくれる
「おかえりなさい。」
の言葉と笑顔が欲しくて、帰宅後いの一番に望美を探した。
けれど、今日は。
どんな顔で彼女に会ったらいいのだろうか?
ふと、後白河法皇とのやりとりが脳裏に蘇った。
「ほほう。時は秋だというに、季節外れの花が咲いておるの。」
扇で口元を隠しながら後白河法皇が帰宅しようとする景時を見ながら面白そうに呟いた。
突然の法皇の台詞に景時はきょとんとした。
何かを揶揄して言ったのは分かったが、一体何事なのか理解できない。
「法皇様。花とは、一体何の事でございましょうか?」
「ほう。自覚は無いか。まぁよい。」
更に法皇は面白そうに含み笑いをする。
景時には、全く理解できない。
すると。
「どれ、このような所で足止めさせてはいかんな。早う可愛い者の元へ行くが良い。」
法皇のその言葉に景時はポカンと口を開けてしまった。
その様を見て、法皇は更に笑いながら。
「なんじゃ。早くその娘に会いたいと顔に書いておるぞ。」
そう言い残すと笑いながら去っていったのだった。
「俺って顔に出やすいのかなぁ。」
ハァ。と深い溜息が落ちる。
自分で言うのもなんだが、虚勢を張ったり嘘を吐くのは結構上手いほうだと思う。
それは決して、自慢できる事ではないが。
軍奉行として、頼朝の下で仕えるには必要な事。
そう自負して居たのだが。
先程の後白河法皇の言葉。
確かに望美に会いたくて、早く帰ろうとしていた。
彼女が好きだから。
早く、早く、会いたくて急いで帰宅準備をしていた。
それが、顔に出るほどだったとは。
法皇に分かる位なのだから八葉の皆にもバレているのかも知れない。
ひょっとしたら望美本人にもバレているのかも・・・・・・。
そう思うと、景時の足取りはどんどん重くなった。
一体、どんな顔で会ったらいいのか。
その答えが出るまで、
しばらく望美には会わないほうがイイかも知れないと考えていた。
その時。
「景時さん!おかえりなさい。」
嬉しそうな可愛い声が耳に入った。
聞きなれた心地よい声音。
目に映ったのは薄紫の髪を揺らしながら嬉しそうに駆けてくる
大好きな少女。
「今日は遅かったんですね。忙しかったんですか?」
出来るだけゆっくり歩いてきたので帰宅時間はいつもより少し遅め。
望美は待ちわびていたかの様に喜んでいる。
「の、望美ちゃん。・・・・ただいま。」
景時は咄嗟につくり笑いを浮かべる。
どんな顔をしたらいいのか分からない。
故に、とりあえず笑顔を作ってみた。
すると、望美は怪訝そうな顔つきになる。
「景時さん。何かあったんですか?」
「え!?な、何にもないよ!!」
いきなり、核心を突かれて景時は大慌てで首を振る。
その姿が『何かあった』と肯定しているという事に彼は気付く余裕は無いようだ。
望美は更に疑いの目を向ける。
「ホントですか?」
「ほ、本当だよ!!いつも通りの俺だよ〜。」
笑ってごまかすという事は彼女には通じないようだ。
ずっと疑いの目を直そうとしない。
「何か言われたとか?」
「え!?何にも言われてなんて・・・・・。」
不意に、法皇の台詞が思い出された。
『早くその娘に会いたいと顔に書いておるぞ。』
―――――ひょっとして、俺。今何かあったって顔に出てる!?
景時は気恥ずかしさから顔が赤くなっていった。
その変化を望美は見逃さない。
「景時さん!顔が赤いですよ?」
「え!?」
「熱でもあるんですか?」
そう言うと、望美は景時の額に手をやる。
景時の心臓が、跳ねた。
彼は更に赤くなる。
「景時さん、大丈夫ですか?どこか具合悪いとか・・・・・」
望美は心配そうに顔を覗き込んできた。
あまりに近くなったその距離に景時は慌てる。
そして、大声で捲くし立てた。
「の、望美ちゃん!!お腹空いたよね!!ご飯食べなきゃ!!!ね!?ね!!??」
「え?はい。」
突然の事に望美はキョトンとした。
が。景時が元気なのだ分かり、すぐにホッとした顔になる。
「じゃあ。行きましょうね。」
そう言い、望美は両手で景時の手を引いた。
また跳ねる鼓動。
景時は今日、何回目かの溜息を吐く。
そうして心の中に浮かんだの一つの句。
しのぶれど 色にいでにけり わが恋は 物や思うと 人の問うまで
今の俺、そのまんま。
心の中で自分を嘲った。
「溜息なんて吐いて、どうしたんですか?」
再び心配そうな顔になった望美。
そんな彼女に景時は優しく微笑んだ。
「いや。もっとしっかりしないとなぁ・・・・って思ってね。」
「??」
「独り言だよ。それにしても、今日のご飯は何かなぁ〜?」
「今日は美味しそうな魚があったって譲くんが言ってましたよ。」
「へぇ。楽しみだねぇ〜。」
「はい。」
そう言ってニッコリ微笑む望美ちゃんはやっぱり可愛くて、
好きにならない男が居たら見てみたいくらいで。
やっぱり俺は、
好きなんだなって思ってしまう。
これだけ思ってるんだから顔に出ないほうが変なのかもしれないね。
ふぅ。と今度は幸せそうな溜息を零し
景時はやっと自宅へ帰還したのだった。
〜あとがき〜
久々に「恋歌」景時編です。
いやぁ。初心な人って好きです。
何故なら自分が汚れきってるから・・・・・(遠い目)
さて。歌の解説を少し。訳しますと・・・・
「誰にも知られないようにと、心に秘めていた恋がとうとう顔に出てしまった。『何か思い悩んでるのですか?』と聞かれるほど。」
そのまんまですね(笑)。
作者は平兼盛 三十六歌仙の一人ですね。
和歌が上手く、漢学にも通じていた文才だったそうです。一応、皇族の血筋だったのに離れて平の姓をもらったそうな。

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