恋歌 (北条政子編)










「あの方は今夜もお出かけなの?」

「はい。奥方様。」



寝所に頼朝は居なかった。

行き先は大体想像が付く。

付くだけに政子は苛立った。

最近、頼朝はある女性の下へ通っているらしい。

それも一度きりでは無く、何度も、何度も。

噂に寄れば柔和で淑やかな姫君で、頼朝自身が見初めたという。

政子はギリリと、奥歯を噛んだ。

一人の男に、何人もの側室がいるのは当たり前。

政子とて、武家の娘。

そんな事は良く理解している。

だが、愛しい夫が他の女を抱いていると思っただけで政子は気が狂いそうだった。



私だけを見ていて欲しい。

誰にも奪われたくない。

私だけを、唯々、愛していて欲しい。



身の内から溢れ出さんばかりのこの想いを、貴方は気付いているのかしら?

政子はそっと目を閉じた。

涙を瞼の裏に閉じ込めるため。

悲哀に満ちた姿など、自分らしくない。

いつも余裕で微笑んで。

愛するあの人の為だけに生きて行く。

それが、私なのだから。



「涙なんて、卑怯ですもの。」



袖を濡らして泣くのを見て、あの人はきっと。

優しく抱きしめてくれる。

けれど、それは同情の優しさなのでしょう?

私が欲しいのはそんな優しさじゃない。

私だけを愛しむ優しさ。

ただ、それだけなのだから。



ふと、外を見ると。

空はまだ、深夜の闇の中。

頼朝が帰って来るはずの無い刻限。



もすがら 物思は やらで 閨のひまさへ つれなかりけり」



呟いた口で、フッと笑う。



「貴方を恨むなんて、出来るはずが無いのに。」



「馬鹿ね。」と、言った。

切ない微笑みを浮かべると、また、政子は闇夜を見上げる。

早く、夜が明けるように願いながら。



訳「恋人の冷たさを恨んで、一晩中思い、嘆いている。この頃 はなかなか夜が明けなくて、
  朝の光が射し込んでこない。 寝室の隙間まで無情に感じられるよ。」




  
  
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