恋歌(番外編)  平 時子









「時子!時子はおらぬか!!」


大きな足音と共に、やってきたのは清盛である。

時子は何事かと思いながらも穏やかな声で返事をした。



「清盛殿?いかがなされました。」

「おぉ!ここに居ったか。」



時子を見つけた清盛は上機嫌で彼女の前に座る。



「時子。そなたにコレをやろうと持ってきたのじゃ。」



そう、清盛が差し出した箱を開けると。

中には白く淡い真珠を繋げて作られた美しい首飾りが入っていた。



「これを・・・・・私に?」

「うむ。伊勢の職人に作らせたものじゃ。そなたに似合うと思うての。」



少年の姿の清盛は顔いっぱいに笑う。

時子はそれを嬉しく見ながら、少し困ったように言った。



「清盛殿。大変嬉しく思うのですが・・・・・このような華美な品物。私のような老尼には少々、過ぎた物ではないでしょうか?」

「なんじゃ?気に入らぬのか?」



清盛は少し残念そうな顔になる。

そんな彼に時子は穏やかに首を振った。



「いいえ。お気持ちは嬉しゅうございます。かように美しい品物を頂いて、気に入らぬ者などおりませぬ。
 されど、私は尼僧の身で在りますゆえ・・・・・。」



そう、時子が言うと、清盛は突然豪快に笑った。



「時子。そなたは尼である前に、この清盛が妻ぞ!夫からの贈り物じゃ、御仏もお見逃し下さるわ!」



そして、清盛は箱に収められたままだった首飾りを取り、時子の背後へ回る。

頭巾を被ったままの時子の首に清盛は首飾りをつけた。



「おぉ!流石は時子。よう似合っておる。」



正面から見直しながら、清盛は満足そうな声を上げる。

白い真珠は控えめな輝き、美しさを見せており、確かに時子に良く似合っていた。

時子も薄っすらと、照れたように頬を染める。



「そなたはいくつ年を重ねても、美しい女子だ。我の自慢の妻じゃ。」



清盛は心の底から嬉しそうに笑った。





「さて。如何いたしましょう。」


清盛がくれた真珠を前に時子はまた、困った表情を浮かべる。

満足しながら清盛が去って行った後、時子は自分の首から飾りを外した。

手の内に収まったその真珠を見据えながら時子は複雑な心境になる。


見れば見るほど、真珠は眩く華やかで。


それは、自分には過ぎたる物として目に映った。


齢60を超え、更には尼の身である自身にこの美しさは正直合わないと、思う。

けれどもこの贈り物は。

清盛からの愛であることはよく判る。


怨霊として蘇り、姿は違えども。

その慈しみ、優しさ。愛する気持ちは変わらない。

そんな彼からの贈り物。


嬉しくて、年甲斐もなく幸せな思いにさせられる。


だが、同時に不安も心に浮かんでしまうのだ。



もしも、彼が正気を失ったら?



生前、優しく穏やかな公達であった惟盛が変わってしまったように。

清盛も、怨霊としての本能に捕らわれ、凶暴で残忍な性へ変貌してしまったら。


それを思うと、時子の頬は無意識に涙に濡れた。


いつまでも、大切に愛してくれる彼の心がこの先も続く保障はないのだから。



「忘れじの 行末までは かたければ  今日を限りの 命ともがな」



愛してくれる、その思いに包まれたまま。

この幸せの中で死ねたなら、どんなに幸せだろうか。

頬の涙を拭い、時子は首飾りを大切に、大切に、抱きしめた。



 訳 「『いつまでも忘れない』と言ってくれたあなたの心がどうなってしまうのかわかりません。
    それならばいっそ、今日を最後に命を絶ってしまって欲しい。」





  
  
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