恋歌 (泰衡編)










「由良の門を 渡る船人 かぢを絶え  行方も知らぬ 恋の道かな」

泰衡は喉の奥でクッと笑った。

聞き知った歌があまりにも今の自分に合っていて
酷く滑稽に思えたからだ。

見上げる空は月も無く、暗闇が支配する世界。

燭台の明かりだけが頼りだ。

チラリと見やれば横には何の警戒心も無く寝入っている少女。

龍神の加護を受け、勇ましく戦場を駆け巡った神子は
その力を利用しようとした自分に従った。

初めの頃は、真意を分かり兼ねていたが、
共に過ごす内に言われなくても気付いてしまった。




この娘は恋をしているという事。




そして、その相手は恐らく自分であるという事に。




見てみぬ振りは出来なかった。

奥州を守る為に神子の力は必要だから。




そして、




不覚にも、自分も愛してしまったから。




知らん振りは出来なかった。


けれど、泰衡の中でもう一人の自分が囁く。



これでいいのだろうか?と。



義経一行を討伐するためにやって来た源氏の兵達を退けるのは容易だった。

しかし、頼朝がこのままで終わらせるはずが無いだろう。

次はどんな手を仕掛けてくるのか?

その中に、彼女を巻き込んでもいいのか?




生涯で最も愛した女性を、




険しく困難な獣道に巻き込んでよいのか?




でも、彼女の持つ龍神の神子の力は必要不可欠。

戦を乗り切るためにも、欠かせない『武器』。




果たして・・・・・・・。




泰衡は深い溜息を吐く。


すると。




トン。




と、軽く眉間を小突かれた。

目の前にはいつの間にか目を覚ました望美が人差し指で
自分の眉間を突いていた。


「泰衡さん。眉間のしわ、くせになりますよ?」


「神子殿は妙な事を心配しているようだが。」


「だって。怖い顔になっちゃいますよ?」


「もともと。こういう顔なもので。改善の余地は無い。」


助言など聞き入れるつもりも無いようだ。
望美はプゥと、頬を膨らませる。


「泰衡さんは笑った方がイイですよ。」


「何故だ?」


泰衡は理解できないと、いう表情だ。

すると、望美は得意げに胸を張りながら答えた。




「笑う門には福が来るんですよ。」




上手い事言った!とばかりに望美は鼻高々になる。

しかし、泰衡は。




「・・・・・・・・。」




押し黙ったまま何も言おうとせずに、望美をじっと見つめている。



「な、何か変な事言いました?」



あまりに長い沈黙。

望美は自分の言った事を思い返してみる。


その時。




「・・・・・ふっ。」




と、零れた微かな声。

見ると泰衡は口元を押さえ、咳払いをしている。



「もしかして・・・・・泰衡さん笑った?」


「・・・・・・。」



沈黙は肯定の証。


ほんの少し。

とても小さくではあるけれど、

いつも気難しい顔をしている彼が見せた笑みが

望美を思いのほか喜ばせた。


幸せそうな笑顔を見せる。


その笑顔は


美しくて


暖かくて


出来ることなら手放したくないと


泰衡の心が叫んだ。



だが、それはただの自我だ。



彼女を思うなら、手放すべきだ。



「泰衡さん、また眉間にしわ寄ってる。」


折角、笑顔を作り出せたと思っていたのにと、望美はぼやいた。

すると、何かをひらめいたかのように明るい顔になる。

そして、また得意げに望美は泰衡に向かった。



「泰衡さんがあんまり笑ってくれないから、私が笑うことにします!」


「神子殿が?」


「はい!!それで・・・・・・」




―――――――ずっと隣で笑ってます。





「そうすれば泰衡さんにもご利益がありますよ!!」


大発見でもしたかのような望美の笑顔と言葉。

泰衡は衝撃のあまり言葉が出なかった。

その様に望美はどうしたものかと彼の顔を覗き込む。


「泰衡さん?」


「私の代わりに貴女が笑うと?」


泰衡は眉間のしわを更に深くしながら問う。


恐らく予想される困難な道。

それは決して『幸せ』を約束できるものではない。


「どんな時であっても?」


命の危険も伴う時もあるだろう。

残酷な決断をする時もあるだろう。


「ずっと、隣で笑っていると。貴女は言うのか?」


すると、望美は迷い無い瞳で泰衡を見つめる。



「ずっと。ず〜っと、隣にいます。」



そっと、泰衡の腕を掴み己の体を寄せる。

何事かと、目をやれば望美は赤い顔を悟られないように
俯きながらハッキリとした声で呟いた。


「ここが、私の居場所なんですからね。」


ちょっと拗ねたような声で言うのは照れ隠しのせい。


「嫌がったって離れません。」


「それはそれは。熱心なことだ。」


フッと泰衡は口の端を上げる。

それを了承の意味と受け取ったのか、望美は満足そうな笑顔を浮かべた。



「そういえば、さっきは何で笑ったんですか?」


自分は何も面白いことを言ったつもりはないのに笑った泰衡。

疑問に思うのは当然だ。

すると、泰衡は望美を見つめながら。



「神子殿が、あまりにも年寄りじみた事を言うからだ。」



と、言った。


望美はみるみる赤くなる。



「なっ!おばさん臭いって事!?」


「お若いのは姿形だけのようだ。」


「中身も若いです!!」



ムキになって、つい声を張り上げる。


そんな望美に泰衡が一言。



「年寄りは皆、そう言うものだ。」



そして、クッと笑った。


望美はワナワナと肩を震わせて。



「泰衡さんのバカ〜!!!!!」



と叫んだ。





泰衡はもう、望美を手放そうと思わなくなていた。

何故なら彼女が『隣に居る』と宣言してくれた。

迷ってた気持ちを決めてくれた。

それならば自分がすることは一つ。


彼女が笑っていられるように


幸せであるように


共に居るだけ。


そう望んでくれる事をするだけ。


思い悩んでいた事も


辛く悲しかった事も


懐かしく


愛しく


笑って思い出せるように。




――――― ながらえば またこの頃や しのばれむ  憂しと見し世ぞ 今は恋しき




〜あとがき〜
おまたせしました。恋歌 泰衡編です。

いやぁ・・・・・文章力プリーズ。

んな事より。歌の解説です。
「由良の門を〜」訳しますと。

『由良の瀬戸を漕ぐ船頭が櫂をなくして漂うように、どうなってしまうか分からない恋の道だ』

作者は曽禰好忠
平安中期の方です。ちょっと変わった人で当時の貴族方からは相手にされなかったらしい。
しかも、死後になってから歌のすばらしさを認められたちょっと可哀想な人。
ちなみに『由良の門』は京都にある由良川の出入り口こ事。

も一つ。
「ながらえば〜」について。

『これから先、生きながらえば今日この頃も懐かしく思い出されるだろうか?辛かった昔も今では懐かしく思えるのだから。』

作者は藤原清輔 朝臣。
友達が出世出来ずに落ち込んでいたので慰めるためにこの歌を贈ったとか。
お優しい方ですね。


   
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