近くて遠いヒト










恋心を自覚したのはいつからだろう?

目が、心が、あのヒトを追いかける。


近くて遠い、愛しいヒト。





「望美さん。疲れたでしょう?コレをどうぞ。」



散策の途中、小休止していた望美に弁慶は汲みたての水が入った筒を渡した。



「ありがとうございます。」



望美はそれを笑顔で受け取り、喉を潤す。

水はとても冷たくて、乾いた喉によく染み渡った。



「美味しい!弁慶さんもどうぞ。」



筒を差し出した望美の手を優しく包むように触れると、弁慶も笑顔を返した。



「ありがとうございます。ですが、これは君の為に汲んで来たんです。君だけの物ですよ。」



お気持ちだけ、貰っておきますね。

そう、優しい言葉を紡ぐ。


彼は、いつだって優しく、望美を気遣ってくれる。

女性として、白龍の神子として。

大切にされているのがよく分かる。

でも、それだけじゃないような気がするのは、恋心故だろうか?

気になる彼の気持ちを少しでも垣間見たいのは極、当たり前の事の様に思えた。



「あの・・・・・。弁慶さん。」



望美の横に腰を下ろした弁慶に、オズオズと遠慮がちに呼びかけた。

弁慶はいつもと変わらない表情で「何でしょう?」と、問い返す。

望美は緊張しながら、ゴクリと生唾を飲み込み、赤い顔をうつ伏せながら声を出した。



「べ、弁慶さんって。好きな人とか・・・・居るんですかっ!?」



その言葉を受けて、弁慶はしばし沈黙する。

そして、望美の決死の質問をしてきた姿を見て、彼は全てを察した。

うつ伏せたままの顔は耳まで赤くなり、膝の上で汲んでいる手は落ち着かないようにスカートの裾を弄っている。


恋する少女の姿。


だが、弁慶はそれに気付かないように答えた。



「残念ながら、そういった女性はいませんよ。」



ニッコリと微笑む。

その答えに望美は顔を上げた。

どこかホッとしたような、でもガッカリしているかのような曖昧な表情。

いないのは嬉しいが、それは自分を含めての事なのだろうか?

新たな疑問が浮かぶ。


そんな望美の思いを知りつつ、弁慶は続ける。



「仮にも、僕。僧兵だった身なので、そういった色恋沙汰とは無縁の生活でしたし。特に心引かれる方はいませんでした。」



そう語る弁慶に、望美は「じゃぁ・・・。」と尋ねる。



「じゃぁ・・・・。今は?」



少し期待を込めた瞳で彼を見上げた。

弁慶はもう一度ニッコリ微笑み。



「今も、そういった方にお会いできていません。」



わざと、ハッキリとした口調で答えた。



「そう・・・・・・。ですか。」



望美は胸の奥がチクリと痛むような感覚を覚える。

だが、その痛みを無視するように作り笑いを浮かべた。



「でも!弁慶さんならいくらでもステキな女の人が集まってくるんじゃないですか?」



誤魔化すように、努めて明るく。



「そうですね。ですが、皆さん勘違いをされていて。」



ふぅと、弁慶は溜息を零した。



「勘違い?」

「えぇ。僕自身は意識していないのですが、僕が好意を持っていると、勘違いなさる方が多くて。」



弁慶の言葉に望美は無視をしていた胸の痛みが再び蘇る。



「女性は皆、綺麗で可愛らしいと思うので口にしているだけなのですが、それを好意だと思われてしまうようです。」



胸の痛みは、強さを増していく。



チクリ。チクリ。



「僕のそう言った言葉がいけないのでしょうが、性分な物ですから。
 あぁ。でも、君は賢い女性ですからね。安心しているんですよ。」



ズキン。ズキン。



「要らぬ誤解を受けないでしょうから。」



望美は二の句が告げぬまま、弁慶の言葉を聴き続けた。

それは、あまりに悲しい現実。

一瞬でも、期待に胸を膨らませていた為、反動は大きかった。



言葉が紡げない。



弁慶はそっと、望美の顔を覗きこみ不安げな視線で問う。



「もしかして、僕は君にまで勘違いをさせてしまったんでしょうか?」



気を抜けば、涙が頬を濡らしてしまう事くらい、望美は容易に想像できた。


ここで泣いたら、彼はまたいつものような優しさをくれるだろうか?


でも、だからこそ、泣いてはいけない気がして、望美はギュッと唇を噛んだ。


そして、ニッコリと笑みを浮かべる。



「そんなこと無いですよ。」



恥ずかしいくらい滑稽な虚勢。



「弁慶さんのことを、そんな風に見たことなんてないし。」



みっともなくて、カッコ悪くて。



「それに。私、凄く理想が高いんですから。」



でも、私にはそれしか出来ないから。



望美の言葉に弁慶も微笑む。



「良かった。やはり、君は賢い女性ですね。」



そう言うと、弁慶は腰を上げた。



「さて、そろそろ行きましょうか。皆を呼んできますね。」

「あ。私は、後から行きます。」

「わかりました。では。」



望美は笑顔のまま、弁慶を見送った。








「ふぅ・・・・。」


望美の姿が見えなくなった所で立ち止まると、弁慶は眉間に拳を当てて、溜息を吐いた。

そして、嘲笑を浮かべる。



「参ったな。」



本心を隠すなど自分にとっては造作も無い事なのに。



『弁慶さんのことを、そんな風に見たことなんてないし。』



「君にそう言われただけでこんなにも・・・・。」



心が乱れる。



皆を呼ぶとこじつけて、本当は逃げ出してしまった自分が情けなく思えた。



『べ、弁慶さんって。好きな人とか・・・・居るんですかっ!?』

「もちろん。居ますよ。」



恥じらいながら聞く姿はいつも以上に愛しく見えて。

抱き寄せることが出来たなら。



けれど。



「僕には、君は綺麗すぎる。」



汚れきってしまった自分には、不釣合いなほどに綺麗で。

だから余計に、魅かれてしまうのだろうか。


近くて遠い女性。


こんな自分と共に居る事は彼女まで汚してしまう事になるかもしれない。


それは、何を措いても許されざること。


だから・・・・・。



「どうせなら、嫌ってくれるぐらいが良いな。」



見向きもしたくなくなるぐらい、嫌って。

思い出すことすら疎ましい程。


そうしてくれたなら。


「僕も、諦めがつきます。」



受け入れる事も、諦める事も出来ない自分を弁慶はまた、嘲り笑った。









「はぁぁぁぁぁ〜・・・・・。」



望美は脱力するように盛大に溜息を零した。

ちっとも、相手にされて無かったことは大きなショックであった。



「勘違いかぁ。」



ポツリと呟く。

只の優しさを、特別な物と思い違う話を友人との会話で耳にしたことはある。

まさか、自分がそうなるとは思っていなかったが。



「・・・・でも、まぁ。仕方ないよね。」



相手は25歳。こっちは10代の女の子。

経験の差があると思う。



「それに!今、好きな人が居ないって事は、チャンスじゃない!?」



望美は先程とは変わって、目をキラキラと輝かせ始めた。



「まだ、まだ。好きになってもらう事は出来るわけだし。むしろ、常に一緒な私の方が有利!」



みるみるうちに、望美は元気を取り戻す。



「そうとなったら、早く弁慶さんのトコに行かなきゃ。」



勢い良く立ち上がり、望美は大きく深呼吸をする。

そして。



「よし!頑張れ!私!!」



精一杯のエールを自分自身に送り、弁慶の後を追いかけるように軽快に走り出した。



近くに居るのに、遥かに遠い。


唯一のヒトのもとへと。






〜あとがき〜

なんだか、消化不良な気も・・・・。
こんな作品が生まれたのも、つわりのキツさ故。
ご了承下さい。

つーか、好きな人に「興味ない」的なこと言われたら片桐なら、マジ凹みですよ。

ですが、そこは恋する乙女。
ネヴァーギブアップ精神は最強です。

弁さんよ。その辺、覚悟しといた方がいいですよ。(笑)


   
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