求愛
それは、いつになっても頭から離れてはくれない光景。
思い出したくもないのに、脳裏にくっきりと焦げ付いた場面は只々胸を締め付ける。
海に浮かぶ船上で、彼は狼狽一つせず悠々と笑んでいた。
源氏対平氏。
最後の戦.
その勝敗は大将格である平知盛と源氏の神子の戦いが終焉を迎えた。
二人は息を乱して見つめ合う。
もはや、これ以上戦う理由はなかった。
何故なら、膝をついた知盛と肩で息をしながらも立ち続ける望美の姿は
誰の目にも勝敗は明らか。
それを互いに感じ取ったのか、知盛は満足そうに口元を歪め、望美はふぅと、小さく息を吐く。
と、知盛は信じられない行動を取った。
「・・・・・じゃあ、な。」
その一言だけを残して、空を仰ぎ見ながら知盛は自身を海へ落とした。
死に行く者とは思えないほど落ち着いた表情で。
「知盛!!!!」
望美が伸ばした手は無念にも届かず、宙を彷徨う。
一心不乱に叫んだ彼の名前も空しく、返事はなかった。
海原を食い入るように覗き込んでも、彼の姿を見ることはもう、無かった。
望美は、ハッと眼を覚ました。
目の前には見覚えのある家具や家電。
ここは、あの世界ではない。
生まれ、育った元の世界。
ホッと安堵した望美は、頭の下にある温もりの主を静かに見上げる。
「・・・・・よぅ。」
艶めいた独特の笑みで知盛は望美を見返した。
途端。
望美は知盛の胸へと飛びついた。
その不意の行動に驚いた知盛だったが、胸のうちの望美の震えた肩に何も問えなくなる。
望美は泣いていた。
知盛は理由が分からなかったが、何も聞かず望美の頭を撫でた。
幼子をあやすかのような手つきは、彼の見た目では想像し得ないほど優しく。
望美の心を落ち着けていく。
望美はもっと強く知盛に抱きついた。
存在を、温もりを確かめるように。
知盛は黙って彼女を撫で続ける。
「・・・・・・知盛。どこにも行かないでね。」
ポツリと、落とすように望美が言う。
ドコにも行かないで。
ドコにも消えないで。
あの日のように。
貴方の居ない世界は余りにも辛過ぎる。
「・・・・・・俺を連れてきたのはお前だろう?」
いつもの茶化したような声音とは違う落ち着いた声で知盛は言う。
望美は顔を上げられないままその声を耳に入れた。
だが、知盛はそんな望美の顔をグイッと上に向かせる。
泣き濡れた彼女の真っ赤な瞳を、知盛は真摯に見つめた。
「お前が求める限り。俺はお前の傍にいてやる。
・・・・だから、お前も俺が求める限り俺の傍にいろ。」
瞳を逸らさず言う言葉は望美の胸を存分に締め付けた。
流れる涙と嗚咽を噛み殺して、望美は大きく縦に首を振る。
それを見て取ると、知盛は普段と変わらない艶美な微笑を浮かべた。
「・・・・・・そう簡単には逃がしてやらないがな。」
そう言った言葉の強さとは裏腹に、抱きしめた彼の腕の優しさが望美の心を満たしていく。
もう一度流れた涙を望美は止められなかった。
知盛は眼を閉じてそんな彼女を只々、慈しんで抱きしめた。

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