勘違いの効能
秋晴れの平泉。
紅葉色づく木々の中、そこでなんとも不機嫌な男が低い声で問うた。
「神子殿・・・・・・。説明をしてもらおうか?」
「はぁ・・・・。」
望美は頭をフル回転させながら思案した。
怒った顔はいつもの事だけれど、今日の泰衡は怒りつつも困惑していると、いった顔をしている。
何の説明を、何故問われているのか。
望美にしてみれば、そこが疑問である。
いつまでも答えを出さない望美に、泰衡は苦々しげに口を開いた。
「私は、神子殿が急用だと聞いたから来たのだが?」
その、泰衡の言葉に望美はキョトンとした顔になる。
そして、少し悩んだ顔をした後、望美は確認をとるようにゆっくりと聞いた。
「えっと・・・・・。泰衡さん。私が言付けを頼んだ人になんて聞いたんですか?」
「『神子様、ご急用のため、来られたし。』と。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・違うのか?」
思わず無言になった望美に泰衡は訝しんだ。
いつものように仕事をしていた泰衡の元に使いがきたのは半刻ほど前。
食事以外、ほとんど休む事無く雑務をこなしていた泰衡はその者からの言付けですぐに手を止めた。
『神子様、ご急用。』
泰衡の胸がドクンと高鳴る。
使いを寄越すなど、余程の事ではないだろうか。
もしや、彼女の身によからぬ事が起こりえてしまったのか。
それとも、何か心を煩わす事でもあったか。
泰衡は、手にしていた筆を半ば放り投げ、外套を手に取った。
「泰衡様。一体どちらへ?」
無言で立ち去ろうとする主に、雑務の手伝いをしていた男が慌てて尋ねる。
泰衡は立ち止まらぬまま、彼に告げた。
「本日の職務、一切を任せる。重要なものは明日、片付ける。用がある時は邸に参れ。」
そう言い捨て、泰衡は馬に跨り、一目散に私邸へと戻っていったのだった。
それなのに。
「・・・・・・。」
「泰衡さん!お帰りなさい♪」
大憂の相手は元気そのもの。
身になにか起こった様子も無ければ、煩っている様子も一切無い。
むしろ、晴れ晴れとした元気の良い笑顔を見せている。
泰衡は何が何だかさっぱり分からなくなってしまった様で、頭の中が大混乱してしまった。
「神子殿・・・・・・。説明をしてもらおうか?」
そして、冒頭に至る。
「ん〜と・・・・・。あのですね。」
望美は頭をかきながら泰衡の困惑を解くように説明を始めた。
「私は、『休養しませんか?』って言ったんです。」
「・・・・・・は?」
「え?だから、『休憩しましょう?』って事。」
「・・・・・・・・。」
望美の言葉に泰衡は絶句した。
『キュウヨウ』という言葉を『急用』だと、取り違えて聴いてしまっていたのだ。
望美は続ける。
「泰衡さん、いっつも急がしそうだから。たまには体を休めないといけないと思って。」
休む時間すら惜しんで仕事をしている彼を望美なりに気遣っての言付けだったのである。
泰衡は望美の知る限り、今まで一番深い溜息を吐いた。
「泰衡さん?」
望美は不安そうに彼の顔を覗き見た。
「・・・・・仕事を片付けて急いできてみれば、そんなくだらない事・・・・。」
「でも。勘違いしたのは泰衡さんじゃないですか。」
舌打ちをする泰衡に望美もムッとした声で答える。
「貴女に大事があったと思ったから来たのだ。そうでないならば失礼する。」
そう吐き捨て、泰衡は外套を翻して出て行こうとした。
その時。
ふわりと、暖かな望美の手が泰衡の冷たい手を捕まえた。
泰衡が振り向くと、望美は嬉しそうな赤い顔で泰衡を見上げている。
「それって・・・・・・。心配してきてくれたってことですよね?」
「・・・・・・・。それが何か?」
泰衡はぶっきら棒に答える。
「つまり。それって、急いでくる程。私の事が大事って思っていいんですか?」
「・・・・・・。」
泰衡は一言も答えない。
けれど、望美には良くわかっていた。
沈黙は肯定の証。
望美はより一層嬉しそうに顔を染めた。
「・・・・・仕事に戻る。」
照れ隠しなのか、泰衡は先程よりも機嫌の悪い声で言った。
けれど、望美は手を離さずに言う。
「でも、仕事を片付けてきたっていいませんでした?」
「・・・・・・・。」
確かに、言った。
大まかな案件は片付け、小さなものは全て任せてきた。
故に。
「行っても、する事ないんじゃないですか?」
望美の意見は図星である。
確かに、今日、泰衡がするべきものは片付いてしまっている。
「ならば、どうだと言うのだ?」
泰衡の問いに、望美は莞爾として笑った。
「気分転換に紅葉狩りでもしませんか?」
すると、泰衡は「ふん。」と、鼻で笑う。
『悪くは無い』と思っているかのように。
望美はその答えに満足した様子で、彼の手を引いた。
「じゃあ。行きましょう。あ。おやつは何がいいですか?」
「・・・・・勝手にするがいい。」
「は〜い。」
素っ気無い言葉でも、態度でも、望美には嬉しいようでウキウキしながら彼の手を引いていく。
それは、計算外の勘違い。
けれど、嬉しい勘違い。
大切に思う気持ちが見えたから。
嬉しくてスキップ気味に歩く望美に引き摺られながら泰衡は出掛ける事になる。
『全く・・・・・。』
心の中でぼやく泰衡の目に、ふと望美の笑顔が映った。
こんな楽しそうな笑顔は久しぶりに見た気がする。
そう思ったと同時に、泰衡はぼやくのを止めた。
この笑顔を見れたなら、勘違いも悪くは無いと思えたから。
「ねぇねぇ。泰衡さん。何処がお奨めですか?毛越寺とかキレイって聞いたんですけど。」
「神子殿にお任せする。」
ご機嫌な望美を馬に乗せて、二人は紅葉の中へと駆けて行った。
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