泣き所
初めはちょっとした好奇心だった。
「弁慶さん・・・・お願いがあるんですけど・・・・。」
恥ずかしそうに俯きながら言う望美に弁慶は何事かと、疑問に思った。
「僕に出来ることでしたらなんでも。」
ニッコリと、邪心などないかのような笑顔で答えれば、
望美は嬉しそうに顔を上げる。
「ホントですか!?」
「えぇ。可愛らしいお嬢さんのお願いなら喜んで聞きますよ。」
「あ・・・・・でも・・・・・。」
尚も遠慮がちになる望美。
弁慶はそっと望美の頬に触れながら真面目な顔で言う。
「他ならぬ、君の頼みならば何だって聞きますよ。望美さん。」
「でも・・・・・。」
「良いんですよ。さぁ。なんなりと言って下さい。」
そう背中を押され、望美は意を決したように勇ましい顔つきになる。
そして。
「ゴメンなさい!!!」
そう、叫ぶと同時に。
カ―――――――――ン!!!!!
「!!!???」
弁慶の向こう脛へ蹴りを入れた。
弁慶は驚き、痛みに思わず顔をゆがめる。
そして、目からは生理現象のため、不本意ながら涙が滲んだ。
「望美さん!?」
「べ、弁慶さん!!ゴメンなさい!大丈夫ですか!?」
蹴られた脛を擦りながら座り込んだ弁慶に望美は大慌てだ。
「望美さん。これは一体どういう事でしょう?」
ニッコリと、けれど背後に物凄く黒いオーラを纏った弁慶は望美を問いただす。
そんな弁慶に問われれば、答えない訳にはいかなかった。
「あの・・・・罰ゲームなんです。」
「ばつ・・・・げぇむ?」
「はい。」
望美は申し訳無さそうに項垂れる。
あの弁慶が涙を滲ませたぐらい痛い事をしてしまったのだ。
望美は全てを白状する。
「私たちの世界に『弁慶の泣き所』って言葉があるんです。」
「泣き所ですか?」
「はい。それを確かめる人を決めるジャンケンで負けたんで、私が。」
「なるほど。その『弁慶の泣き所』が向こう脛なんですね。」
「はい・・・・ホントにゴメンなさい!!」
望美は半泣きになりながら深々と頭を下げた。
弁慶はふぅ。と溜息を吐く。
「望美さん。向こう脛は人体の急所ですから痛いのは当たり前です。」
「はい。」
「例え、屈強な大男であろうとそこを攻撃されれば倒れてしまうくらいですよ。」
「はい・・・・・。」
「そんな実験に僕を選ぶなんて・・・・・。」
「ご、ごめんなさい!!!」
更に深々と頭を下げる望美。
ふと、思わず弁慶から笑みが零れる。
「そんなに頭を下げられては、これ以上怒れませんね。」
思いがけない言葉に望美は顔を上げ、目を丸くする。
その顔を見ながら弁慶は優しく微笑んだ。
「ああ。でも不本意ながら涙を流してしまいましたから、一応お詫びはして頂きましょうね。」
「はい!!何でもします。」
弁慶に許してもらえた事が嬉しかったのか、望美は満面の笑顔になる。
どんなお詫びを要求されるのか。
パシリとか・・・・かな?
そんな事をつらつら考えていた時。
不意に鼻を突く薄荷の匂い。
昼間なのに暗くなる視界。
柔らかな何かに唇が覆われる。
それが弁慶の唇なんだと知るのに望美は少々時間が要った。
「べ、べ、弁慶さん!?」
弁慶が唇が離すとアワアワとパニック状態になっている望美が居た。
「君が『何でも』なんて言うからですよ。」
クスクスと弁慶は笑う。
『何でも』なんて言った手前、望美は責めるに責め切れない。
それに、弁慶とのキスは嫌じゃなかったから。
むしろ嬉しかった。
そんな望美の気持ちを知ってか、知らずか。
既に文句の言いようが無い望美は仕方なく、赤い顔のまま俯いてしまった。
「ああ。それから望美さん。君にそんな知恵を授けたのは誰です?」
突然の問いに、弁慶の下に来る前の出来事を思い出す。
面白がってた二人。
それは・・・・・・。
「えっと・・・・・将臣くんと、ヒノエくんが。」
「そうですか。後で彼らにもお詫びをしてもらいましょうかね。」
弁慶は純白の笑顔でそう呟く。
「お詫び・・・・ですか?」
「えぇ。可愛い君にこんな事をさせた罰ですよ。」
『どんなお詫びをさせるんですか?』と、望美は弁慶に聞けなかった。
ただ、二人の無事を祈ることしか出来ない。
「弁慶さんの本当の泣き所ってドコなんですか?」
話をそらそうと、望美は違う質問をぶつける。
今の流れから言うと、向こう脛は誰でも痛いトコであって、『弁慶』の弱点とは言いがたい。
じゃあ、一体ドコが弱点??
すると、弁慶は優しく微笑んだ。
けれど。
「それは、秘密ですよ。」
やんわりとかわされる。
望美は少し不満そうな顔を見せた。
その顔を見ながら弁慶は微笑を深くする。
弱点はもちろんありますよ。
明るくて
素直で
可愛らしい君が
僕の弱点だなんて、知られてしまっては色々と大変ですから
今のところは内緒にしておきましょう。
「その内、分かると思いますよ。」
弁慶はニッコリと笑顔を返した。
「さて、僕はちょっと用事があるので行きますね。」
そう言うと弁慶はおもむろに立ち上がる。
そして。
「今度は君の泣き所でも教えてくださいね。」
「へ!?私の??」
望美は目を丸くする。
「『目には目を』っていうでしょう?」
当たり前のように弁慶は言う。
「あの・・・・お詫びしませんでしたか?」
「あれは僕の涙の分のお詫びですから。」
望美は凍りついた。
弁慶はニッコリと爽やかに微笑む。
「ふふふ。楽しみだな。君の弱点を暴くのは。」
「な、無いです!!弱点なんてありません!!!」
「おや?本当ですか?ならば僕が探してあげますよ。」
「遠慮しますぅぅぅ〜〜〜〜〜!!!!!」
―――――――後日譚
望 「あれ?将臣くんとヒノエくんは?」
朔 「何だか体調が優れないらしくて、寝込んでいるわ。」
望 「え!?何で?」
朔 「よく分からないのだけど。ずっと、うなされているの。」
望 「じゃあ、弁慶さんに見てもらったら?」
朔 「でも・・・・・弁慶殿の名前を口にすると更にうなされて。」
望 「??何で?」
朔 「さぁ。何故かしらね。」
知らぬが仏。とは良く言ったもの。
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