ノルマは100万回










恋人になって数ヶ月。

以前に比べ、譲くんとの関係は結構親密になったと思う。

一緒にお昼を食べたり、

手をつないで帰ったり、

デートをしたり、

キスもしたり。


恋人らしいって言い方は変かもしれないけれど。

それなりにイイ感じだと思う。


でも。


私には不満な事が一つ。





「お待たせしました。先輩。」


部活を終えて、弓道場で待っていた望美の元に譲がやってきた。

望美は嬉しそうに顔をあげる。



「譲くん!お疲れ様。」



そういう彼女の笑顔を見るだけで譲は元気が出てくるような気がして、ハニカミ笑いが零れた。



「じゃあ。帰りましょうか。先輩。」



そう言った時、何故か望美は一瞬だけ淋しそうな瞳をした。

譲はそれに気付き少し戸惑う。

だが、望美はすぐに笑顔に戻ると譲の手を握った。



「ねぇ。今日のお夕飯は何作るの?」



と、何でもない様に振る舞った。









「あ。将臣くん。」

「兄さん?何でココに?」


二人がスーパーに寄ると、そこに将臣が居た。

「よぅ。」と彼はカップラーメンを大量に入れたカゴを持って来る。



「兄さん。なんだよそれ。」

「ん?夜食用。」

「何でそんなに買うんだよ。」

「すぐに無くなるからこうして買いだめしてんだよ。で?今日の晩飯は何だ?」



と、言いながらチラリと譲の持っているカゴに目を向けた。



「今日はハンバーグだよ。」



望美は上機嫌で答える。

どうやら望美がリクエストしたらしい。

そして、夕飯を食べていくつもりなのだろう。

少し多めの材料がカゴに入っていた。



「ハンバーグか。もちろんガーリックソースだろ?」



と、当然のように言う将臣を「は?」と望美が見上げた。



「今日はトマトソースだよ。ね?譲くん。」

「は?何言ってんだ。ウチじゃガーリックって決まってんだよ。」

「たまには違うのもイイじゃない。私、お客さんだよ?」

「郷に入れば郷に従えって言うだろ?」

「えぇぇ〜?口がニンニク臭くなるもん。」

「え〜。どんだけ〜?」

「将臣くんこそ!どんだけ〜?」



と、低レベルな言い争いをしばらく譲は傍観していたが、周りの視線が徐々に気になりだす。

「やれやれ。」と小さく呟きながら二人を止めに入った。



「二人とも。もうその辺で・・・・・。」

「譲くん!譲くんはトマトソースだよね!?」

「バーカ。譲はガーリックの方が喰い慣れてるんだよ。」



「どっちがイイ!?」と、二人に詰め寄られ、どちらでもいい譲は言葉につまる。

だが、こんな時の平和的解決策は長年の付き合いから熟知していた。



「わかりました。じゃあ。両方作りますよ。」



そう譲が提案した所で、二人の言い合いは納まる。



「ありがとう。譲くん。」

「ヨロシク譲。」



と、無事にソースが決定したところで譲は買い足しをしなければいけない物に気付いた。



「先輩。少し待ってて下さい。足りない物をとってきます。」

「え?私も行こうか?」

「いえ。すぐなんで。先輩はここに居てください。」



二人の会話を聞いていた将臣が「おや?」と頭を捻る。

そして、譲が野菜売り場へ戻ろうとした時、グイッと将臣が譲の首根っこを掴んだ。



「望美、ちょっとお前が取ってきてくれよ。」

「私?良いけど??」

「ちょっと。兄さん!」

「何買い足すんだ?譲。」

「え?ニンニクを・・・・。」

「よし。望美、頼んだぜ。」

「う、うん?」



望美は首を捻りながら野菜コーナーへ駆けていった。



「何するんだよ、兄さん。」



襟元を正しながら譲は怪訝そうに将臣を見た。



「お前さぁ。名前くらい呼んでやれよ。」



と、将臣は少し呆れた口調で言う。



「なんつーか。『先輩』なんてよそよそしい言い方じゃなくてさ。ちゃんと、『望美』って呼んでやれよ。」



先程、譲が『先輩』と呼んだ時も望美の顔が少し翳っていた。

それだけじゃない。

将臣は一番近くで二人を見ているからこそ、二人が気付かない事が分かってしまう。


きっと、望美は自分の名前を呼んで欲しいのだ。

でも、譲は今更、恥ずかしくて言えないのだろう。

そして、二人とも肝心な所が疎くて。



『不器用な奴ら。』



損な役回りではあるが、兄として、幼馴染として、それから

二人の幸せを願う一人として。

助言の一つでもしてやらなければならない。



「俺だって、そう呼べるものなら呼んであげたいさ。」



譲は眼鏡を抑えながらそう呟く。



「でも、今更。どう言ったらいいか・・・・・。」



将臣の予想通り。

ふぅと、溜息を吐く。



「まぁ。突然は無理だろうからな。慣れだよ。慣れ。な?望美?」



と、棚の奥に呼びかけると、ソロリと望美が顔を出した。



「せ、先輩!?」

「えと。・・・・ゴメン。」



立ち聞きをしてしまった事に望美は、ばつの悪い顔をする。

しばしの沈黙。

将臣は「世話の焼ける・・・・。」とぼやき譲のカゴを取り上げた。



「んじゃ。俺先に帰っとくから。早く帰って来いよ〜。」



と言ってさっさと姿を消してしまった。







買い物を将臣に奪われ、二人はスーパーを出て家路をゆっくり歩いた。

もどかしい空気の中、初めに譲が口を開く。



「あの・・・・・先輩。じゃなくて・・・・・その・・・・・。」



譲は耳まで赤くなりながら懸命に望美の名を呼ぼうとする。

その姿に望美は微笑み、でも彼が呼んでくれるのをじっと待った。



「・・・・・・
・・・・ぞみ・・・・・さん!」



消え入りそうなくらい小さく、聞き取るのが大変なくらいの声で譲が呼んだ。

途端に望美は花が咲いたように笑う。



「なぁに?譲くん。」



その笑顔に譲は思わず下を向いてしまった。



「え?どうしたの?譲くん?」

「いや・・・・。あまりにも可愛くて。」



顔の赤い譲と同じように望美もポッと赤くなる。

そして照れ隠しのように拗ねた声で譲を叱った。



「名前は呼ばないのに、そういう事は言うんだから!」

「あ。すいません。」



ふふふ。と望美は嬉しそうに笑う。



「あの・・・・。俺は今まで貴女を名前で呼んで無かったから、今になって呼ぶのが恥ずかしいというか・・・・・何ていうか。」



上手く言葉をまとめられないが、譲は望美の目をしっかりと見据えた。



「でも必ず。呼べるようになってみせます。だから、もう少し、待っててもらえませんか?」



そう決意を語る彼の眼はとても真剣で望美は黙って頷いた。



「うん。待ってる。でもその代り、条件があるんだけど。」

「?何ですか?」



望美はニッコリ微笑む。



「100万回呼んで。」

「・・・・・・100万回ですか?」

「そう、ズルも割引も一切認めません。」

「ちょっ・・・・待ってください。100万回÷365日で約2740回。それを一日に30回言ったとして・・・・・91年。」



真剣に計算する譲が何だか可笑しくて、望美はプッと噴出す。



「長生きしなきゃね、譲くん。」

「が、頑張ってみます。」

「ていうか、そもそも譲くんが私の事を『先輩』って呼び出したのが悪いんじゃない?」



自業自得デショ?



「参ったな。」



譲は困ったように笑った。



「そろそろ帰りましょうか。兄さんが腹を空かしてるだろうから。」

「そうだね。」



スッと譲は望美に手を差し出した。



「手を繋ぎませんか?その・・・・・・・望美。」



そう呼ばれるのが何だかぎこちなくて。

でも、そのぎこちなさが、くすぐったいくらい嬉しくて。



「記念すべき、第一回目だね。」



望美は飛びつくように譲の手を取る。



あと、残りは 999,999回



二人の未来に続く数字。




   
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