誓い










  ―――――ガサッ。


夜も遅い屋敷の庭から、僅かな物音が聞こえた。

早々に床に着いていたリズヴァーンは静かに目を開ける。

そして、こちらの気配は完全に消し、外の気配を探るように静かに障子に近づいていった。



『・・・・・・間者か?』



この屋敷には命を狙われる人物はたくさん居る。



源氏の総大将。


軍師に戦奉行。



それから、源氏の神子。



リズヴァーンはそっと、刀の柄を握った。


音を一切立てず、障子を少しだけ開け、外を見ると。




そこに居たのは、望美。




突然、疲れたように、その場にへたり込み大粒の涙を流しだした。




「・・・・っ!どうして!?どうしてまた、死んじゃうの?」




望美は涙を拭う事も忘れ、只々、涙を零した。

自分を咎めるように、腕を力いっぱい握る。


痛々しいその姿にリズヴァーンは全てを理解した。


自分がしているように、望美も時空を越えている。

大切な人を守るために。


けれど、それは全てが上手く行く分けではない。


時には、最悪の選択をしてしまう事だってある。


望美は、違う時空でその最悪の選択をしてしまったのであろう。

恐らくは、最も大切な人物の死を目にしたのかもしれない。



リズヴァーンはゆっくり、刀を置く。

そして、望美から目を逸らした。




  ―――――すまない。神子。




心の中で呟く。




私に、もっと力があったなら、


私が、もっと上手く時空を変えられたなら、


お前は涙を零すことは無かった。




私は―――――無力だ。




リズヴァーンは思いっきり、自分の手を握り閉めた。

つぅと、血が流れる。

痛みはある、だが、お前の心の痛みに比べたら。

こんなものは痛みの内に入りはしない。



外からは、望美の泣き声が未だ止むことは無かった。



そんな彼女を、リズヴァーンは抱きしめたい衝動に駆られる。



優しく抱きしめ、「もう、いい。」と言ってやりたい。



だが。

それは彼女にとって良いことだろうか。

確かに、力は初めの頃に比べて、強くなった。

けれど、心は。

まだまだ幼い、10代の少女のものだ。

この先、より多くの時空を越えて行くのだとしたら、彼女の運命に手を貸してやる事は

望美の心を強くする事にはならないかもしれない。




いや。



違うと、リズヴァーンは首を振った。



そんなのは、こじつけだ。



本当はただ、自分にはその資格が無いだけだ。



何度時空を越えても、お前を救ってやれない私が、




一体何の役に立つ?




リズヴァーンは握っていた手を開いてみると、掌は血で赤く色づき、腕まで滴っていた。


そして、もう一度障子の間から外の様子を見る。


外からはもう、望美の嗚咽は聞こえなくなっていた。


望美は涙を拭う。




「今度こそ・・・・・・。」




闇夜に浮かぶ、その姿は強い意志を持った者の姿だった。

リズヴァーンは眩しくて、思わず目を細める。




『思い違いだったな・・・。』




自分の手など、貸す必要は無い。

それほど、お前は強い心を持った女性。

立ち止まっても、直ぐに歩みだす。



そんな、お前だからこそ、私は。



惹かれたのだ。



先程の考えを否定するようにリズヴァーンは柔らかく微笑む。

そして、望美は音を立てないようにそうっと、自分の部屋へと戻っていった。


リズヴァーンはその後姿を、見送る。




次こそは。




彼はもう一度、拳を握った。

今度は、ゆっくりと力を込めずに。




お前も、私も。

大切な者が守れる事を

誓おう。



この痛みに。

流した涙に。

そして、己自身に。




   
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