虫除け
『今日はお祭りだから一緒に行こうね!』
そう、望美からメールが来たのは今朝の事。
今はもう夕方になり日も沈みかかっていた。
知盛は部屋の時計をチラリと見る。
望美から指定された時間は午後6時。
今は5時50分。
場所は自宅から然程遠くない。
ゆっくり歩いたって10分くらいしか掛からない場所。
故に、知盛はこうして時間ぎりぎりまで家で寛いでいたが。
「そろそろ、行くか・・・・。」
遅刻しようものなら何と言われるか。
ゆっくり腰を上げる。
しかし、怒った顔の彼女もまた良いものだ。
そう思いながら知盛は少し口元を綻ばせ自宅を後にした。
「知盛遅い!!」
知盛とは駅前で待ち合わせをしていた。
約束の時間よりも早めに到着していた望美はぷぅと頬を膨らませながらベンチに腰掛ける。
とは言っても約束の時間にはまだ余裕があるのだからそう怒ることも無いのだが。
『でもやっぱり、早く見て欲しいもん。』
と、目の前のショウウィンドウに写る自分を見た。
薄黄色の生地に鮮やかな朝顔の絵柄の浴衣。
髪もアップにして、買いたての簪も挿した。
いつもはしない化粧も友達から教わり。
自分でも綺麗だと、自惚れてしまいそうな程、望美は気合を入れてやってきたのだ。
現にそれは間違ってはおらず、先程から通る人が皆振り返って望美を見ていた。
そんな視線には全く気付いていない望美は広場の時計だけをずっと気にしている。
待ち合わせは午後6時。
今の時間は5時55分。
望美は軽く溜息を吐く。
その時。
ポンッと肩を叩かれた。
望美の顔が一気に喜びの顔に変わる。
そして勢い良く振り返った。
「ちょっと、知盛。遅・・・・・・。」
「ねえ。さっきからずっと座ってるけど何してんの?」
声を掛けてきたのは待ち焦がれた知盛では無く、見ず知らずの男。
望美はガッカリと肩を落とした。
男はそれに気付かず様子で望美の横に座る。
「つーか君、可愛いね〜。名前なんて言うの?」
「・・・・・・・。」
こういうナンパは無視するに限る。
望美はそっぽを向いて質問に答えなかった。
「じゃぁさ、彼氏居る?」
「・・・・・・居ます。」
望美はそっけなく、でもハッキリと言った。
大体の男は『彼氏が居る』と言えば引き下がると、友達に教わっていたから。
だが、男は気にしないで続ける。
「でもさぁ。こんな可愛い子ほっとくような男なんて大した事無いじゃん?」
男は笑いながら言った。
「そんな奴、君にはもったいないよ。だからさ、俺と一緒に行かない?」
「ね?」と、今度は望美の肩を抱き自分の方へ寄せた。
その行動と、発言に無視を決めていた望美の堪忍袋の緒が切れる。
男の手を払いのけて、一発おみまいしてやろうかと意気込んだ時。
「・・・・おい。何をしている。」
待ち合わせ時間ピッタリに知盛が望美と男の前に現れた。
「知盛?」
望美は払いのける手が止まった。
男は知盛を見上げる。
同時に、知盛も男を見下ろした。
そして、望美の肩に置かれている男の手が彼の目に入ると。
「離せ。」
そう知盛には珍しく怒気を含んだ声で言いながら男の腕を捻り上げた。
余程の力を込めているのか、男は痛みに顔を歪める。
「何しやがる!!」
男も負けじと声を上げたが、到底敵う様子もない。
「こいつは俺のものだ。」
知盛は冷ややかな目を向け、尚も腕を捻りあげる。
「知盛!もう止めて!!」
男が痛みに泣きそうになった時、ようやく望美の一言で知盛は手を放した。
開放された途端に「ちくしょう!!」と叫びながら男は大慌てで立ち去った。
「もう、やり過ぎだよ。」
望美は男を少し哀れんだように知盛を叱った。
知盛はクッと笑う。
「神子殿は、お優しいことで・・・・・。」
「知盛がやり過ぎなの。まぁでも・・・・・・。」
思い出したように、望美はニッコリ笑った。
「助けてくれたんでしょ?ありがとう。」
素直に感謝の言葉を言う。
知盛はフンと、鼻を鳴らすだけだった。
「じゃぁ、そろそろ行こ。」
そう言いながら、前を歩き出した知盛は改めて望美の装いを目にした。
柄にも無く、驚いた表情になる。
知盛は素直に見惚れてしまった。
こちらの世界で望美の着物姿など見たことは無かったから。
薄黄色の生地は彼女の紫色の髪に良く合っていて上品だ。
髪も結い上げて、白く美しい項が見える。
そして同時に気付いたのは見惚れたのは自分だけでは無いという事。
すれ違う男達が望美へ向けている視線。
本人は全く意識していないようだが。
「チッ!」
知盛は苦々しげに舌打ちをした。
そして、さっさと望美の横に並び、自分の方へ抱き寄せた。
「え!?何??」
望美は知盛を見上げる。
知盛は何も答えず只、歩く。
そんな中、望美は顔を赤らめながら知盛に話しかけた。
「ね、ねぇ。知盛。」
「何だ。」
「あのね・・・・・・。えっと〜・・・・・。」
望美は次の言葉が出なくて口をモゴモゴしてしまう。
折角の装いに、何かコメントが欲しい。
でもどう聞いてイイのだろうか。
『私、キレイ?』
それじゃぁ口裂け女じゃん。
『今日の私どう?』
なんか偉そうだよね。
『何か気付かない?』
でも、『さぁな。』とか言われたらどうしよう。
と、頭の中で大いに悩む。
「おい。」
不意に知盛が声をかけ、望美は一旦考えるのを止めた。
祭り会場まではもう少し。
多くの人々に混じって望美達も交差点で信号待ちをする。
「な、何?」
と、望美が聞き返すのも聞かず、知盛は急に望美の項へ唇を寄せた。
「は!?ちょっと!!何すんの!!??」
信号待ちの人達の視線が一気に望美と知盛に注がれた。
望美は恥ずかしくて一刻も早く知盛を避けようと暴れる。
すると、すぐに知盛は唇を離し、平然と顔を上げた。
望美の項にはクッキリと知盛のキスマークが残る。
いつもなら髪を下ろしているから目立たないのだろうが、今日は髪を上げているのだ。
そのため、どうあっても隠しようが無く誰の目にも留まってしまうだろう。
「何するのよ!!」
真っ赤になりながら怒る望美に知盛は言った。
「お前が悪い。」
―――――美し過ぎるお前が悪い。
「・・・・・え?」
言われた台詞をゆっくり思い返す。
途端に望美の顔が嬉しさと恥ずかしさが入り混じった。
「だから虫除けをしておいた。」
そう知盛が呟いた後、交差点の信号が変わり人々が一斉に歩き出す。
嬉しそうな望美と歩く知盛は
これからは望美よりも先に待ち合わせ場所に行こうと誓った。
「余計な虫は排除しておこう。」と。
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