優しい熱










「風邪だな。」



そう言って、歳三は千鶴の額から手を離した。

今朝、目覚めたときから自身の体の不調は何となく感じてはいた。

頭が熱っぽく、体も鉛のように重くて歩くことさえままならない。

けれどもそれは、起きて直ぐだから体が動かないのだと、自分なりに解釈して千鶴は家事をしていたのだが。

突然目の前が真っ暗になりバッタリと倒れてしまった。

気付けば布団に寝かされ、険しい顔で額に手を添えて熱を計る歳三が傍らにいた。

手を離した彼は呆れたように溜息をつく。



「全く・・・・。無理しやがって。今日はこのまま寝てろ。」

「で、でも・・・・・。」

「病人が口答えしてんじゃねぇ。寝てろと言ったら寝てろ。」

「・・・・・・はい。」



拒否を認めない強い言葉で言われ、正に病人の千鶴は何も返す言葉は無い。

言葉は乱暴だが、歳三の顔は心配な思いで翳っていた。

そんな顔を彼にさせていることが酷く申し訳なくて、顔を布団にうずめると歳三は少し寂しそうな笑顔で見つめてきた。



「千鶴、俺はそんなに頼りねぇか?」



予想外の質問をされ、千鶴は驚き目を剥いて激しく首を横に振った。

『頼りない』だなんて、そんなこと一度だって彼に対して思ったことなど無い。

いつだって真っ直ぐ前を見て進んでいく彼の姿を、頼もしくまた、尊敬して見つめてきたのだ。

熱い頭を勢い良く振る千鶴を歳三の手が静かに止めて、そのまま優しく頭を撫ぜる。

寂しげだった笑顔を消して今度は労わる様な微笑みと声を千鶴に降らせた。



「それなら、もう少し。お前は俺に甘えろ。」



何でも自分の力でしようとする姿は、立派だと思う反面どこか寂しさを覚える。



「男ってのは、惚れた女には甘えて貰いたい物なんだよ。」



たとえ未来永劫、側にいる事ができないとしても。

寄り添っていられる間くらい、俺はお前に何かをしてやりたいんだ。

どんな小さなことでも、些細なことでも。



「そ、そんなこと言われたら・・・・。私、本当に甘えてしまいますよ?」



その大きな胸に体ごと委ねる子供の様に。

そして、すがり付いて困らせてしまう。

何処にも行かないで、ずっと側にいて欲しい。なんて、叶う保障もない願いを紡いで。

すると、歳三は千鶴の杞憂を受け入れるように笑った。



「構やしねぇよ。そんな願い、いくらだって口にしていいさ。」



儚いからこそ強く願う。

そんな願いだからこそ叶えてやりたいともがく。

小さな力だけれど、それが大きな力になってくれる事だってあるから。

ずっと撫でてくれる歳三に、千鶴は泣き笑いのような顔で「はい。」と一言返事をした。





「そういえば、沖田さんにも仰ってましたね。」



懐かしい戦友の名を上げれば、歳三は何の事かと首を傾げた。



「『病人は大人しく寝てろ。』って。」



先程千鶴に言った言葉を繰り返すと歳三も「ああ。」と思い起こす。

労咳を患って殆ど床についてしまった沖田さん。

けれども体が鈍るからと、たびたび寝所を抜け出しては歳三さんに見つかり連れ戻されていたっけ。

思い起こして、千鶴はクスリと笑った。

そんな彼女とは反対に、歳三は渋い顔をする。



「あいつは、いくら寝てろって怒鳴っても『はいはい。』って返事だけでちっとも言うことを聞きやしねぇで。
 屯所を抜け出すわ、道場で稽古してるわ、俺の仕事を邪魔するわ、手間掛けさせやがって。」



苦々しい顔で思い出を語る歳三に千鶴は笑顔が止まらなかった。



「まぁ。『手が掛かる』って点ではお前も同じだな。」

「そ、そうなんですか?」



笑いながら言われた一言に、千鶴眉尻がすまなそうに下がる。

そんな彼女を、歳三は慈しむように優しく言った。



「いいんだよ。俺はお前を甘やかしたいんだから。」



柔らかな笑顔と言葉は熱で上がった千鶴の体温を余計に上昇させて

心なしか頭がグラグラと揺さぶられるように眩暈を起こしそうになる。



「ん?どうした?熱でも上がったか?」



眩暈の原因が自分とは知らずに、歳三はもう一度心配そうに千鶴の顔を覗きこんできた。

そんな無頓着さが、何だか愛しくて千鶴は目を細めると小さく首を振った。



「大丈夫です。それよりも、一つお願いしてもいいですか?」

「ん?なんだ?」

「私が眠るまで、手を繋いでくれませんか?」

「ああ。いいぜ。」



小さな千鶴の手に手を絡ませて、安堵させてくれる笑みを零してくれる。

言い方はきつくても、強引でも、彼のそこには優しさと、愛情があるから。

きっと沖田さんもそれを知ってて、こうして甘えていたのかもしれない。

掌から伝わる少し冷たくて優しい熱に千鶴は静かに瞼を閉じた。







   
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