照れ屋さん
邸の縁側を歩いていた泰衡の耳に何かのなき声が聞こえる。
庭に目をやると、尻尾を項垂れ悲しげな声をあげる金の姿があった。
いつも餌を入れている茶碗の前に突っ伏している。
泰衡は何事かと眉を寄せた。
けれど、すぐに合点がいった顔になる。
いつも金に餌をやっているのは望美。
使用人にさせればいいものを、酔狂にも自らの手で世話を焼いていた。
だが、今日は館の女房に誘われ市に行くと張り切って出掛けて行った。
他の使用人に金の事を頼んで。
どうやら、頼まれた者は忘れているようだ。
「俺には関係ない事だ。」
きっと、望美が帰ってくれば自分でやるだろう。
それに、1日くらい飯を抜いても死にはしない。
泰衡は庭先から視線をそらし、歩きだした。
ところが。
「くぅ〜ん・・・・・・。」
また、金の鳴き声が耳に入る。
泰衡は足を止め、金を見た。
俯いて寂しそうな、悲しそうな金。
「ちっ!」
泰衡は舌打ちをすると、庭先に下りた。
「なぜ、俺がこんな事をせねばならぬ。」
そうぼやきながら、泰衡は持ってきた餌と水を美味しそうにがっつく金を見ていた。
こんな犬の世話をするほど自分は暇ではない。
やるべき事、やらなくてはならない事は山のようにあるのだ。
だが。
俯いて鳴き声を出す金を思い起こす。
あんな金をみたら、望美はどんな顔をするだろう?
同じくらい悲しんで
同じくらい泣いて
心の優しいあの娘はきっと
今日出かけた自分を責めるかもしれない。
それを思うと、泰衡の身体は自然と金の元に動いた。
見たくない。
望美の涙も泣き顔も
欲しいのは
心を落ち着かせてくれる
あの暖かな笑顔。
「わんっ!」
餌をぺロリと平らげた金は満足そうな声をあげた。
そして、泰衡に擦り寄る。
感謝の気持ちを伝えるかのように。
「ふんっ。」
「金。ただいま〜。」
不意に。泰衡の背後から、望美の声がした。
振り返ると、とても満足そうな望美が近付いて来る。
泰衡は無言で立ち上がると、早歩きでその場を後にした。
「??泰衡さん??」
去っていく後ろ姿に望美は首を傾げる。
一体、彼は此処で何をしていたのだろうか?
チラリと金の方を見ると、新しく入れ替えられた水と、餌。
「もしかして・・・・・・泰衡さんがご飯をくれたの??」
金は嬉しそうに「わんっ!」と言う。
望美は面食らった様に驚き、でも同時に笑みが零れた。
きっと、泰衡本人に問うても「知らぬ。」とか言うのだろう。
本当は優しいクセに。
「素直じゃないね。」
すると、金も。
「わんっ!」
その通りと、言わんばかりに答える。
「でも、気付かない振りしとこうね。泰衡さん、案外照れ屋さんだから。」
「わんっ!」
望美は金とそう約束した。
一人と一匹。
大好きな人を思い合いながら。
〜あとがき〜
金は、やっすー大好きであって欲しい。
きっと、やっすーは照れ屋だから犬を可愛がるなんて見られたくないのよ。
恥ずかしいから。(ニヤリ)
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