ずっと、傍にいて










俺は一体、いつからこんな狭量な男になった?

アシュヴィンは、ちらりと政務室の窓から見える庭園へ目を向けた。

そこには春らしく色とりどりの花々が咲き誇っている。

その中に、出雲から久しぶりに帰って来たシャニと千尋が居た。

二人はただ、花を摘んでいるだけだと言うのに

アシュヴィンは言い知れない少しの苛立ちが沸き起こる。



「姉さまは、綺麗だからどんな花も似合うね。」

「ふふっ。そんなコト言われたらお世辞でも嬉しいな。」

「お世辞じゃないよ。本当のことだよ。」



こんな会話が耳に入ると尚一層。

こめかみに青筋が立った。



「やや。殿下。こちらの書類はご覧になられましたか?」

「あぁ・・・・・。今見る。」



心此処に在らず、といった様子で庭園に視線を奪われているアシュヴィンの向かいで

リブは気付かれないように溜息を吐いた。



「・・・・・・・殿下、少し中断いたしますか?」

「何故だ?疲れたか、リブ?」

「いえ・・・・・疲れたというか・・・・・・。」



見てられない。とは口が裂けても言えやしない。

きっと彼自身、意識していないのだろうが庭園へ向けている表情は普段の平静さとは無縁の憤った顔。

そんな顔を見てみぬ振りで政務処理など、流石のリブも出来なかった。

どう返答すべきか思案している間にまたも、庭園から明るい声が聞こえる。



「あ。姉さま。髪に蝶が止まったよ。」

「え?ホント?」

「きっと、姉さまが綺麗だから花と間違って止まっちゃったのかな?」



えへへと、少し照れたように言うシャニに、千尋も照れた笑顔をみせる。

その表情が可愛くてシャニは、カァッと赤くなった。

そんなやり取りを見ていたアシュヴィンの青筋がもう一つ増えて、

リブは今日の政務はここまでにしようと広げていた書簡を丸めた。

アシュヴィンは増えた青筋に手を当てて、フゥッと嘆息する。

俺は何を苛立っている?

自分の奥方が、弟と戯れているだけだろう?

微笑ましい目で見ていれば良いではないか。

苛立つ必要は一つも無い。

落ち着け、落ち着けと、言い聞かせた。

と、そこへ。



「アシュヴィン。見て!」



政務室へ千尋が笑顔で飛び込んでくる。

その笑顔はアシュヴィンの苛立ちを緩和させる材料となったようで目が優しく細められた。

先程とは違う柔らかな表情にリブは少し安堵して、一礼の後部屋を後にした。

アシュヴィンは楽しそうにやってきた千尋に腕を開いて自分の下へ誘う。

千尋も当たり前のようにその腕に躊躇い無くやってきて収まった。

そして、手に持った花冠をアシュヴィンに見せた。



「見て、綺麗でしょ?」

「あぁ。お前の黄金色の髪に良く映えて美しいな。」

「ふふ。シャニがね、作ってくれたの。」



心底嬉しそうに言う千尋の手から花冠を受け取ったアシュヴィンは、思わずそれを握り潰しそうになった。

例え、可愛い弟が作ったものだとしても、他の男からの贈り物で喜ぶ様は見たくない。

右手に力が篭る。

けれど、頭の片隅で悲壮な顔をした千尋の顔が映り、アシュヴィンは直に力を緩めた。

握りつぶすのは容易いであろう手の内の花冠。

しかし、己の激情のみでそんなことをしたら、彼女はどんな気持ちになるだろう。

この目の前の笑顔が泣き顔に変わるくらいなら・・・・・・。

アシュヴィンは小さく深呼吸をすると、千尋の頭に花冠を乗せた。

千尋が見上げた先には、いじらしさを孕んだ瞳で見返すアシュヴィンが居た。



「よく、似合っている。」



頭をそっと引き寄せて柔らかな金の髪に口付けをする。

その仕種に千尋は益々、笑顔を深めた。

この笑顔の為なら、俺の苛立ちなど無に等しい。



「それと・・・・・はい、これ。」



アシュヴィンは気付いていなかったが、千尋はもう一つ花冠を持っていた。

それを、そっとアシュヴィンの頭に自分と同じように乗せると満足そうに微笑む。



「・・・・・これは?」

「これはね、私が作ったの。アシュヴィンにあげたくて。」



甘い花の香りが漂って、アシュヴィンは可笑しそうに破顔する。

もう、心を支配していた禍々しい激情は影を潜め、代わりに、愛しさばかりが込み上げる。

俺は、狭量な上に単純な男になってしまったようだ。

大の男が花冠を贈られて、こんなにも嬉しい気持ちになるなど。

単純以外の何者でもないだろう?

可笑しそうに笑うアシュヴィンを千尋は首を捻って見つめる。

生理的に出た涙を拭いながらアシュヴィンは千尋の頭に顔を乗せた。



「なぁ・・・・・。ずっと、傍に居てくれるか?」



狭量で単純でつまらない俺の元に。

ずっと、すっと、居てくれるか?



「うん。もちろん。」



どこにも行かないよ。

そう言って、千尋は目を閉じた。

アシュヴィンの温もりを味わうように彼の胸板に頬を寄せる。

アシュヴィンも千尋の温もりを味わうように、目を閉じて大事そうに抱きしめた。

互いの温度を共有しながら。

ここがお互いの居場所だと感じあいながら。



〜あとがき〜
シャニは無意識で義姉を狙ってるといい。



シャニ「ねぇ。どうやったら、僕。姉さまと結婚できるのかなぁ?」

リブ「・・・・・・・シャニさま。それは無理かと。」

シャニ「なんで?僕だって、兄さまに負けないくらい姉さまのこと大好きだよ!?」

リブ「・・・・・・左様でございますか。(殿下も、気苦労がたえませんねぇ・・・・。)」




   
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