peaceful life 










五条の橋の下。

新婚ホヤホヤの薬師夫婦は仲が良いと専らの評判だ。


いつも甲斐甲斐しく夫の手伝いをする可愛い妻に

何よりも彼女を大切にしている夫。


まさに理想の夫婦と言っても良いくらいだ。



ただ、問題がひとつだけ。







「弁慶さん。いい加減、この部屋片付けませんか?」


望美は箒を片手に弁慶の私室の前に立った。

診療が休みの日は患者が居ないので、部屋の隅々まで掃除をすると望美は決めていた。

台所、客間、玄関・・・・・・家の中を片っ端から掃除をして残るは一つ。

この、弁慶の私室。

望美が嫁いでから一度も掃除した記憶が無いその部屋は

大量の本が溢れていた。

また、薬草が所狭しと並べられており、足の踏み場も無い。

『整理整頓』という言葉とは程遠いその空間を望美はいつもどうにかしたいと思っていた。

ただ、こちらで勝手にしてはいけない物もあるかもしれないと思い、

弁慶に片付けるように何度も進言したのだが。


「そうですね。その内。ところで、今日は出かけませんか?」


と、流されてしまう。



こんな事が何度か続き、流石の望美も今日こそは絶対に言うぞ!と心に決め弁慶の下へ行ったのだった。




「そうですね・・・・・。いづれ。」

「ダメ。今日しましょう。」


いつもの通りかわそうとする弁慶に今日の望美は容赦ない。

こう言い出したら聞かない望美を弁慶は良く知っている。


しかし、弁慶なりにも言い分があるのだ。


「ここには、必要な書物や貴重な物とかありますから。」

「じゃあ、尚更片して置かないと。」


ね?と、笑顔で言われれば、弁慶も二の句を告げない。

不本意ではあるが、望美の言う通り片づけをするため重い腰を上げた。





片付けの基本は、『要る物』、『要らない物』を分ける事から。



「・・・・・・弁慶さん。」

「どうしました?望美さん。」


望美は眉間を押さえながら溜息を吐いた。


「要る物と、要らない物を分けて下さいって言いましたよね?」

「えぇ。」


二人の前には大きな箱が二つ置いてある。

望美が、近所のおばさんから借りてきたものだ。

それに、弁慶の部屋の中の『要る物』、『要らない物』を分けるように言ったのだが・・・・・・。


「なんですか。コレ。」


望美は二つの箱を指差した。


『要らない物』の箱に入っているのは。

毛先のボウボウになった筆、小さくなった墨。紙くず。 だけ。


対して『要る物』の箱には。

大量の本、薬草、巻物、などが入りきらずに箱の周辺に高々と積まれていた。


「何って、ちゃんと分けましたが?」

「こんなの、分けた内に入りませんよ!」

「ですが、必要な物ですし・・・・・。」

「本当に必要な物だけにしてください。」

「そうですか・・・・・。わかりました。」


笑顔で了承した弁慶はもう一度『必要な物』箱に向かった。



数分後。



「・・・・・・弁慶さん。」

「はい。どうしました?」


さっきと比べ、余り変わってない状況に望美は諦めの溜息を吐いた。





整理整頓の基本はキレイに収納すること。



棚から物を引き釣り出し、掃除をした後は物をしまうだけ。


「じゃあ、良く使う物を下の棚に、あんまり使わない物を上の棚にしまいましょう。」


という、望美の提案により弁慶は今度は『良く使う物』、『あまり使わない物』に分ける作業を開始した。


だが彼は今、非常に困っていた。


望美の提案には賛成ではあるのだが、どれもこれも手の届く所に置いておきたい物ばかり。


ちょっとした調べ物をしたい時とか手近な場所にあって欲しい。


つまりは、全部『良く使う物』なのだ。


『困りました・・・・・。』


全て、『良く使う物』と言ったら、望美はまた溜息をついてしまうだろう。

こんな些細な事で彼女の気分が悪くなるのは嫌だった。

けれど、これら全てをそのままにして置きたいのが本心ではある。


どうしたものか。


弁慶はちらりと望美を見た。


望美は鼻歌交じりで台に上り、上の棚を雑巾がけしている。


その時。


「望美さん!!危ない!」

「え??」


望美が拭いていた棚がグラグラと揺れ、大きな音と共に崩れて来る。


弁慶は間一髪の所で望美を抱き寄せて非難した。


棚は見る影も無くバラバラになってしまった。


「危ないところでしたね。」


弁慶は安心したように呟いた。

見たところ望美に怪我は無い。


「ありがとうございます。弁慶さん。」


余程驚いたのか、望美の心臓が大きな音を立てている。


「君に怪我が無くて良かったです。君は大切な人ですからね。」


望美は嬉しくて照れたように笑った。

が、すぐにハッと顔を棚の在った方へ向ける。


「・・・・・・・。」

「・・・・・・・これでは、片付けられませんね。」

「ごめんなさい・・・・。」

「望美さんのせいじゃないですよ。」


そう、恐らく原因は弁慶が棚の許容量を超える程の物を乗せていたため、ガタがきたのだ。


「・・・・・・。でも。」


原因はそうだとしても、結果的に壊したのは自分なのだ。

望美は申し訳なくて顔を上げられない。


弁慶は望美をギュッと抱きしめた。


「君が僕を思ってしてくれたんです。嬉しいですよ?」

「棚を壊しちゃってもですか?」

「えぇ。もちろん。」


そう微笑まれ望美はやっと顔をあげた。


「あ。でもこれじゃあ片付け出来ませんね。」

「そうですね。では、新しい棚を探しましょう。それまでは残念ですがこのままで。」

「う。仕方ないですね・・・・・。」


いくら弁慶が許してくれたとは言え、まだ少し負い目を感じている望美は渋々了承した。




一ヶ月後。


「弁慶さん。いい加減片しませんか?」


望美は弁慶の私室の前に立った。

弁慶はニッコリ微笑みながら振り返る。


「あぁ。でもまだ新しい棚が見つからないもので。」


そう言われてしまえば望美はグゥの音も出ない。


「弁慶さん。もしかして、棚が壊れるって知ってたんじゃないですか?」


訝しげに望美は問う。


「やだなぁ。僕がそんな事をするように見えます?」


望美とは正反対に弁慶は笑いながら答えた。


「さてと。出かけませんか?」


弁慶は立ち上がり、望美に手を差し出した。


「今日こそは棚を見つけてくださいね?」


望美は弁慶の手を掴む。


「そうですね。何かいいものがあれば。」


顔を見合わせ微笑み合って。


今日も五条の薬師夫婦は仲良く出掛けて行った。






   
  
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