意地悪で甘いキス











「リブ。字が読めるようになるにはどうしたらいいのかしら?」



唐突な質問にリブは頭を傾げた。。

異世界で勉学を収めた千尋だが、常世の国の文字に触れるのは初めてで

それを解読するのは全く出来なかった。

このままではいけない。

何故なら自分は常世の国の妃なのだから。

少しでも、アシュヴィンの役に立てるようになりたかった。

そして、それをリブに相談しに来たのだ。



「それでは妃殿下。書をお読みになられては如何でしょうか?」



千尋の気持ちを察し、リブはアドバイスをくれた。

だが、ただ書を見ただけでは何と書いているのか分かるはずも無い。



「それじゃあ・・・・・。リブ、教えてくれる?」



その申し出にリブは、少し考えるとニッコリ笑った。



「畏まりました。それでは先にいらしていて下さい。」



千尋は大きくうなづいて、足早に書庫へ向かった。






書庫へたどり着くと、千尋はドアノブを捻った。

そっと扉を開け、中に入ると夥しい数の書籍がみっちりと棚に敷き詰められて並んでいる。

やはり、リブにお願いして正解だった。

これでは、どの書から手をつけたら良いのか分からない。

と、棚の奥でガタっと音がした。

先客が居たのだろうか、千尋は音のした方へ向かう。



「・・・・・・アシュヴィン?」

「ん?千尋?」



棚の奥で書を片手にアシュヴィンが立っていた。



「此処で何してるの?」

「あぁ。探し物をな。」

「ふ〜ん。」

「お前は?」

「私?私はその・・・・・・・。」



どうしよう?

素直に言うべきであろうか。

けれども、「アナタの役に立てるように勉強をしに来た」と言うのも恥ずかしい。

言葉の続かない千尋を訝しんで、アシュヴィンは彼女に歩み寄った。

千尋は思わず後ずさってしまう。

しばらくすると、壁に背中が当たった。

アシュヴィンは顔を千尋の顔の数センチ先まで近づけて問う。



「どうした?俺には言えない事か?」

「そ、そういう訳じゃ・・・・・。」

「ならば言ってみろ。ん?」

「・・・・・・。」



それでも口をつむぐ千尋の頬へアシュヴィンは手を添えると囁く。



「言えぬなら、言わせてやろうか?」



そして、添えた手を顔の輪郭を撫でながら移動させ、髪をかきあげる。

顔をもっと寄せられてキスの前兆を感じて千尋は目を瞑った。

だが。

いつまでも、キスは降ってこない。

戸惑い気味に目を開けると、眼前には不適に微笑むアシュヴィンが額をコツリと合わせた。



「お前が素直に言うまで、口付けはしない。」



アシュヴィンは姿勢を変えないままそう言った。

顔の角度を返れば唇が触れ合う距離なのに、アシュヴィンは巧みにかわして千尋に問う。



「どうする?」



優しい声音とは裏腹の意地悪な要求。

千尋がどんな気持ちなのかなど手に取るように容易く分かっているくせにそ知らぬ顔でアシュヴィンは彼女を見る。

その顔が妙に扇情的で千尋の頬は紅潮した。

触れたい。

高鳴る心音とともに千尋の心がそう求めた。



「えっと・・・・・。リブと勉強しようと思って。」



素直に話すとアシュヴィンは、少しムッとした顔になった。



「リブ?何故リブなんだ?」

「え?」



不機嫌顔の所在が分からない。

千尋は困ったように眉を下げた。



「悪いが、リブはお前の教師は解任だ。俺が教えてやる。」

「えぇ!?そんな急に・・・・・。」



アシュヴィンの提案を辞退しようとする千尋を切なそうな顔で彼は見返した。

「嫌なのか?」と瞳が問う。



「・・・・・アシュヴィンずるいよ。」

「何処がだ?」

「嫌だなんて言えるわけ無いじゃない。」

「そうか?だがお前だって、――――― 俺のほうが良いだろ?」



そう言って千尋の唇へ口付ける。

意地悪な口元から与えられる甘くて深いキスは、

眩暈を起こしそうなのに、いつまでも離れない。

けれど、千尋も離れ難くて。

静かに瞼を閉じた。

音も無い、声も無いこの時間を愛しく思いながら。









「リブ殿?妃殿下に書を選んで差し上げるのではなかったのですか?」



先ほど千尋がリブを尋ねた折、側に居た官人がリブに問いかけた。

千尋と約束をしたのにも関わらずリブは全く席を立とうともせず黙々と雑務をこなしていた。



「良いのですよ。今、書庫には殿下がいらっしゃいますから。」



リブはニッコリ微笑む。

千尋が訪れる少し前。



「暫し、調べ物をしてくるぞ。」



そう、リブに言い残してアシュヴィンは席を外した。

そしてそのすぐ後で千尋がリブの元へやってくる。

字の読み書きを教えるのは造作も無いことであるが、リブは一計を講じた。

只でさえ仕事に追われ中々接点の無い新婚夫婦の為に。



「ですから、暫くは書庫には立ち入り禁止ですよ。」



リブは官人達に笑顔で忠告した。




〜あとがき〜
後半のリブの下りが書きたくて出来ました。
このあと書庫ではラブラブイチャイチャモードが暫く続くんですよ。

リブに言われなくてもそんな中に入っていく強者は居ないでしょう。
あ。でもシャニなら入って行きそう。

扉をバーーーーーーンって開けながら(笑)




   
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