許婚の定義
桜舞う神泉苑で「許婚」宣言をした九郎と、そのお陰で後白河法皇に召抱えられずに済んだ望美は
この出来事の後、互いに距離は縮まって今では他から見ても「許婚」と見られるようになっていた。
そんな折、ふと望美は思い出したように九郎に尋ねた。
「ねぇ、九郎さん。『許婚』って将来を誓い合ったふたりの事ですよね?」
その突然の問いに九郎の顔が急速に赤くなる。
「な、何だ!?急に!!」
「いえ。ちょっと気になって・・・・・。」
何が気になるのだろうか。
少し考え込むように顎に手を添えて首を傾げた望美の顔を伺い見た。
「結婚の約束をした二人を『許婚』っていうなら・・・・・・・私、もう居るんですよね。」
この望美の爆弾発言に九郎は固まった。
しかし、それに気づかないまま望美は嬉しそうに言う。
「お嫁さんにしてくれるって約束してくれたんですよ。」
言われた時を思い出したのか、とても楽しげに微笑む望美。
それとは正反対に九郎の頭は真っ白になっていた。
「将臣!!」
廊下をドカドカと大きな音を立てながら九郎は将臣の下へやってきた。
突然の九郎の訪れに将臣と同じ部屋に居て雑談をしていた譲の頭にクエスチョンマークが飛ぶ。
「将臣!お前に聞きたいことがあるんだ。」
「おう。何だ??」
「望美には許婚がいるらしいのだが。」
「許婚??・・・・・お前だろ。」
「いや。俺と出会う前に誓いを立てたらしいのだ。」
九郎はフゥと嘆息する。
「俺は、そんなこととは知らずに勝手に『許婚』などと名乗ってしまった・・・・。」
「おいおい。それはマジ話か?」
「あぁ。その相手は確かに『嫁にする』と、望美に言ったらしい。」
九郎のその言葉に、譲が考え込むように頭を傾げる。
九郎は拳をギュッと握り締めた。
「将臣、譲。お前達なら知っているのではないか?相手が誰なのか。」
「悪いけど知らねぇなぁ。知ってどうするんだ?決闘か?」
茶化して聞くと九郎は、それを否定する。
「いや。許婚がいる相手に方便だとしても『許婚』と名乗ってしまったのだ。これは謝罪せねばなるまい。」
「謝罪ねぇ。」
真摯にそう告げる九郎を見て将臣は内心『バカだな』と笑う。
そんな昔の約束なんて、望美が信じてるわけないのに。
例え、そんなものがあったとしても。
無関係な程、あいつはお前に惚れてんのにな。
「それで?謝罪したらどうするんだよ?許婚の名も返上するのか?」
「それは・・・・・。」
面白そうに将臣は尋ねる。
九郎は言葉に詰まった。
本来ならば、そうするのが当然だ。
自分と望美の間には確たる誓いも約束もない。
ただ、その場で吐いた嘘。
相手が許婚を名乗るなと言うのならそれに従わない理由など何処にもありはしない。
そう、理由などない・・・・・・それなのに。
桜の中で抱き寄せた細い肩の感触が色あせずに残る左手。
戸惑いがちに頬を染めて見上げられた瞳。
たどたどしくも懸命に、
「私は・・・・九郎さんの許婚です。」
そう言った声が、全てが鮮明に思い出されて九郎の胸を占める。
言葉に出来ない感情。
今まで感じたことも無いような、焦りの様な圧迫感や苛立ち。
手に余るその自身の変化に九郎は戸惑った。
そんな彼を見て将臣は小さく笑んだ。
「まぁ。頑張れよ。俺は応援してるぜ。」
返事の無い九郎に、将臣はニカッと白い歯を見せながら笑った。
「なぁ・・・・・。兄さん。」
ふと、今まで黙っていた譲が声を出した。
少し難しい顔で考えながら。
「俺の記憶が確かだとすると・・・・・・先輩が言ってた約束って・・・・・。」
と、ちょうどその時。
3人の部屋の前を望美が通りかかった。
「あれ?何してるの??」
顔を付き合わせる3人を不思議そうに望美が尋ねた。
「そうだ!おい、望美。お前と結婚の約束したのって誰だ?」
「!!!っな!!将臣!!!」
「いいじゃねか。こういうのは本人に聞くのが一番なんだって。」
「し、しかしっ!!」
「えぇぇ!?将臣くん忘れたの??」
「は?」
「小さい頃、『お嫁さんにしてやる』って言ったの将臣くんじゃない。」
「・・・・・・・・え?」
「・・・・・・・やっぱり。」
譲が横でため息をついた。
まだまだ3人が幼かった頃。
オママゴトをしていた時。
『あたし、大きくなったら可愛いお嫁さんになるんだ〜。』
『望美。知ってるか?お嫁さんになるには、はなよめしゅぎょーっていうのをするんだぞ。』
『何それ?』
『料理の勉強とか、お裁縫の勉強のことだよ。望美ちゃん。』
『そうなの?』
『望美は無理だな。泥だんごも下手だし。』
『お勉強したら出来るもん。』
『じゃぁ。出来たらお嫁さんにしてやるよ。』
『分かった!絶対お嫁さんになるもん!!』
「・・・・・・あ〜・・・・・。あったな。そういえば。」
将臣は天を仰ぎ空笑いをしながら思い出していた。
そういえば言った気がする。
もう、その程度の記憶しか残っていないほど小さな約束。
よく望美も覚えていたものだ。
冷や汗をたらして九郎を見ると、彼はジッと将臣を見つめていた。
その目は真剣そのもので、将臣は思わず生唾を飲み込んだ。
思わず空気が張り詰めたような感覚になる。
「あ。そういえば私用事があったんだ。じゃあね。」
こともあろうか、望美は小走りで去って行ってしまった。
言うだけ言って去る望美の背中を将臣は軽く睨む。
と、黙っていた九郎が口を開いた。
「・・・・・将臣・・・・・・。」
「い、いや。ほら、ガキの時の約束だしな・・・・。」
自分の声が上ずってる事にも気づかないで将臣は九郎に返事をした。
怒ったのか?
「子供のときであろうと約束は約束だろう。」
「いや・・・・・。けどな。」
「俺は、望美が好きだ。」
「お・・・・・おう。」
「だから、俺は必ずお前にも皆にも認めてもらえる許婚になる。」
奪うのではなく。
諦めるのでもなく。
望美の『許婚』は、自分しかいないのだと胸を晴れるように。
九郎の決意に、将臣は一瞬呆気にとられた。
けれどもそう宣言した九郎の顔からは『真剣』という言葉しか浮かばない。
将臣は左手を額に当てて俯く。
その手の下は笑っていた。
けれど、それを九郎に悟られないように考え込んでいるように振舞う。
コホンと一息ついて将臣は挑戦的な表情で顔を上げた。
「ま。出来るモンならやってみろよ。」
「・・・・・もちろんだ。」
それだけ言うと、九郎は立ち上がって部屋を後にした。
彼の気配が無くなると、将臣はこらえていた笑いが戻ってきたように寝っ転がって笑い出す。
「兄さん!あんな思わせぶりな事言うなよ!」
「良いんだって。勘違いさせとけよ。」
皆に認められるような許婚。
そんなもの、もうとっくになってるってのに。
これ以上、どうなってくれると言うのか。
「お前も見てみたいだろ?」
胸を張って『許婚』を名乗る九郎と。
横で顔を真っ赤にしながら、それでも幸せそうに笑う望美。
「見せてもらおうじゃねぇか。」
将臣は空を見上げた。
きっと遠くない未来の二人を想いながら。
〜あとがき〜
25252打御礼SSでございます。
美月さまリクエストの『許婚』ネタでございます。
リクエスト内容読ませて頂きながら怪しく笑っていました。
もう、手を加えなくてもそのままSS出来上がってるような感じだったので
私の拙い文才で書いて良いものかと思いましたが楽しんで書かせていただきました。
体調良くなくて、ものすっっっ・・・・・・ごく遅くなって申し訳ないです。
また、リクエストお待ちしてます。
ありがとうございました☆
ちなみに、黄色い百合の花言葉は「飾らない愛」
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