第十六話 昨日の敵は今日の友










疲労困憊した赤の王と白の女王ではあったが、もう一度強く睨み合うとそれぞれの気を溜め始める。

最後の一撃とも言える程大きな力を互いにぶつけるつもりだろうか。

さすがに、その力がぶつかりあえば周りの兵士達も、もちろん当人同士でさえ無事では済まないことは

日を見るより明らかだ。

悲鳴を上げながら兵士達は身を守ろうと散り散りに逃げ惑う。

けれども王達はそんな事にはお構いなしで、特大の気を放とうとした。

その時。



「スト〜〜〜ップ!!!!!」



誰もが背を向け逃げる中、望美は王達の間に両手を広げて立ち塞がった。

恐怖を感じていない分けではない。

下手をしたら命を落とすかもしれないのだ。

足が震えているのが自分でも判る。

けれども、唇を噛み望美は王達の間から動かなかった。

この望美の行動に王達は驚き目を瞬かせる。

だが、すぐに憤怒の形相に変わると望美へ怒鳴り声を上げた。



「どけ!!小娘!!退かぬか!!!!」

「邪魔をするなら、容赦しませんわよ!!!」



蚊帳の外である兵士達も、この王達の怒りに腰が抜けそうになる。

だが、望美は大きく深呼吸をすると落ち着いた声で王達に言った。



「もう、やめませんか?」



その声は、この場に良く響いた。

兵達も望美を止めようとした八葉達も、王達でさえも言葉を失う。

そんな王達に望美は、諭すように言葉を紡ぐ。



「この争いでたくさんの人が傷つきました。
 国だって荒れて、このままじゃどっちが国を統治したって良い事なんて一つも無い。
 もう、いいじゃないですか。
 戦うことに意味なんて無いって。そう、思いませんか?」



望美の言葉が響く中、一人の兵士の手からガチャリと武器が落ちた。

そして、それは連鎖して赤の王の兵士も白の女王の兵士も次々に武器を落とした。

王達は戸惑うように音のする方を見渡す。

気づけば武器を携えている者は誰も居なくなっていた。

これ以上、戦いを望む者はいない。



「・・・・・かような事。とうに知っておったわ・・・・・・。」



小さな声で赤の王が呟いた。

その姿に、最早戦う意志など無く、禍々しいオーラは何処にも見当たらない。

白の女王も既に武装解除をして、彼女は自嘲気味に鼻で笑った。



「私達だって・・・・・これが無益な争いだと。判らないほど愚かではいわ。」

「それなら・・・・・・!!」



望美が二人を見渡しながら終戦を促そうと口を開くと、赤の王は苛立ちを目に滾らせて声を上げた。



「だが!!龍は現れぬのだ!!!」



その言葉に望美は声を詰まらせる。

赤の王は憤りながら続けた。



「この国の守り神である龍は、我等のどちらも選ばぬままずっと姿を見せぬ!
 何故だ!『足りないもの』とは何じゃ!!
 武力か!?知恵か!?
 判らぬ・・・・・・。我等はどうしたら良かったと言うのじゃ!!!!」



赤の王の叫びは、怒りの中に悲しみも帯びているかのようだった。

己の成すべき事も何も見えぬまま、必死に模索し続けたのだろう。

龍の言った、『足りないもの』というものを。

けれども、それが何であるかも判らず、誰にも教えてもらえず。

互いに当たる事しか出来なかったのかもしれない。

どちらかが潰れれば、きっと龍は現れてくれると、そう信じて。

それはきっと、白の女王も同じ。

打ちひしがれる二人の王の手を望美はそっと掬い上げた。

王達は驚いた表情で望美を見る。



「私も、正直二人に足りないものが何なのか・・・・・・。良く判らないです。
 けど、一人で悩むのはもう止めませんか?
 何が足りないのか、何がいけないのか。一緒にお茶を飲んで、手を取り合って、考えて、話して。
 そうしたらきっと、イイ答えが出てくると思います。
 ・・・・・・だって二人とも、共通の趣味を持った友達じゃないですか。」



望美はニッコリと、二人に笑って見せた。

その陽だまりのような笑顔は、王達の心に染み入っていく。

このやり取りを見ていた弁慶は、フッと小さく笑った。



「・・・・・・彼女はすごいですね。僕なんかが思いもしなかった方法でこの争いを止めてしまうなんて。」



争いを止める為に争う事しか思いつかなかった自分とは違う。

彼女は、その身一つで事を収めてしまった。

弁慶の瞳には若干の憂いが浮かぶ。



「人には様々な思考がある。お前はお前なりに国を思ってしたことだろう?嘆く必要などない。」



そんな弁慶に、九郎は真っ直ぐな瞳で言った。

一瞬、弁慶は面食らったような顔になりそして優しく微笑んだ。



「おや?君はそんな小さなウサギさんの割りに難しい言葉を知ってるんですね。」

「な、なんだと!?お、俺はだな・・・・・・。」



弁慶のからかい口に食ってかかろうとする九郎を景時が抱っこして止める。



「まぁまぁ。争いも終わったんだし。コレで一安心じゃない。」

「だが・・・・・肝心の龍が現れては居ない。」



敦盛が深刻な声で呟くとリズヴァーンもコクリと頷いた。



「左様。国の行く末はまだ決してはいない。」



けれども、そんな杞憂を将臣が明るい声で吹き飛ばす。



「イイじゃねぇか。これからゆっくり決めればよ。」

「そうだね。とりあえずお茶の準備でもしようか?姫君のご要望通り。」



『一緒にお茶を飲んで・・・・。』そう、言った望美の言葉を思い起こして、八葉達は顔を見合わせ微笑んだ。

確かに、この先の事は判らない。

だからこそ、判らない物を何時までも悩むより、小さくても一歩先へ踏み出すことが大事なのかもしれない。



「それじゃあ、上手いお菓子も用意しないといけませんね。」



譲の提案に皆、頷いた。

と、その時。

辺り一面を眩い光が包み込んだ。

その眩しさに誰もが目を瞑る。

そして、光の中から一つの影が王達の前に歩みよって来た。



「おめでとう。二人の王達。貴方達はようやく『足りないもの』を見つけられたんだね。」



辺りを照らしていた光はその声と共に消えた。

目を開けると、王と、望美の前に小さな少年が立っていた。



「は、白龍!?」



望美の驚いた声に、白龍はニッコリと微笑む。



「白龍・・・・・じゃと?」

「では。この幼子が・・・・・・国の守り神?」



王達も、そしてこの場に居た全員が驚いた顔で白龍を見た。



「人の姿になるのは余りしないから。驚かせてごめんなさい。」



ペコリと一礼をして、白龍は望美に向き直って言った。



「やっぱり、私の神子はすごいね!彼らの争いを止めて、足りないものを見つけてあげたんだから。」

「えっ!?私、何もしてないよ!?」

「ううん。貴女のお陰で、彼らは気付くことが出来たんだよ。」



白龍の言葉に、二人の王は顔を見合わせた。

その二人に白龍は視線を移す。



「貴方達に足りなかった物。それは、互いを認め、協力すること。
 人というのは、必ず欠点がある。
 それを補うのは自身の努力と他人の協力。
 けれど、貴方達は何でも自分だけの力で克服しようとしてきた。
 国を動かし、護るのは一人の力ではなく、多くの人々の力だ。それを、貴方達には判って欲しかった。」



白龍が柔和に微笑んだ。

先程の、望美と同じような陽だまりのように。

赤の王と、白の女王は互いにフッと笑った。

そして、どちらからとも無く手を差し出し、今までのわだかまりを埋めるように硬く手を握りあった。

二人の姿に、兵士達はワッと湧き上がる。

これが、本当の意味での争いの終結。

そんな民衆の姿を見て、白龍は満足そうに微笑んでから望美に向き直った。



「本当にありがとう。神子。」

「そんな。皆の役に立てて嬉しいよ。」



望美も、この浮かれる民衆の姿に満足そうに微笑む。

そして、少し寂しげに目を細めて、白龍に言った。



「白龍・・・・・。私、帰らなきゃ。」



唐突な望美の言葉に白龍はキョトンとした顔で見返した。



「神子・・・・・・。どうして?」

「この世界はとっても楽しいし、出来ればずっと居たい。けど・・・・。
 私には、向こうの世界でしなくちゃいけない事があるの。
 この国みたいに、争いを止めて皆が笑っていられる世界を作るために。
 長い間戻らないと皆心配するだろうし。」



だから、もう行かなきゃ。

そう微笑む望美の瞳には揺るがない決意が溢れている。

白龍は、小さく頷いた。



「判った。叶えるよ、貴女の望みを。」

「ありがとう、白龍。」



望美は白龍に御礼を言うと、今まで力を貸してくれた皆へ振り返った。



「皆も、ありがとう。」

「御礼を言うのはこちらですよ。」



弁慶は静かに微笑んで言った。



「君には、いくら感謝しても足りない程御礼を言いたい。」

「そんな。私は何も・・・・・。」

「いや。貴女の助力のお陰で平和が訪れたのだ。ありがとう、神子。」



敦盛も、丁寧に頭を下げた。



「姫君と別れるのは寂しいけれど、またいつでも来てくれよ。」

「その時は、美味しいお茶をご馳走しますね。」

「俺の新しい発明も見せるからさ♪」



暖かな笑顔で皆、送り出してくれる。

それが、望美の胸を熱くした。



「お前は・・・・・俺との決着がまだ付いていない。」



知盛は不服そうに望美に言った。



「あ、あれ・・・・・。決着つけなきゃいけないの?」

「当然だ。」



どうしよう。

今、ここでそんな事をしている暇は無いのだが。

と、望美が思案していると、知盛は「ククッ。」と小さく笑う。



「だが・・・・・。またの機会に取っといてやるさ。」



そう言って、背を向けどこかへ去ってしまった。

彼の言葉に望美が首を傾げると銀が微笑みながら望美に言う。



「兄上は貴女に、全てを片付けたらまた来て欲しいと、仰っているのですよ。」



銀の助言のお陰で知盛が言わんとしている事に合点が行った。

それは、きっと彼なりの励まし。

望美はそんな知盛の背中を笑って見送った。



「ま。頑張れよって事だよな。」



将臣が望美の頭をポンと叩く。



「十六夜の君。私も陰ながら貴女に幸大からん事をお祈りしております。」



銀はそう言って、恭しく頭を下げた。



「神子。例え険しき道でも進む先に未来は開ける。迷わず進みなさい。」

「はい。先生。」



リズヴァーンの言葉に望美はしっかり頷いた。



「娘。まだ、礼をしていなかったのう。」

「そんな!お礼なんて!!」



皆との別れを済ませた望美に二人の王が歩み寄ってきた。

突然の赤の王の言葉に望美は首を横に振って辞退しようとする。

けれど、白の女王がそれを認めないとばかりに綺麗な笑顔で言う。



「借りを作ったままお別れするのは性に合いませんの。何か願いはあるかしら?」

「えぇっと・・・・・・。じゃあ、バラが欲しいです。」

「バラ・・・・。じゃと?」

「はい。赤いのと白いの一輪づつ。」

「そんな物で良いの?」

「はい!!」



元気の良い返事に王達は困惑するように顔を見合わせたが、直ぐに互いの兵士達へバラを持ってくるように指示を出す。

そうして、望美の言うとおり赤と白のバラを一輪づつ差し出した。

望美は嬉しそうにその花を受け取る。



「ありがとうございます!!」

「また、いつでも来るが良い。」

「その時はきっと、すばらしい国を作り上げていますわ。」

「はい。楽しみにしてます。」



王達に一礼をして、望美は白龍に目を向ける。

白龍はコクリと頷いた。

そして、先程と同じ眩い光が辺りを包み込むと望美の体は光の中に吸い込まれていった。






「・・・・・・ぞみ・・・・・。のぞみ・・・・・・望美!」



蝉の鳴き声と一緒に自分を呼ぶ優しい声が聞こえる。

望美はうっすらと、瞼を上げた。



「おはよう、望美。」



目の前には柔らかく微笑む朔の姿。

望美は横になっていた体をムクリと起こした。



「あ・・・・・・あれ??」



キョロキョロと辺りを見渡す。

そこは木々が生い茂る山道脇の木陰。

メルヘンな城も、それを囲うように生い茂っていたバラも無い。

何より、目の前に居る朔の姿には、ウサ耳もネコ耳も、尻尾だって生えていない。



「・・・・夢?だったんだ。」



望美は少し残念そうにため息を吐いた。

と、座っていた横にある物を見つけ、望美の顔はパァッと明るく変わる。

拾ったそれは、赤と白のバラが一輪づつ。

微笑んでバラを見つめる望美に朔が尋ねた。



「望美?その花は何?」

「これ?これはね・・・・・・。」



手の内でバラは柔らかく微笑んでいるかのように甘く高貴な香りを放っていた。

望美は朔へ微笑む。



「夢みたいな話なんだけど・・・・・聞いてくれる?」



それは、とても不思議で、けれどとても楽しい物語。

どこかの世界の、どこかの時空で巡り合った。

ある人々のお話。

望美は楽しげに朔へ語った。





  (終)



〜あとがき〜
長い長い月日を経て、ようやく終わりました。
今考えれば超筆の遅い自分が長編とか、無謀以外の何者でもないんですが。
拍手やコメントをたくさん頂いたのが励みとなり、ようやく書ききりました。
読んで頂きましてホントにありがとうございます。

これからも色々と書いて行きたいと思ってますのでどうぞヨロシクお願いします。





   
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