hand in hand
「帰る。」
開口一番。
知盛は不機嫌そうに踵を返した。
「ちょっと!何処でも行くって言ったじゃない!!」
スタスタと早歩きで立ち去ろうとする恋人を
望美は慌てて引き止める。
「約束破る気?」
「あぁ。」
悪びれもせず、あっさりと約束を反古にされ
望美はムッとした。
「何でダメなのよ!」
「何故・・・・・こんな所に行くんだ。」
知盛の目線の先には
入り口にでかでかと書かれた
「動物園」
の文字。
そして、お揃いの黄色い帽子に水色のスモック姿のちびっ子達。
おそらく遠足に来た幼稚園児の集団と思われる。
リュックを背負いながらウキウキ顔の子供達は
傍から見れば実に微笑ましい。
が。
知盛にして見れば、子供が行くような場所に興味は無い。
確かに、休日には何処か行きたい所に連れて行ってやると約束はした。
でもこんな所に行く気にはなれない。
「帰る。」
再び、不機嫌そうな声でそう呟き歩きだした。
ところが、付いて来ると思われた足音は反対方向へ歩き出す。
振り返ると望美はチケット売り場に向かっていた。
「すいません。大人2枚下さい。」
明らかに、知盛の分まで入っている。
「おい。」
――――俺は行かないぞ。と、言う間も無く望美は笑顔で振り返り
意気揚々と知盛の腕を引いた。
「さ!行くよ〜!!」
「・・・・・・・誰が、行くと言った?」
先程より不機嫌さの増した声は殺気すら含んでいるように聞こえる。
けれど、望美はそんな事はお構いなしで
知盛を引きずるように入り口に向かう。
「大丈夫。面白いって。」
もはや、知盛の不満を聞く耳を持たない望美に負けて、
渋々知盛も入場するハメになったのだった。
「あれは・・・・・何だ?」
「ライオンっていうんだよ。タテガミがあるのがオス。」
「あの首の長いのは何だ?」
「あれはキリン。」
「あの白黒の生き物は何だ?」
「・・・・・パンダ。」
望美は先程から質問攻めにあっている。
入場前までやたら不機嫌だったはずの知盛は
動物達を見た瞬間、子供のように興味深々になっていたからだ。
無表情なので他人には分からないかも知れないが
望美には目をキラキラさせた横のちびっ子達と同じに見える。
『可愛いなぁ〜。』
こんな事を言えば知盛は機嫌が悪くなるだろうが、
普段の彼とは程遠い無邪気な姿。
連れて来て良かったと、望美は微笑む。
いつもと違う一面を見せた恋人。
更に愛しさが募る。
不意に、望美は喉の渇きを覚えた。
ずっと歩き続けてた為か何か飲み物が欲しい気分。
動物園のマップを見ると自動販売機は少し離れた所にあるようだ。
知盛はというと、未だパンダに夢中になっている。
「ね。知盛。ちょっと飲み物買ってくるよ〜。」
望美はそう伝えると、マップを見ながら駆け出していった。
知盛がその言葉を受け流してしまって居た事に気付かないまま・・・・・・
「さて。何処に行った。」
知盛が気付いた時には既に望美の姿は無かった。
何か言っていたような気がするが全く思い出せない。
「困った神子殿だ、な・・・・・。」
ちっとも困ったように見えない知盛は
今まで歩いて来た道とは逆方向に歩き出した。
いずれ見つけられるだろうという、気楽な考えで。
その時、ふと知盛の脳裏にある言葉が浮かぶ。
『今度はゾウを見ようよ。』
先程、パンダを見ていた横で望美がそう言っていた。
ならばその『ゾウ』が居るところに望美はきっと来るはず。
先に行って待っていれば良い。
そう考えると知盛はまた歩き出した。
目指すは『ゾウ』が見れる所に。
しばらくすると、ポツンと佇む男が一人。
知盛である。
案内板も、パンフレットも参考にせず気のままに
歩き続けたのが失敗だったのか。
だが、本人はそんな事は微塵も思っていないようだ。
とりあえず今来たのとは違う方向に行ってみようとする。
途端。ズボンの裾をグィッと引っ張られた。
「おにーちゃん。まいご?」
小さな可愛らしい声がそう尋ねてくる。
目をやると、入場する前に見た黄色い帽子を被った一人の女の子。
大きな目でじ〜っと知盛を見つめている。
「迷子は俺では無い。」
―――――望美の方だ。
問いかけられた言葉に素直に返す知盛。
彼は自分が迷子である自覚は無いようだ。
女の子は「ふぅん。」と呟く。
ふと、知盛は周りを見渡した。
そこにはあの、お揃いの黄色い帽子も水色のスモックも見あたらない。
それらを率いていた大人も見当たらない。
導き出された答えは一つ。
「迷子は・・・・・お前か?」
そう言われると、女の子の目にはジワジワと涙が溜まりだした。
「ゾウさん・・・・・見てたら・・・・・・みんないなくなってて・・・・・・」
女の子はシャックリをあげながらポツリポツリと呟く。
「ずっと・・・・・ずっとさがしてるのに・・・・・どこ・・・に・・・・いるの?」
今にも大泣きしそうな女の子。
大きな瞳が潤んで、涙が零れ落ちそうになる。
すると突然。
フワリと、女の子の体が宙に浮く。
知盛が女の子を肩に担いだのだ。
女の子は驚きのあまり、涙を忘れてしまった。
そんな女の子に知盛は一言尋ねる。
「ゾウは何処だ?」
「え??・・・あ・・・・あっち。」
女の子は戸惑いながら今、自分がやってきた道を指差す。
「そうか」とだけ呟き知盛は指差された場所へ歩み出した。
「おにーちゃん。ゾウさんがみたいの?」
「俺ではなく望美がな。」
「ふ〜ん。」
女の子の指さす方へ従って知盛はスタスタ歩いていく。
その横顔を女の子はチラリと見やった。
まるで荷物のように雑に担がれているのだが。
何故か嫌じゃない。
迷子の自分を放っておかなかった優しさ。
なんだか嬉しくて自然と笑顔が零れる。
「おにーちゃん。こわいかおだけどやさしいのね。」
「そう、か。」
ニコニコと笑顔を向けられ、知盛も少し微笑む。
その笑顔は遠い異世界の甥っ子を少し思い起こさせた。
「あ!ゾウさんあそこ!!」
興奮気味に女の子が声を上げた。
知盛はその指さす方を見る。
そこには大きな灰色の生き物。
大きな耳と長い鼻が印象的。
「これが、ゾウか・・・・・」
「うん!そうだよ。」
女の子は更に笑顔になる。
ちゃんと道案内出来たことが誇らしいのだろう。
少し胸を張る。
知盛は周りを見わたした。
しかし、望美らしい人影は無い。
そんな彼に女の子は問いかける。
「おにーちゃん。『のぞみ』ちゃんいた?」
「いや。」
「じゃあ。ゾウさんみながらまとーね。」
そう言うと、知盛の肩から下ろされた女の子は
ゾウの真正面のベンチに座る。
知盛もそれに倣って腰を下ろした。
「はい。」
女の子はぶら下げていた水筒からお茶をカップに入れ、
知盛に差し出した。
「おにーちゃんにさきにあげる。」
そういえば少し喉が渇いていた。
女の子の手からカップを受け取り、一口で飲み干す。
「ごちそう、さま。」
嬉しそうに女の子はニコニコ笑顔になる。
そうして、今度はバッグをゴソゴソとかき混ぜ出した。
知盛は何事だろうと、黙って見ていた。
その時。
「知盛!!!」
よく聞きなれた声。
その方向を見ると、息を切らせながら怒り心頭の望美が立っていた。
「ちょっと!何処行ってたの!?すっごい探したんだよ!!」
周りがビックリするほどの声で望美は怒鳴り散らす。
だが、当の知盛は
「来るのが遅い。」
と、だけ言い後は望美のお小言など聞き流していた。
「もう!どれだけ心配したと思って・・・・・・。この子誰?」
望美の視界に入ってきたのは先程から望美達のやり取りを
じっと見つめていた女の子。
「お前と同じだ。」
そう呟く知盛。
何が一緒なのか。
望美の頭上にクエスチョンマークが飛ぶ。
それを見て知盛はクッと笑う。
「こいつも迷子だ。」
「ふぅん。って!迷子は私じゃなくて知盛でしょ!!」
そんな二人のやり取りを見ながら、女の子はプッと吹き出した。
そして、二人の手を取り
握手させた。
「?」
「??」
「なかよしさんは、おててをつなぐのよ。」
きょとんとする二人。
「おててつなぐと、まいごにならないんだよ。」
うふふと、満足そうな笑顔を向けられ、
知盛はククッと笑い
望美も優しい笑顔になった。
その時。
「カスミちゃん!やっと見つけた!!」
エプロン姿の女性が息を切らせながら走ってきた。
「せんせ〜!!」
女の子も女性に向かって走って行く。
「ビックリしたよ〜。カスミちゃん、何処行ってたの?」
先生は半泣き状態だ。
女の子は「ごめんなさい」と何度も言いながら先生の頭を撫でていた。
「あの、おにいちゃんがいっしょにいてくれたの。」
と、知盛を指差す。
先生は深々と頭を下げていた。
「さ。もう帰る時間ですよ。」
「うん。」
笑顔で頷いて帰ろうとしたとき、
女の子はクルリと振り返り知盛達の所にやってきた。
「はい。これあげる。」
そう言いながらポケットから出したのは2個の飴玉。
「おにーちゃん。おねえちゃん。ありがとー。」
笑顔で手を振り、女の子は先生と一緒に歩いて行った。
「可愛かったね〜。カスミちゃん。」
先程の女の子を思い出しながら望美は呟く。
「そう、だな。」
知盛の返事などは期待してはいなかったので、不意に零した言葉に
望美は驚きを隠せない。
「なんだ?」
マジマジと見つめる視線に問いかける。
すると、望美はフフフと笑い出した。
「知盛って案外、子供にモテるよね〜。」
「褒めて・・・・いるのか?」
「一応ね。」
尚も、望美は面白そうに笑っている。
今日はとっても良い日だった。
動物園の中を探しまわされたのはムカつくけど
知盛のいつも見れない一面を見れた事が嬉しい。
幸せそうな望美の笑顔をチラリと見ながら
知盛は名を呼ぶ。
「望美。」
「ん?なぁに?」
「・・・・・・ややが欲しくなった。」
「は!?」
先程の幸せそうな笑顔はすっ飛び、
望美は沸騰したヤカンのようになる。
「な、な、な、何言ってんの!?」
「聞こえなかったか?ややが・・・・・」
「あぁぁぁ!!こんな公衆の面前で言わないの!!」
「ならば・・・・二人きりの所に行くか?」
そうして、知盛は望美の手を痛いくらいしっかりと握る。
―――――逃げられない!!
繋がれた手を見ながら望美は直感する。
恐る恐る、知盛の顔を見上げれば
そこには妖艶な笑みを浮かべたかつての敵の顔。
「仲良しは・・・・手を繋ぐんだろ?」
「ついでに、俺を待たせた礼をしてもらおうか。」
「なっ!それは知盛が勝手に動くからでしょ!!」
「口答えか・・・・。いい度胸だ。」
「はーなーせー!!!」
「クッ。断る。」
しっかりと繋がれた手を望美はブンブンと振り回す。
が。
外れるわけも無く、望美はがっくりと肩を落とした。
すると、その様を見ていた知盛はクククッと忍び笑いを零す。
それを見た望美は更に顔を赤くして怒鳴った。
「ちょっと!!ワザとやったでしょ!?」
「神子殿はお気が短いようで。」
「誰のせいよ〜!!」
望美は愉快そうに笑う知盛にそっぽ向いて行こうとする。
だが、グイっと引き戻され、
知盛の胸の中に閉じ込められた。
「神子殿はご機嫌を損ねられたようだ。」
「当たり前!」
プゥッと膨れっ面の彼女を見下ろしながら知盛は
尚も愉快そうである。
「ならばご機嫌とりでもさせて頂こうか。」
「・・・・・・美味しいもの食べたい。」
「クッ。御心のままに。」
そう言うと、今度は優しく望美の手を繋ぐ。
大切なものに触れるかの様に。
そっと。
そぉっと。
優しく。
柔らかく。
そして、暖かく。
けれど、しっかりと。
仲良く手を繋ぐ。
いづれ、出会うべき小さな手を繋ぐかのように。

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