青空に広げる願い










壇ノ浦での戦いの後、平家一行は還内府――― 将臣に連れられて南の島へ落ち延びて行った。

都での優雅だった生活とはまるで違う、お世辞にも豊かとは言えない暮らし。

けれども、此処には戦が無い。

誰もが、明日死ぬかもしれぬと心嘆くとはない。

何にも、誰にも脅かされずに生きていける。

先の戦いを逃げ延びてきた彼らには、ただそれだけで幸せな日々であった。

そんな平家の一行に連れ立って、望美もこの南の島へ移り住んでいる。

始めは、「源氏の神子」として平家の一門と戦った彼女を受け入れるのは中々難しくはあった。

けれども、望美の優しさ、明るさ、彼女の人柄に触れるにつれて、

今では平家の誰もが彼女を受け入れてくれている。

一門を救ってくれた還内府、将臣の奥方として。

そして、誰よりも望美に懐いたのは、先の帝であった安徳帝。

もはや彼は帝では無いため、彼自身の名である「言仁」と呼ばれていた。

彼は望美を姉のように、また、幼くして亡くした母のように慕っている。

そんなある日、言仁は望美と将臣に期待に満ちた眼差しを向けて問いかけた。



「将臣殿、望美殿。二人のやや子はいつ生まれてくるのだ?」



この唐突な質問に、望美は持っていたお茶をひっくり返しそうになり、流石の将臣も面食らったように目をパチクリさせてしまった。

そんな二人を交互に不思議そうに見つめて、言仁はもう一度笑顔で問う。



「ねぇ、いつなのだ?」

「え、えっと・・・・・。」



動揺しきりの望美は上手く返事を返せない。

変わりに、いち早く冷静になった将臣が言仁に尋ね返す。



「ったく。誰が、そんな事言っていたんだ?」



言仁が持ち出してくる話題にしてはやや突飛な質問のように思える。

誰かが彼に入れ知恵をしたのだと将臣は考えたのだ。

すると、言仁は少し得意げに。



「以前、知盛殿が仰っていた。『好いた男女が共に居ればいくらでも子が出来る』と。」

「あの野郎・・・・・・。」



今は亡き悪友を将臣は小突きたくて思わず拳を握る。

遠い空の上で愉快そうに口を歪める知盛の姿が目に浮かぶようだ。

先程よりも落ち着きを取り戻した望美も、そんな突然の質問をした言仁に微笑みながら尋ねる。



「言仁くんは、どうして赤ちゃんが欲しいの?」



と、言仁は今度は少し照れくさそうに。



「私は、『兄上』になりたいのだ。」



日に焼けた、少年らしい笑顔で言った。

そこで、望美と将臣は彼の願いの訳に合点が行く。

幼くして母と別れ、帝として担ぎあげられた彼の側にはいつも、

言仁よりも大きな『大人』ばかりがいた。

それは彼が都落ちしてからも。

この南の島へ落ち延びてからも。

内裏に迎えられて、彼の為に年の近い子供も数人は居たが。

誰も『友人』と呼べる存在とは程遠い、親達の出世や権力によって遊び相手となった子供ばかり。

そして、身内の中にさえ、気心の知れた相手は居らず。

求めたくても母は既にこの世には居なかった。

彼は、言仁の心に寂しさが影を落とさぬはずは無い。

将臣は、ヤレヤレと笑いながら言仁に言う。



「お前なぁ。『兄貴』ってのも楽じゃねぇんだぞ?喧嘩すれば『お兄ちゃんなんだから弟を泣かすな』って問答無用で怒られて。
 欲しいものがあっても『お兄ちゃんなんだから我慢しなさい』って言われて。
 弟は言うこと聞きやしねぇし、その癖困ったらピーピー泣き付いて来るし・・・・。」

「・・・・・将臣くん、実感こもり過ぎ。」



一人っ子だった望美には理解できない無い悩みが『兄』という物にはあるらしい。

けれど、将臣自身は楽しそうに、懐かしそうにそれを語る。



「なるほど・・・・・。『兄上』とはそうも大変なのか。」



フムフムと、言仁はまるで授業を受けた生徒のように将臣の経験談に耳を傾ける。

そんな彼の頭を、将臣は優しく叩いてやった。



「まぁ、でも。お前ならイイ兄貴になれるかもな。」

「本当か?将臣殿!」

「ああ。『兄上』経験者の俺が言うんだ。間違いないぜ。」



将臣から太鼓判を押されて、言仁は飛び上がって歓喜する。

そんな二人が微笑ましくて、望美も一緒に笑った。



「それで、望美殿!いつやや子が生まれるのだ??」



『兄』になる気満々の言仁が一番初めの質問をもう一度持ち出して、

先程よりもさらに期待大の瞳で望美を見つめてきた。

思わず、望美は笑顔を止めて押し黙る。

すると、将臣が変わりに応えた。



「そうだな・・・・・。今から仕込んだとして・・・・・。あと10ヶ月後だな。」

「ちょっ!!!将臣くん!?」



馬鹿正直な将臣の返答に望美は驚き、顔を赤くする。



「そうか。ならば楽しみに待っているぞ!」



明確な返事をされて、言仁は満足そうに走り去って行った。

恐らくは、二位の尼にでも報告に行くのだろう。

残されたのは呆然と彼を見送る望美と笑って手を振る将臣。

望美は将臣に喚きがちに問う。



「ま、将臣くん!!あんな事言っちゃっていいの!?」

「何だ?駄目なのか?」

「だ、駄目っていうか・・・・・。何て言うか・・・・・・。」

「まぁ、言っちまったモンは仕方ねぇんだし。」



将臣は、カラカラと笑う。



「それに、俺もお前との子供欲しいぜ。」



空高く照らす太陽のような笑顔で将臣は言う。

その願いは、望美だって満更ではなく。

彼とこの地へ移り住んで何度か頭を過ぎった願い。

否定する理由なんて何処にも無い。

望美も、将臣に負けない笑顔を返した。



「男の子だったら『譲』って名前にしようかな。」

「げっ。それだけは勘弁してくれ。」

「何で?イイ名前だよ?」



空っ惚けて望美が言うと将臣は首を横に断固反対といった様子で。



「あいつみたいに捻くれて育ったらどうするんだよ。」

「捻くれてるのは譲くんより将臣くんの方だと思うけどなぁ〜。」



青空の下、未だ見ぬ人を思い描きながら

二人は顔を見合わせて幸せに微笑み合った。




〜あとがき〜
PSP版クリアしてから浮かんだ創作です。
史実では言仁の母、建礼門院 徳子は壇ノ浦で入水した所を引き上げられて一命を取り留めたんですが、
遥かの世界では死んでしまった事になってましたね。
その辺りの事は本筋には関係ないからだろうけど描かれてませんが。
小さい時に両親と離れてしまった言仁くんには、南の島で暮らす望美ちゃんと将臣くんに
両親を重ねているかもしれないと、勝手に妄想した次第です。
彼はきっと良いお兄さんになりますよ。


   
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