ドキッ!真夏の怪談物語。










「くそあっちい!!!!!」



上半身裸になりながらバタバタと忙しなく団扇を降りながら、永倉は不機嫌極まりない声で叫んだ。

暦は八月。

京の夏は江戸よりも遥かに暑い。

それ故、京の暑さに慣れぬ者達は皆、永倉のようにほぼ裸同然のような姿で

風通しのよい日陰をみつけては、ぐったりと倒れ込んでいた。



「なんなんだよ、この暑さは!!同じ日本とは思えねぇ!こうも違うものか!?干からびちまうじゃねぇか!!」

「喚くなよ、新八。余計に暑苦しくなんだろうが。」



喧々囂々と文句を並べる永倉に、いつも柔和な原田が少し苛ついた声で言う。

こちらも、上半身裸で団扇を仰いでいた。



「はぁ。団扇の風さえも生温いしよ・・・・・。なんか涼しくなる方法ねぇかなぁ。」



そう、悲しげに溜息を付いた永倉だが、直ぐに名案でも浮かんだように顔を上げた。



「そうだ、左之!!良い事思いついたぜ!!」

「はぁ?」



気の無い返事をした原田に、白い歯を覗かせながら永倉はある提案をした。



「怪談でもしようぜ!!怪談!!」





「と、言うわけでだ。皆で今から怪談話をしてもらうぜ!」



夕食も終わり、夜も更けた頃、

広間に集まった面々に笑顔で永倉が集まってもらった趣旨を説明すると、

半数以上から呆れた溜息が返って来た。

集められた面子は、沖田、斉藤、平助、原田、そして土方。

ちなみに千鶴も誘ったのだが、顔を真っ青にして涙目になってしまった為、参加を辞退させた。

そのかわりに、土方を無理矢理参加させたのである。



「新八。お前、いくら暑いからって頭までイカれたのか?んなもんで涼しくなるわけねぇだろうが。」

「副長の仰る通りだ。大事な会合と言われたから参加したが、そのような趣旨ならば付き合いきれん。」



そう言って土方と斉藤が顔を濁す。

直ぐにでもこの場を立ち去りそうな二人を永倉は慌てて止めた。



「まぁまぁ。いいじゃねぇか。ものは試しだろ?な?」

「ったく・・・・。大体、この面子で暑さを忘れられるような怖い話出来るわけねぇだろ?」



見渡す面子は怪談話などとは無縁にしか見えない。

恐らく知っている怪談はもう二番煎じにも三番戦時にも成らないほど知れ渡ったありきたりな話ばかりであろう。

それでどう、涼を感じろというのか。



「それじゃ、今までで一番肝を冷やした話でもいいんじゃないですか?」



と、沖田が退屈そうに欠伸をしながら言った。

別段、席を外したい訳ではないが、それでも暇なのはつまらない。

沖田の言葉に永倉はうんうんと、頷く。



「そうだぜ、土方さん、斉藤。怪談は無理かもしれねぇが、肝を冷やした話なら皆何かしら知ってるだろ?
 そしたら少しは涼しくなるんじゃねぇか?」

「判ったよ。なら、とっとと始めやがれ。」



言い出したら聞かない、永倉の事だ。

さっさと、終わらせるには話を進めるしかないと土方、斉藤は溜息を付いた。



「んじゃ、誰から話す?」

「そりゃ、言いだしっぺの新八っさんだろ?」

「お、俺かよ!?」

「何だ?自分から言い出したくせに、まさかネタの一つも無ぇなんて言わせねぇぞ?」

「わ、判ったよ!言やぁいいんだろ。」



原田から訝しげな視線を投げられ、永倉はゴホンと、咳払いをして座を直す。

そして、何処か遠くを見据えるように目を細めると、低い声で語り始めた。



「これは・・・・・・実際俺の身に起こった出来事だ。」





数日前のある夜、俺は島原で酒を飲んで酔って帰る途中だった。

あの日は、給金が入ったばかりだったからな。

キレイなおねぇさん呼んで気持ちよ〜く飲んで俺は上機嫌で屯所へ歩いて帰ってたんだ。

すると、その帰り道。

橋の袂で誰かが座り込んでる姿を見つけたんだ。

よ〜く見ると綺麗な紅い着物の女だった。

月明かりに照らされた後ろ姿は、天女のようにキレイでな。

俺は迷う事無く声を掛けたんだ。



『おい、大丈夫かい?どこか具合でも悪いのかい?』



そう言うと、女は。



『はい。・・・・・少し眩暈が。』



って、弱弱しい声で答えた。

その声が何とも品のある声でよ、ここで手をかしてやらなきゃ男が廃ると思って手を差し出したんだ。



『お嬢さん!家まで送りましょう!!』



すると女は、



『いえ、そのようなご迷惑。おかけする訳には・・・・・。』



って、遠慮して首を振ったんだ。

その謙虚さが、もう可愛くてよ。



『大丈夫ですよ。か弱い女性をお助けするのが男の仕事です!!』



って、イイ顔決めて言ったんだ。

そしたら、女もクスリと笑ってくれて。



『ありがとうございます。では・・・・・お言葉に甘えて。』



そう言って俺の差し出した手に触れたんだ。

そしたらよ。

その腕、良くみたら・・・・・・・・・・・ありえない位毛深くて、やたらがっちりしてて。

恐る恐る、女の顔を覗きこんで見たら。







「髭面のオッサンが嬉しそうに笑ってたんだよ!!!!!!!」



永倉は青ざめた顔で叫んだ。

あの時の光景を思い出してしまったようでガタガタと体が震える。

藤堂、原田、沖田は、思わず腹を抱えて笑い出した。

流石の土方と斉藤も笑いを噛み殺す。

永倉は爆笑中の皆を目を吊り上げて睨んだ。



「んなっ!!笑う所じゃねぇよ!!怖かったんだぞ!目茶目茶怖かったんだぞ!?」

「わ、判ったって・・・・・。そ、それで?どうなったんだよ?」

「とりあえず家まで送って行って、その後お礼をしたいから名前と家を教えてくれって言われたから一目散に逃げてきたんだよ!!」

「教えてあげたら良かったんじゃない?折角お礼したいって言ってくれてるんだし。その『美人』さんとお近付きになれたかもよ?」

「馬鹿野郎!!何されるか判ったもんじゃねぇだろうが!!」

「だって、新八っさん。下心全開で声かけるんだもん。相手も勘違いするって。仕方ねぇって。」

「仕方ねぇってなんだよ!?俺は女が好きなんだよ!悪いかよ!!」

「ったく。全然涼しくならねぇじゃねぇか。」

「ぐっ・・・・・。んじゃ、次は斉藤。お前が話してくれよ。」

「俺か?・・・・・何故俺が・・・・・・。」

「だってよ、このくそ暑い中でも黒い着物に襟巻きまでして、汗一つ流さないって事は何かあるんだろ?」



永倉の言葉に一同頷く。

確かに、真夏の暑い中でも、斉藤は襟巻きに黒い着物を着崩しもせず、汗もかかないで過ごしていた。



「特に何かあるというわけではないが・・・・・・。」

「まぁまぁ。いっちょ、肝が底冷えするようなの頼むぜ!」

「ふむ・・・・・。肝が冷える話・・・・・。ならば、アレを話すしかないか。」



そういうと、斉藤は静かに目を閉じた。




「あれは、何日も前の話だ・・・・・・・。」



ある朝、俺は食事当番の任をたまわったいた。

朝目覚め、支度を整えた後、勝手場へ行き朝餉の準備を始めた。

その日は、確か総司が一緒だった筈だが、彼の者は一向に姿を見せん。

竈に火をつけ、鍋と釜を乗せ米を炊いている間も姿を見せる様子は無く、

俺は総司の部屋へ向かった。

ところが総司は部屋には居なかった。

後々聞いた話では、食事当番を忘れ、稽古をしていたらしいが。

ともあれ、仕方が無いので勝手場へと戻った。

丁度、米も炊け、味噌汁も出来上がり、魚も焼けた故、後は膳に並べるだけ。

俺は皆の分を並べて行った。

そして、味噌汁を分けようとした時。

お玉で掬った中には見たことの無い具が微かに見えた。

よくよく、目を凝らして見るとそこには、黒光りする油む・・・・・・・・。




「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁl!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」





斉藤の声を掻き消すように、永倉と平助が叫んだ。

他の皆も、叫び声こそ上げないが青ざめた顔で口元を引きつらせながら斉藤を見据えていた。



「おおおおおおお前!!!何て話をしてるんだよ!?」

「恐ろしくは無いか?この話。俺はあの時ほど肝を冷やした事は無いぞ。」

「怖いって言うか、気持ち悪ぃ話だろうが!!」



永倉の抗議に、斉藤は少し青い顔で応える。

あの時の事を思い出すと頭痛がするようで、斉藤はこめかみを抑えた。



「まぁ・・・・。確かにゾッとはするよな。」



原田が、ははは、と薄い笑いを浮かべながら、話の感想を呟く。



「そ、それで!?その味噌汁どうしたんだよ!?」



永倉が震えながら尋ねると、斉藤は視線を逸らして何も答えなかった。



「ちょっっ・・・・・。斉藤!!!何か言えよ!!!」

「安心しろ。体に害は無い。」

「そういう問題!?」



と、不意に平助が浮かんだ疑問を口にする。



「何日か前って・・・・・。一くん。それって何時の話?」



すると、斉藤がゆっくり振り返り。



「・・・・・・・・聞きたいか?」

「いや。・・・・・・すみません。いいです。」



丁重にお断りした。



・・・・・・・・・つづく。




〜あとがき〜
絶賛季節外れなお話です。
夏休み中のストレスぶつけながら書いてます。

とりあえず半分だけUP。

まだまだ続きます。



   
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