愛し君
突然。望美の携帯が鳴った。
銀は思わずテーブルの上の携帯に目をやる。
望美は今、近所のコンビニに行ったばかり。
すぐに戻るからと、携帯を持たずに出たのだ。
携帯は未だ鳴り続けている。
銀はどうしたものかと、悩んでいた。
いくら恋人同士とはいえ、勝手に携帯を覗いてはいけない事ぐらい、彼だって知っている。
だが、もし緊急の用事だったら?
携帯を忘れた望美自身が何かの用で掛けてきたのだとしたら?
未だ鳴り止まない携帯を、銀は溜息交じりで開いた。
神子様。お許し下さい。
と、心の中で呟いて。
「はい。」
「もしも〜し。望美?出るの遅いよ。」
電話の相手は望美ではない別の女性の声だった。
とりあえず、望美に何か合った訳では無いことにホッとする。
すると、電話の女性は何やら急いでいるかのように早口で喋った。
「今日の合コンは7時からだから。場所はこの前教えたトコ。遅刻しないようにね〜。」
それだけを言うと電話の相手は早々に切ってしまった。
同時に、玄関の開く音と、望美の声が聞こえる。
「ただいま〜。」
銀が振り返ると望美は嬉しそうに彼に駆け寄って来た。
「お帰りなさいませ。」
ニッコリと微笑み、銀は望美に携帯を差し出した。
「申し訳ありません。失礼ではございましたが、お電話だったようなので代わりに出させていただきました。」
「あ。ありがと〜。」
望美は銀の手から携帯を受け取り、着信を確認する。
「銀。何か言ってた??」
画面を見ながら問うと、銀は先程の電話の用件を伝えた。
「はい。今日の合コンは7時からで、場所は前と同じ所と。あと、遅刻はしないようにと仰っていらしゃいました。」
「ふぅ〜ん・・・・・・。って、えぇぇぇ!?」
望美は思わず携帯を落としそうになった。
そろ〜りと、彼の顔を見上げれば、いつもと変わらないままの銀がいる。
「如何なさいましたか?」
何の反応も無い。
ひょっとして、合コンの意味を知らないのかな??
「神子さま?」
「あのさ。銀。『合コン』って何だか知ってるの??」
探るように見つめれば、銀はいつも通りの笑顔で
「えぇ。存じ上げております。」
と、言った。
その返事に、望美は少しムッとする。
銀という恋人が居るのだから、合コンなんて行く気はさらさら無い。
でも、少しくらい嫉妬してくれてもいいじゃない。
どんどん不機嫌な顔に変化していく望美を銀はそっと、覗き込む。
「神子さま?どうなさいました?」
すると、望美はツンっと、そっぽを向いた。
「別に。さ、合コンに行く準備しよ!」
拗ねた口調で言っても、銀は別段、変わる事は無く
「そうですね。」
と、笑顔で言うだけであった。
望美は更にムッとする。
「カッコいい人イッパイ来るかも。楽しみ〜。」
と、言いながら銀の様子を横目で見てみた。
しかし、銀は何とも無い表情で。
「それは、楽しみでございますね。」
望美は増々ムッとする。
「こ、告白なんてされちゃったらどうしようっかな〜。」
最期の手段。と、ばかりにそんな言葉を口にしてみた。
そして、また横目で銀を見るが。
「神子さまは魅力的でございますから、そんなお方もいらっしゃるでしょうね。」
と、変わらぬ笑顔。
その瞬間。望美の中で何かが切れた。
「何よ!銀なんかキライ!!」
そう言い放った後、望美は慌てて口を覆った。
決して、言ってはいけないセリフだった。
本心とは真逆の言葉。
―――――しまった。
望美が後悔をした時。
ぎゅぅっと、銀が望美の全身を包み込むように抱きしめた。
「『キライ』と仰られても、私は神子さまを好いておりますよ。」
突然の抱擁に望美は驚く。
嬉しいけれど、先程からの無反応ぶりに苛立ちが収まらないから。
ムッとしたままの声で銀を責めた。
「で、でも。合コンの意味知ってるクセに止めてくれないじゃない。」
「神子さまの行動を妨げる事は出来ません。」
「カッコいい人来るかもって言っても興味無さそうだったし。」
「私が、興味があるのは神子さまの事だけです。」
「告白されたらって言っても無反応だったし。」
「神子さまに思いを寄せる男は多いでしょうから。でも。」
譲るつもりは毛頭ございません。
と、ハッキリと笑顔で言った。
「・・・・・・銀。怒ってる?」
望美は顔を引きつらせながら聞いた。
いつもと変わらない笑顔ではあるが、とてもいつもの穏やかな彼では無い気がする。
「そうですね。私を試そうとした神子さまに。」
「だって・・・・。銀が何も言ってくれないから。」
望美が口を尖らせると銀はクスリと笑った。
そして、望美の唇へ。
深く
熱く
愛しむように
口付けた。
「し、銀!?」
望美は素っ頓狂な声を上げる。
彼との口付けは初めてでは無いけれど。
いつもなら、もっとスマートで上品な大人の雰囲気なのに。
「ご理解頂けましたか?」
銀は真摯な顔で問う。
「神子さまをどれ程愛して居るかを。」
どれ程、貴女に心を乱して居るのかを。
望美は小さく頷いた。
それを見ると、銀の顔が喜びの色に変わる。
そして、もう一度
今度は優しく
けれど先程よりも深く
口付けた。
「神子さまは、拗ねたお姿も可愛らしいですね。」
合コンには行かない事をメールした望美に銀は微笑みながら言う。
「それって、褒めてるの?」
「はい。もちろん。」
「・・・・・複雑。」
拗ねた姿を褒められても、あまり嬉しくは無い。
そんな望美を銀はもう一度抱きしめる。
「神子さまの全てを愛しく思っておりますよ。」
笑ったお顔も、
拗ねたお顔も、
貴女を彩る全てを
愛しています。
望美は顔が赤くなった。
他に聞いている人が居ないとはいえ、やっぱり恥ずかしい。
それに気付いたのか、銀は優しく望美の頬に手をやる。
「それから、こうして頬を染めたお姿も可愛らしいですね。」
「そ、そう?」
「はい。もっと、見せて下さいませ。」
求めるような眼差しで
銀に言われては望美に断る術は無い。
「いいけど。ちょっとだけだよ?」
赤い顔のまま、答える望美を銀はヒョイと抱き上げる。
そして、にっこりと微笑み
「では、ずっと頬を染めていられる事をいたしましょう。」
スタスタと、寝室へ望美を連行する。
「え?え??ちょっ、銀!?」
「はい。何か?」
狼狽する望美とは逆に嬉しそうな笑顔の銀。
こうなっては望美のどんな反論も容易く受け流してしまうのだろう。
望美は諦めたように大人しくなる。
そして、それを了と受け取った銀は益々嬉しそうな顔になった。
もっと、もっと、
貴女の色々な姿を見せて欲しい。
他の誰でもなく、
只一人。
私にだけ。

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