濡れ髪の君は別人のよう
残暑厳しい熊野。
ヒノエは本日の職務を終えると、帰宅の途に着いた。
愛しの新妻の待つ我が家へ、自然と足取りは速くなる。
そんな途中、海岸からなんとも賑やかな声が響いていた。
数人の子供の声に混じって、女性の楽しそうな声が聞こえる。
その声は耳に良く馴染んだものだった。
チラリと、海岸に目をやるとヒノエの顔は柔らかな笑みを湛える。
子供の中に溶け込んで一緒に遊ぶ望美の姿がそこにあった。
無邪気な笑顔で海岸を駆け回る。
そんな姿をヒノエは、しばし愛しげな眼差しで見つめていた。
ふと、遊んでいる子供の一人が何やら望美に耳打ちをする。
そして、望美はゆっくりヒノエの居る方へ顔を動かした。
遠くからでも良くわかるくらい、満面の笑みになった望美は子供達に一言告げると、駆け足でヒノエの元に寄って来た。
「ヒノエくん!!お帰りなさい!!」
「ただいま、望美。」
そのままヒノエの腕の中に飛び込んで行くのかと思いきや、望美は既のところで足を止める。
ヒノエが頭を捻ったのは言うまでも無い。
「望美?」
「ゴメン・・・・・。ヒノエくん。実は。」
そう、申し訳なさそうに望美は両腕を広げて、自分の今の形を見せた。
望美は頭から水を被ったかの様に全身濡れてしまっていた。。
ナルホドと、ヒノエは納得すると同時に、クスリと笑った。
「水も滴るイイ女だね。」
「そ、それって褒めてるの?」
「もちろん。俺の姫君の美しさは人魚にだって敵わないさ。」
面白そうに言いながら、ヒノエは自分の上着を望美に掛けてやる。
「あ。ありがとう。」
「礼には及ばないよ。風邪を引かれたら困るからね。それに・・・・。」
言いながらヒノエはもう一度望美の姿を凝視した。
濡れた小袖はべったりと望美に張り付いて彼女の体の線を強調し、胸の膨らみをも顕著に表している。
そんな姿だけで、大抵の男は誘惑されてしまうと言うのに。
それ以上に、濡れた髪のせいで普段の可愛らしい望美がどこか妖艶に見えて、情けなくも、あらぬ想像を掻き立ててしまう。
今すぐにでも、甘い艶事を望んでしまいそうな程。
「・・・・ヒノエくん?」
ヒノエが理性を保つ努力をしているのにも全く気付かない望美は黙ったヒノエの顔を覗きこんだ。
その、上目遣いの仕草がまた、ヒノエの理性を揺さぶる要因になってしまう。
「全く・・・・・。お前はどれだけ俺を惑わすんだい?」
「え?何が??」
ヒノエは困ったように呟き、彼の真意に気付かない望美を「やれやれ・・・。」と言いながら突然、横抱きに抱えた。
「!!??」
『どうして?』と無言で問う望美にヒノエは答える。
「美しい水の女神の姿を、誰にも見せたく無いしね。」
「め、女神!!??」
「そう。それに・・・・・・。」
言いかけて、ヒノエは望美の耳に続きをそっと、囁いた。
『濡れ髪の女神をもっと濡らしてみたくなったから。』
ヒノエの台詞に望美の顔は一気に赤くなる。
「な!!だって、まだお昼過ぎ!!」
「愛し合う二人に時間なんて関係ないね。」
「ほ、ほら!子供達放って置けないし。」
「ああ。あいつらなら・・・・。」
ヒノエに促されて、海岸に目を向けると。
さっきまで遊んでいた子供達は望美に向かって手を振っていた。
「お姉ちゃん、さようなら〜。」
「また、遊んでね〜。」
「え!ちょっ・・・・!」
子供達は元気良く駆け出していく。
呆然とする望美の頬に軽く口付けると、ヒノエは当たり前のように言った。
「誘ったのはお前だよ?」
「何を、どんな風に!?」
「フフっ。責任は取ってもらわないとね。」
と、今度は唇に口付けをしてヒノエは愉快気に笑った。
〜あとがき〜
ちなみに言っておきますが・・・・・当サイトは全年齢対象です。
悪しからず・・・・・・。
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