仕方なさ気でも面倒見は良い
「お邪魔しま〜す。」
元気イッパイの声で望美は有川家の玄関を開けた。
「いらっしゃい。先輩。」
それを、譲が優しい声で迎えてくれる。
勝手知ったる、我が家同然の有川家。
望美は馴れた足取りでリビングへと向かった。
扉を開いて足を踏み入れた途端、何かの匂いが望美の鼻を刺激する。
甘いクリームの香り。
「ちょうど今出来たところなんです。さぁ、どうぞ。」
そう言って譲がテーブルに出したのは美味しそうなロールケーキ。
望美は歓声を上げた。
「わぁ〜。ありがとう譲君♪」
「ついでにお茶も入れて来ましょうね。」
そう言いながらテキパキと用意をする譲。
彼を見て、望美はニッコリ笑って言った。
「譲くんてお母さんみたいだね。」
「お母さん・・・・・ですか?」
男としては余りにも不名誉な肩書きに譲は少し肩を落として落ち込む。
それを見て、望美は慌てて付け加えた。
「別に悪い意味じゃないよ!?」
「はぁ・・・・・。」
どんな意味にせよ、思いを寄せる相手に『お母さん』呼ばわりされる事には変わりなく。
更に譲を落ち込ませた。
だが、望美が譲をそういった目で見ているのは昔からの事。
年下で、幼馴染で、食事当番。
男として意識してもらうには、マイナスな肩書きばかり。
けれど、これはもう仕方の無い事。
誰よりも、近い位置で彼女を見られる。
その事に感謝すべきだ。
そう考えを切り替えて、譲はティーカップを差し出す。
「美味しそう!いただきま〜す。」
彼女に、こんな満面の笑顔を作り出せるのだから。
『お母さん』も悪くないかもしれない。
「そういえば、皆は?」
ケーキを頬張りながら望美が尋ねた。
「あぁ。皆、用事があって出てますよ。」
「え。そうなの?じゃあ、皆の分も残しておかなきゃ・・・・・。」
遠慮がちにフォークを置こうとする望美に譲は言う。
「大丈夫です。皆の分は取って置いてますから。気にしないで食べてください。」
「ホント!?やった〜。」
また、ニコニコと笑いながら望美はフォークを手に取った。
「ホント、譲くん。『お母さん』だよね。」
「はぁ・・・・。」
再びそう言われて、譲は流石に悲しくなってきた。
けれど、望美は笑顔のまま続ける。
「私の事も、皆の事も考えてくれて、凄く優しい。」
慈愛に満ちた人とは、彼のような人だろうか?
その優しさで、心が、灯るように暖かくなる。
「譲くんのそういう所。私、大好きだよ。」
少し頬を染めながら望美は言った。
それが移ったように、譲の頬も赤く染まる。
「あ、ありがとうございます・・・・・。」
ぎこちない返事は嬉しさの証。
望美も何だか、くすぐったくなりながらケーキを口に運んだ。
ふと、望美の顔を見た譲の視線が止まる。
「先輩。クリームが付いてますよ?」
「え?ドコドコ??」
「あ、ジッとして・・・・・。」
譲の細い指先が、そぅっと、優しく望美の口元のクリームを掬う。
やや、冷たいその指が、さりげなく唇に当たって。
近付いた譲の顔と、視線がまるで、キスの前兆のようで。
望美は、思わずドキッとした。
「はい。取れましたよ。」
微笑み、離れた指先に少し名残惜しさを感じてしまって、惚けたような顔で譲を見てしまう。
「・・・・・・先輩?」
「え!?あ、何でもないの!!」
普段とは違った視線に譲は戸惑った。
望美もその有り様に戸惑う。
唇と唇の距離は僅か数センチ。
思い返して、望美の鼓動はまた、ドキッと動く。
唇に触れると、譲が触れた部分が妙に熱い。
「先輩。どうかしましたか??」
少し心配そうな譲。
望美はアタフタとケーキを食べた。
その思考を悟られないように。
「何でもないよ!ケーキが、すっごく美味しいなぁ〜って思って。」
「そうですか?それは良かった。」
嬉しそうな譲の笑顔。
またまた、望美はドキッと心臓が大きく跳ねた。
譲くんの優しい笑顔や、眼差しや、仕草が原因?
それは、何故なのだろうかと、望美は自分に問いかける。
答えは無回答のまま。
チラリと見上げた譲の顔が、ニコッと笑ってくれて。
すると、それがいつも以上に心が温かくなって嬉しいと感じて。
何故だろう?
やっぱり答えは無回答のまま。
もしかして、美味しい物を食べているからだろうかと、頓珍漢な考えが望美の頭をよぎった。
〜あとがき〜
鈍い望美ちゃんが大好きです(笑)
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