気丈なあの子が涙するとき













夜の静寂の中、声は無く、静かな空気のみが辺りを支配している。

源氏の軍は陣に戻ると負傷者の手当て等で物物しくなっていた。

原因は、三草山の戦い。

そこで出た多くの犠牲。

だが、それに見合った程の成果は上げられず、敵将を捕らえる事も、三種の神器の奪還も出来なかった。

結果的には勝ち戦ではあったが、陣の中には負け戦のような空気が流れていた。

重く、陰鬱な空気。

景時はそんな空気が息苦しかった。

性に合わない。



「ちょっと、見回りでもしてくるね。」



そう理由をこじつけて陣を離れた。

夜風は涼しくてこの息苦しさを吹き飛ばしてくれそうだ。

景時はゆっくりと歩いた。

出来るだけ、陣へ戻る時間を長めるために。

そうやって歩き陣から少し離れた草むらに見慣れた影を彼は見つけた。



「望美ちゃん?」



その呼びかけに望美はハッとして振り返る。

目許が少し赤い。

それを誤魔化すかのように望美は景時に笑顔を向けた。



「景時さん。どうしたんです?」

「え?あぁ。ちょっと散歩していたんだ〜。望美ちゃんも散歩?」

「あ、はい。」



作った笑顔で嘘の理由に頷く。

その結果、景時は彼女のぎこちない笑顔の要因を知ってしまった。

寝食を共にし、家族のような仲間達の死。

人一倍優しくて責任感の強い彼女は恐らくそれを己の責任と思ってしまったのかもしれない。

景時は、それに気付いていないように明るい声で話しながら望美の隣に座った。



「もうそろそろ蛍が見れる頃だよね〜。望美ちゃんは蛍好きかい?」

「はい。好きです。」

「蛍にも色々、種類があってね。え〜と。マドボタルにヒメボタル。あ!ゲンジホタルって言うのも居るんだよ〜。」

「あ!知ってます!!確か、『源氏物語』が由来なんですよね?」

「そうそう!よく知ってるね〜。」

「はい。この前、兵の人たちに教えて貰って・・・・・・。」



望美の言葉が途切れた。

沈痛な表情を浮かべ、苦しそうに俯いた。

景時も、かける言葉が出てこず、少しの沈黙が二人の間に訪れる。

と、望美が小さな、小さな声で言った。



「・・・・・・・・ごめんなさい。」



景時は困惑する。



「え??な、何で望美ちゃんが謝るの?」

「だって・・・・。私、皆を守れなかった。」



嗚咽を堪えながら呟く。



「・・・・・私・・・・・何にも出来なくて。」



望美は涙を零さないように必死に塞き止めながら、己の不甲斐無さを口にする。

細い肩に全てを背負い込むような、痛々しい姿。

そんな望美を景時は片手で胸に抱き寄せた。

壊れてしまいそうなその姿を。

護るかのように。



「今回の事は、君だけのせいじゃないよ。」



望美の痛みを拭うように言う。

それでも、望美は肩を震わせていた。

景時は続ける。



「それに、何にも出来なくないよ。」

「え?」

「だってさ。君は泣いてくれるじゃない。」



胸に抱いた望美の頭を景時は空いていた手で、優しく撫でた。



「亡くなって行った人達を憂いで、思って。泣いてくれている。」



望美の顔をゆっくり持ち上げて、その瞳を見つめた。

涙でいっぱいの瞳は月明かりでキラキラと輝いている。



「誰かの為に、こんなに優しくて暖かい涙を零してくれるんだから。」



 ―――――君は、何も出来なくなんて無いんだよ。



景時は微笑んだ。

それを見て、望美は堪えていた涙をもう堪えることが出来なくて。

大粒の涙を留める事無く零し続けた。



そんな望美の姿が、胸が痛いほど愛しくて。

零した涙が、驚くほどに綺麗で。

景時は望美の目尻に優しく口付ける。



「景・・・・時さん?」

「あ。ご、ごめんね?」

「あ、いいえ・・・・。」

「何か・・・・羨ましくなっちゃって。」



景時は照れた顔でそう言った。

理由が分からず、望美は首を捻った。

その望美に、景時は聞いた。



「ねぇ。望美ちゃん。もし、俺が死んでも、そうやって泣いてくれる?」



胸を痛めて、愛しさを込めて。

誰よりも、自分を思って泣いてくれる?



「え、縁起でもない事言わないで下さい!!」



望美は怒りながら叫んだ。



「ご、ごめん。でもほら、『もしも』の話だから。それに俺だってまだ結婚もしてないのに死にたくないし。」

「『もしも』でも、聞かないで下さい!」

「ご、ごめんね。」



怒り心頭の望美に景時は繰り返し謝る。

話題を変えた方がいいかもしれないと、景時が考えたとき。

胸の中の望美がポツリと言った。



「・・・・・泣きますよ。」

「え?」

「景時さんの事を思って、いっぱい、いっぱい泣きます。だって・・・・・。」



望美はジッと景時を見つめた。

吸い込まれてしまいそうな程、真っ直ぐ。



「だって・・・・こうして涙を止めてくれる人が居ないんだから。」



顔を覆っている景時の手に自分の手を上から添えた。

目を閉じて、ぬくもりを感じるように頬を擦り合わせる。



「私を泣き虫にしたくなかったら・・・・・。絶対に死なないで下さい。」



もう、これ以上泣くのは御免だから。



「もちろん。御意〜ってね♪」



いつもの軽い口調で返事をすると、今まで悲しげな色だけを映していた望美の顔が明るい色に変化する。

それを見て景時は、「馬鹿だなぁ〜。」と、己の愚鈍さに笑みを落とした。



「君には、やっぱり。笑顔が似合うね。」



泣き顔も、怒った顔も、君はどれも綺麗だけれど、

この笑顔には何も敵わない。

だから。

もっと、笑顔が見れるように。

そう、望まずにはいられない。

そのための努力なら。



「骨身を惜しまず頑張るよ〜。」

「??何をですか?」

「ん?独り言だよ。」



優しく、ウィンクを返しながら景時はもう一度、望美の頭を撫でた。




〜あとがき〜
無駄なことは言いません。
好きな人には唯々、笑顔で居て欲しいもんです。




   
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