体に似合わぬ手の力
身長はヒノエくんより少し高め。
でも九郎さんよりはちょっと低め。
将臣くんや先生と比べるとそんなに筋肉は無さそう。
穏やかな笑顔と物腰。
優しい口調に丁寧な言葉遣い。
これが、あの『武蔵坊弁慶』。
「うわっ!重い!!」
望美は仰天した声で言った。
今、彼女の手の内には弁慶愛用の薙刀がある。
望美にとって、今までの生活の中で『武器』と呼ばれる代物にこうして触れる事は無かった事。
「ちょっと、触らせて下さい。」
子供のような好奇心イッパイの顔で頼まれて、拒否する理由も無い弁慶は「どうぞ。」と望美に薙刀を渡した。
「こ、こんな重いモノ振り回してたんですか!?」
望美の驚きはまだ続いている。
「そんなに重いですか?」
笑いながら、弁慶は望美の手から自分の薙刀を受け取った。
そして、何の苦も無く持ち上げ、器用にクルリと回して見せる。
望美はじっと、弁慶を見つめた。
「?どうしました?望美さん。」
手を止めて、穴が開きそうな程自分をマジマジと見つめる望美に声をかける。
望美は、じっと弁慶を見たまま、ポツリと呟いた。
「弁慶さんって・・・・・・やっぱり『武蔵坊弁慶』なんですね。」
「えぇ。そうですよ?」
今更、何を言っているのだろうと弁慶は思った。
偵察や間諜をするとき等、名を伏せることは度々あったが
望美に対して、『武蔵坊弁慶』と言う名以外の名を使った事は無い。
望美の呟きに弁慶は些か混乱する。
「望美さん。一体どうしたんです?」
彼が、こう尋ねたのは無理も無い。
すると、望美は尚も弁慶を見つめたまま口を開いた。
「いえ。私達の世界では『武蔵坊弁慶』って大きな薙刀を振るう大男って言われてるんですよ。」
「大男ですか。」
「はい。何でも、鉄下駄を履いてたりしたらしいし、岩でお手玉したとか・・・・・。」
「それは、凄いですね。」
弁慶はやっと得心を得て、クスリと笑った。
望美達の世界に伝えられている『弁慶』の話は以前、将臣や譲からも聞いたことがあった。
余程、言い伝えられている『弁慶』と自分は違うのだろう。
将臣も譲も先程の望美のように穴が開くくらい自分をマジマジと観察していたのを思い出す。
「僕はそんなに『弁慶』に見えませんか?」
「はい。全然。」
望美はきっぱりと言う。
歴史に然程詳しくない望美でも『武蔵坊弁慶』に対するイメージは筋肉質な大男というイメージ。
こんな、穏やかな青年を見て、誰が同じ人物と思うだろう。
「だって、弁慶さんってドコから見ても無害そうだし。悪い事とかしそうに無いですもの。」
「ふふっ。それは褒められてるのかな?」
「はい。何ていうか・・・・・安全圏?」
望美の言葉に弁慶は笑いを零した。
「光栄ですね。君にそんなに信じてもらえて。でも・・・・・。」
そういいかけて、弁慶は望美の腕を力強く掴んだ。
グイッと半ば強引に引っ張って、自分の胸の中へと幽閉する。
その手の力は、いつもの穏やかで優しい弁慶とはかけ離れた強さ。
荒々しくて乱暴で。
この青年の何処に、こんな力があるのだろうか。
望美だって、この世界に来てから鍛錬を重ね、そこそこ力をつけてきた。
その辺の男にだって負けない自信がある。
まして、戦闘とは無縁そうな、穏やかで細身な弁慶にだって。
けれど、今自分を掴んでいる弁慶の手からはどうあっても逃げれそうにない。
その事に驚いて望美は弁慶の胸の中から彼を見上げた。
「べ、弁慶さん?」
「いけませんね。望美さん。」
優しく微笑みながら弁慶は言う。
「そんなに油断されては、何をされても文句は言えませんよ?」
笑顔はいつも通りなのに、弁慶の瞳はいつもと違う。
少し邪で、強かな瞳。
こんな瞳を見るのは初めてで、望美はドキリとして生唾を飲み込む。
そして、弁慶は望美の唇に自分の指を這わせて言った。
「一応、気をつけて下さい。見た目はそうでも、『荒法師』と呼ばれた男なんですから。」
およそ、弁慶には似つかわしく無いほど凄艶な笑みを浮かべる。
「ああ。でも油断してくれている方がありがたいのかな?」
「な、何でですか!?」
「だって、その方が・・・・・。」
――――― 君を攫いやすくなります。
唇に這わせた指をそのままに、弁慶は望美の顔にズイッと近づく。
今すぐにでも攫われて、全てを奪われてしまいそうな。
そんな事を望美に連想させてしまう程、不穏な顔を。
「べ、弁慶さ・・・・・。」
ところが、弁慶は突然、パッと望美を掴んで捕らえていた手を離した。
そして、いつも通りの優しい穏やかな笑みで。
「ふふっ。少し驚かせてしまいましたね。」
何事も無かったように言った。
「あ、あの・・・・・?」
望美は不可解そうに弁慶を見た。
そんな望美を弁慶は温厚な微笑みで見つめ返す。
「おや?少し、からかい過ぎましたか?」
「か、からかったんですか!?」
「油断大敵って事ですよ。」
可笑しそうに言う弁慶に望美は反論の言葉も無い。
悔し紛れに、喚きがちに言う。
「前言撤回します!弁慶さんは全然、安全なんかじゃないです!!」
簡単に惑わされて、掌の上で遊ばれてしまったような気分。
そんな人が安全なわけない。
望美は少しムッとした顔で弁慶を警戒するように見据えた。
その視線に弁慶はクスクスと笑う。
「これは困りましたね。君の信用が無くなってしまった。」
「嘘!全然困ってる風に見えません!」
「ふふっ。本当に困ってますよ?これではさっきのように油断してもらえなくなりますから。攫うのは一苦労しそうです。」
だが、そんな事は大した問題ではないと、弁慶は思った。
何より困るのは意識されていない事。
『優しい大人』で居ることは彼女の笑顔を貰えるけれど、欲しいのはそれだけじゃない。
「それでは、これからは気をつけてくださいね。」
それはまるで、宣戦布告のように告げる。
「もう、絶対に油断なんかしません!!」
そう言い返して、望美は走って去って行った。
弁慶はそれを面白そうに見つめていた。
〜あとがき〜
「体に似合わぬ手の力」というより、「顔に似合わぬ手の力」って感じになりましたね;
しかも、ときめいてない!
むしろドッキリですよ(遠い目・・・・)
油断大敵。
ご感想などはこちらからお願いします。
その際は創作のタイトルを入れて下さいね。