この胸を捕らえるもの










初めて貴女を目にした瞬間。

沸き起こった胸の熱に戸惑った。

まだ、まだ小さな姫君。

少し恥ずかしがり屋で引っ込み思案な少女。

風早の袖の裾を掴んで、彼の後ろに隠れたまま。

けれど、気になるのかこっそりと顔を覗かせる。

まるで天岩戸のようだ。

顔を出した少女は愛らしく、たなびく金糸の髪は美しくて。

その気性とは正反対の力強い瞳に、私は釘付けられた。



「柊。紹介します。こちらはニノ姫。俺がお世話をしているんです。姫、ご挨拶を。」



そう風早に促されて、小さな姫は羞恥の狭間から搾り出したような小さな声で一言。



「・・・・・・こんにちは。」



可愛らしい声を聞かせてくれた。

その瞬間。

胸の奥が焦げるように貴女を刻み込んだ。











先の戦など、遠い昔の事の様な穏やかな日々が続く。

もう、取り戻せないと思われた数年前、まだ一ノ姫と羽張彦が居たあの頃のような柔らかな時間。

一度失ってしまったが故か、こうして緩々と過ぎていく時間が唯、愛しい。



「柊。これも干しますか?」



風早は大量の竹簡を柊に見せて問うた。

彼らは、書庫に納められた膨大な書簡達を広げ天日干しの最中である。

貴重な物である為、湿気に当てられ腐ってしまっては一大事だ。

そして、今日は風も無い暖かな天気。

天日干しには打ってつけの日である。

風早が持って来た竹簡を柊は丁寧に開き御簾の上に干した。



「・・・・・・これで全部ですか?」



見渡せば膨大な数の書簡が足元に広げられ陽光を燦々と浴びている。



「えぇ。これで全部ですよ。」

「そうですか。ご助力感謝しますよ。」

「いや。これくらいいつでも助太刀しますよ。」



日差しに負けないくらいに爽やかな顔で風早は笑った。

と、そこへ。



「二人とも、何をしているの?」



千尋の明るい声が通った。



「これは、姫。本日もご機嫌麗しく。」

「今、書簡を干していた所ですよ。千尋は散歩ですか?」

「うん。って。スゴイ!!こんなにイッパイ干してたの!?」



目の前に広がる書簡の広場に千尋は目を丸くした。



「腐ってしまっては一大事ですからね。」

「ふ〜ん・・・・・。やっぱり貴重な物なの。」

「そうですね。こちらの世界では紙は貴重な物ですから滅多に手に入りませんし。何かを記しておくにはこういった物の方が重宝するんです。」

「そっか。」

「千尋、歴史の授業で習いませんでしたか?」

「うっ!!き、聞いたことがあるような・・・・・・・。」



千尋は少しシドロモドロで答えた。

その様を風早は笑いを堪えて見つめる。

歴史の授業内容を思い起こそうとする顔が、あまりにも必死で愛くるしい。

そんな千尋の頭を風早は優しく撫でた。



「ふふ。思い出せなくても良いですよ。今度からは覚えていてくださいね。」

「う、うん!もちろん!!」



千尋は力強く頷いた。

そんな二人のやり取りを柊は穏やかな表情を崩さずに見ていた。

ふと、幼い頃の千尋と風早の姿が思い起こされる。

他愛ない会話をしながら、千尋の頭を撫でる風早。

それを照れながらも嬉しそうに顔を綻ばせる千尋。

柊はジリジリと言い知れない熱が胸で暴れそうになる感覚を覚えた。

思えば、再会した時もそうでしたね。

美しく成長された姫をお迎えに上がった時も。

私に向けられた恐怖と戦慄の眼差しとは比して、彼の名を呼び、求め、その腕に安堵する。

それに、妬ましさを感じないほど私は大人ではない。

柊は静かに彼らから、竹簡へと目を逸らした。

この光景は、ただ、私の心を切り刻む。

そして、愚かな思いに囚われる。



 何故、私ではないのか?



貴女を守り、慈しみ、愛する者が何故、私ではないのか。

親友に嫉妬してしまうこの愚かしさ。

主である貴女を思う浅ましさ。

重く暗いこの鈴慕に身の内が支配されてしまいそうになった。



「それで。どんな事が書いてあるの?」



好奇心イッパイで千尋は柊の手元を覗き込んできた。

手元の竹簡へ視線を落としていた為、覗きこんだ千尋と自然に瞳が交じりあう。

普段よりも近付いた顔の距離。

大きな瞳に自分の姿を確認できる程。

すると、千尋はみるみると顔を赤らめてしまった。

柊はフワリを落とすように笑う。

浅ましいと判っているのに、こんな貴女を見るとどこか期待してしまう自分が居る。

同じ思いに心を捕らえられているのではないかと。



「宜しければ、お読みいたしましょう。」



何事も無い風に竹簡を千尋の前に広げる。

少しのいたずら心が浮いてきて、耳に息を吹くように囁けば千尋は余計に顔を赤くした。

幼稚だと自覚していても、彼女の反応が嬉しくて。

柊は気付かない振りをした。

この胸を縛る愚拙で甘い思いに捕らわれたまま。





〜あとがき〜
柊はちっちゃい千尋ちゃんに一目ぼれしてるといい。



   
  ご感想などはこちらからお願いします。
  その際は創作のタイトルを入れて下さいね。