面影
『ごめんね。牛若・・・・。ごめんね』
何度も何度も泣きじゃくる美しい人。
泣かないで下さい。
貴女の笑顔が好きだから。
笑って下さい。
いつでも思い出すのは笑顔がいいから。
『俺は大丈夫です。心配しないで。』
そう言って俺が笑うと、貴女はつられて優しい笑みを零してくれる。
大丈夫。
その笑顔を忘れないから。
だから貴女も、どうか幸せに。・・・・・母上。
九郎はそっと、目を覚ました。
辺りはまだ暗い。
褥から起き上がり障子を開けてみると案の定、月がまだ高い所にある。
「早起きにも程があるな。」
自嘲のような曖昧な笑みを零す。
久しぶりに見た夢の母は美しく、生き別れたままの姿だった。
あれから幾年月が流れたのだろうか。
遠い過去の記憶。
「最近は見ることなど無かったのにな・・・」
ぼんやりと月を見あげながら腰を下ろす。
美しい月夜。
「九郎さん?」
ふと、自分を呼ぶ声の先に視線を移した。
「望美?どうしたんだ?」
「何だか目が覚めちゃって・・・・お散歩です。」
何だか気恥ずかしそうな望美に微笑む。
「そうか、お前もか。」
「え?九郎さんも?」
「あぁ。」
「ふぅん。何か悩み事ですか?」
ここ、座りますね。と一言断りを入れながら九郎の横に腰を下ろした。
「いや、悩み事というか夢を見てな。」
「夢。・・・ですか?」
「あぁ。最近はあまり見ることの無かった夢なんだが・・・・」
「どんな夢を見たんですか?」
大きな瞳が九郎を見つめる。その視線に呼ばれているかのように望美を見つめた。
「聞いてくれるのか?」
「はい。」
望美はにっこりと微笑む。
その顔はとても優しくて、大切だった人を思い起こさせた。
不思議な女だ。
隠すことなく聞いて欲しいと思ってしまう。
「母の、夢を見たんだ・・・・」
「お母さんの夢ですか?」
望美は意外そうな顔をする。その顔が可笑しくて九郎は微笑んだ。
「意外か?」
「え!?いや。そんなこと無いですよ。ただ怖い夢とか見たのかなって思ったから。」
安心しました。
今度は穏やかな笑顔を九郎に与えた。
その笑顔も母を思いこさせて止まない。
九郎は月を見上げた。
月の姿に母を映し出すように、記憶の中の姿を辿っていく。
「俺の母は、とても美しい人だったんだ。姿もそうだがお心も穏やかで優しくて。」
思い起こす母は微笑みながら自分を呼んでくれる。
『牛若』と。
「俺の自慢の母だった。」
ふと九郎の顔が悲しい色を帯びていく。
「だが、父が平家との戦に負け、母と俺や兄弟達も捕まったんだ。」
自分達を連れて必死で逃げた母。
男童は捕らえられたら処刑される運命。
しかし、女手一つで平家から逃れられるはずも無く・・・・・
「捕らえられた後、母は俺達の助命を願い出た。
清盛は母が自分の妾になるのを条件に俺達の助命を了承したんだ。」
子供の命と引き換えに敵方の妾という屈辱を甘んじて受け入れた心境は計り知れない。
それでも微笑んで『大丈夫』と言った姿。
「俺はその数年後に鞍馬へ預けられたんだ。」
別れ際の母は何度も謝りながら泣いていた。
いつも笑ってくれていた母が涙を零していた。
その姿が脳裏に焼きついている。
隣からグスグスという音が聞こえる。
いつの間にやら隣の望美が涙ぐんで、目が真っ赤になっていた。
「なんで、お前が泣いてるんだ?」
「っ・・・!だって。」
望美は涙を見られないように必死に目を擦る。
どうしてこんなにもこの少女の涙はキレイなんだろう。
安っぽい同情の涙なんかじゃない。
自分の痛みと思って流してくれている。
愛おしくて、暖かくて。
こんなにも嬉しく思えるのは彼女だから。
自分の愛する女性だから。
少し涙が収まってきた望美はふと、小さな疑問を呟く。
「九郎さんのお母さんは今ドコにいらっしゃるんですか?」
途端、九郎の顔がわずかに陰った。
「さぁ。ドコだろうな。」
「え?」
「鞍馬に預けられて以来、会った事がないから。生死も分からん。」
俺はなんて薄情な息子なのだと思う。
あんなに自分の為に身を尽くしてくれた母に、俺は何もしていない。
探し出す事も出来るのに。
もう、守られているだけの子供では無いのに。
会うのが怖いのだろうか?
何処かに嫁いだという話は聞いた事がある。
その話を聞いた時は悲しかった。
大事な物を取られたような、
自分は捨てられてしまったような、喪失感。
母は自分のことなどもうどうでも良いのではないのか?
会って、拒まれたら?
俺なんか、産まなければ良かったと思っていたら?
そういった考えが九郎を蝕む。
うつむき黙りこくってしまった九郎に望美は問いかけた。
「九郎さんは、お母さん似ですか?」
「は?」
突然の望美の質問に九郎はとまどう。
「九郎さんいつもは男っぽい顔だけど、笑うと優しい顔になるから笑顔がお母さん似なんでしょうね。」
「そ、そうか?」
「で、やっぱりキレイな長い黒髪なんですか?」
「あぁ。そうだ。」
「それで、九郎さんとは違って教養があって、言葉遣いも上品で。」
「なっ!」
クスクスと望美は笑う。
一体、望美は何を言わんとしているのだろうか?
九郎にはまったくわからない。
「それで、九郎さんのように優しくて真っ直ぐな人。」
でしょ?と望美は自信満々に九郎を見つめる。
「望美?一体何を・・・・」
「私も覚えて居たいんです。九郎さんのお母さんの事を。」
「え?」
「だって、覚えてさえいればその人は死なないんですよ。ずっと、生きてるんです。」
・・・・心の中で。
望美はそっと、自分の胸元に手を添える。
そして穏やかに微笑む。
「一人でも多く覚えていればその人はその分生きてる。だから、私にも覚えさせてください。」
大好きな人の大切な人を。
「望美・・・・」
「それにね、九郎さん。私のお母さんが言ってたけど。子供は親の宝物なんだそうですよ。」
「宝物?」
「はい。どんな子供でも大事な宝物なんだって。だから親はどんな苦労をしても全然、平気なんだって。」
ふと、九郎の脳裏に母の姿が浮かぶ。
『大丈夫よ。』
笑って頭を撫でてくれた優しい記憶。
「子供が幸せで居ること、笑っていてくれることそれだけで親も幸せなんだそうです。」
だからね。
望美は立ち上がり庭に出た。
月は未だ高い位置にある。
「九郎さんが幸せで笑っていられたらお母さんも一緒に笑ってますよ。」
そう、信じてます。
ふわりと、何かが望美を後ろから包み込む。
九郎だった。
突然の事に望美は驚く。
「く、九郎さん!?」
心臓がバクバクと言っている。
動きすぎて止まってしまうかもしれないほど。
本当に不思議な女だ。
どうしてこんなにも暖かで優しいのだろう。
お前が居てくれるから俺は幸せなんだと思う。
傍に居て笑ってくれるから俺も笑えるんだと思う。
「ありがとう。」
普段なら決して言わない言葉。
それは恥ずかしくて言えないから。
でも今は言える。
今だからこそ、言わせて欲しい。
感謝の言葉を。
誰よりも愛しいお前に。
「俺の幸せはお前が運んでくれるようだ。」
「そ、そうなんですか?」
「あぁ。だから。」
ずっと、傍に居てくれないか?
望美は顔が熱くなるのを感じる。
普段の九郎なら、こんな恥ずかしい台詞を言わない。
でも素直な気持ちだって分かる。
嬉しくて、嬉しくて。倒れてしまいそう。
「九郎さんが望むなら、ずっと・・・・」
傍にいます。
真っ赤な顔を見せないように背けながら答えた。
そんな姿が可愛くて、きっと手放す気は起きないと自覚する。
「ありがとう。」
もう一度、呟く。
望美の顎を軽く掴んで後ろを向かせた。
そっと、零した口付け。
愛しさの証。
母上。俺は今、こんなにも幸せです。
もし、俺の幸せが貴女の幸せなのだとしたら。
永遠の幸せを約束できる。
それは、彼女が居てくれるから。
幸せを笑顔を与えてくれるから。
『ありがとう』
〜あとがき〜
色々と捏造してすんません。
でも九郎と母・常盤御前の話は史実を参考にしています。
ゲーム中に常盤さん出てくるかな〜って期待してたけど、出てきませんでした。
そりゃ、ややこしいもんね(笑)
でも、九郎さんは母上のことをどう思ってんのかな?って思って書いて見ました。

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