今だけ
「あれ?敦盛さん??」
学校帰りの駅で良く知った後ろ姿を目撃した。
紫色のキレイな髪、何処と無く気品漂う姿。
私の大好きな人。
間違いなく、敦盛だと確信し、望美は人ごみを掻き分けながら近付いて行った。
しかし、今日は何故だか人が多い。
何かイベントでもあったっけ?
中々、辿り着けない。
このままでは、敦盛を見失ってしまう。
「あの〜。すいません。」
何とか通ろうと声を出しながら進もうとするが、望美の声を聞き取る者は居ない。
人波に押し流されてしまいそうになった。
その時。
「神子。こちらだ。」
優しく、でもしっかりと誰かが自分の腕を掴み人波の中から抜け出してくれた。
「ありがとうございます。」
望美は額の汗を拭いながら礼を言った。
「いや。礼を言われるほどの事ではない。」
少し、ホッとした顔の敦盛がそこにいた。
「でも、敦盛さん結構向こうに居たと思ったんですけど。」
望美は首を捻る。
「あぁ。神子の声が聞えたのでな。」
そのセリフに望美の胸がキュンとした。
声だけで自分だと思ってわざわざ引き返してくれるなんて。
嬉しくて、照れ笑いを零した。
敦盛は散策の帰りらしく、二人は一緒に帰りの電車に乗った。
「しかし、今日は何かの祭りだろうか?」
いつもよりも多い人の数に敦盛は戸惑っていた。
「もしかしたら、今日は映画の公開日だからかな?」
ホームへ向かう途中に貼ってあった広告を思い出した。
テレビでも大きく報じられている話題の映画の公開日が今日らしい。
出演者も舞台挨拶をすると書いてあった。
それならばこの人の多さも納得できる。
「神子。『えいが』とは何だ?」
「ん〜・・・・・・・お芝居を大きなテレビみたいなので映すんですよ。」
「譲の家の『てれび』よりも大きいのか?」
「はい。あれくらい大きいですよ。」
と、望美は電車の窓から見えた大きな看板を指差した。
その大きさに敦盛は驚く。
「そ、それは凄いな。」
「はい。凄いんですよ。」
驚いている敦盛を望美は笑顔で見ていた。
その内に次の駅に到着すると、只でさえ人の多い車内にまた多くの人が乗車する。
車内の人口密度はほぼ限界に近いくらい。
反対側の出口付近に立っていた望美はドアと入ってきた人波の間で押しつぶされそうになった。
その時、人波と望美の間に敦盛が入り込む。
そして、望美を庇う様に向かい合わせに立った。
反対のドアの閉まる音がする。
電車の中はギュウギュウなのに、望美はそれを感じない。
敦盛が、望美を守ってくれているからだ。
「敦盛さん。大丈夫ですか?」
望美は心配せずにはいられない。
元の世界で敦盛は、こちらでいう『お坊ちゃま』なわけで。
見た目も華奢だし。
儚く、繊細な雰囲気。
そんな彼が満員電車なんて経験したことない空間で自分を守ってくれている。
望美は不安な目で見上げた。
ところが敦盛は微笑む。
「私は大丈夫だ。」
その微笑に望美の心臓が鳴った。
何だか敦盛がとても逞しく見える。
「そっか。」と心の中で呟いた。
『・・・・・・・・敦盛さんも、男の子なんだよね。』
いくらキレイな外見でも、敦盛はれっきとした男なのだ。
それを改めて実感する。
望美の心臓が鳴った。
電車はガタゴトと、規則正しく揺れる。
と、突然。
急ブレーキがかかった。
乗客の殆どがよろめき、敦盛にぶつかる。
敦盛も少しよろめいてしまった。
すると、前に居た望美の顔と敦盛の顔が一気に近付いた。
吐息がかかる程の距離。
望美の心臓は大きな音を立てはじめる。
敦盛も耳まで赤くなっていた。
お互い言葉が出ない。
離れようにも離れられない空間の中で、二人の鼓動はドンドン大きくなっていく。
『どうしよう?』
離れたいわけではないけれど、敦盛さんは凄く照れちゃうんじゃないかな?
そうっと見上げると、望美の予想通り敦盛は赤い顔のまま顔を逸らせていた。
照れているからというのが容易に分かる。
けど、敦盛さんがこんなに近くに居てくれることなんて滅多に無いよね。
中々縮まらない二人の距離が今だけはこんなにも近い。
望美は敦盛の服の裾をギュッと握った。
そして。
敦盛の胸に顔を埋めるように寄りそう。
途端。敦盛の鼓動が跳ねたのが聞えた。
「み、神子!?」
敦盛は突然の望美の行動に驚きを隠せない。
敦盛からは見えないが、望美も敦盛に負けないくらい顔が赤くなっている。
こんな行動をしてしまった自分に驚いてもいた。
落ち着こうと、深呼吸をすると敦盛のシャツの香りが鼻を突く。
洗剤の匂いとは違う、敦盛自身の香り。
それが望美を落ち着かせてくれた。
「その・・・・・。電車が満員なんで・・・・。」
我ながら何て下手くそな言い訳なんだろう。
でも、今だけ。
貴方を近くに感じたい。
すると。赤い顔のままの敦盛が口を開いた。
「・・・・・それならば、仕方がないな。」
そして、今度は敦盛の手が望美を包む。
愛しげに。
守るように。
その手が嬉しくて、望美は幸せそうな笑みを浮かべた。
下車駅までは、まだまだ続く。
今だけのこの距離も。
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