乙女心・2










「ヒノエくんのバカ〜!!」

「え?ちょっ。望美!?」


望美は叫びながら、そう言い捨て廊下を駆け足で去っていった。

それはもう、邸がひっくり返るんじゃないかと思うくらいの大声で。

もちろん、その場に居合わせてない邸の人間全ての耳に入った。


朔もその内の一人で、何事かと目を丸くする。


『九郎殿とならともかく。ヒノエ殿が・・・・?』


容易には想像できない。

女性を喜ばせるのが特技だと思えるくらい、ヒノエは女の扱いは上手いと思う。

いつだって、甘い言葉を囁き。

望美の顔を赤くさせていた。

朔に対してだって、良く気遣いをしてくれるし。

飄々としていながらも根は優しい殿方なのだと。朔は認識していた。


なのにどうして?


「・・・・・本人に聞いた方が早いわね。」


一人で考えていたって埒は明かない。

それに、望美を慰めてあげなきゃいけないわね。

妹を心配する姉のように、朔は望美の私室として割り当てられている部屋へ向かった。








「ヒノエ。君は一体、何をやらかしたんです?」

弁慶は戦闘用の薙刀をヒノエに向けていた。

背後には殺気のこもった、ドス黒いオーラが渦巻いている。


「おいおい。可愛い甥っ子に、そんなもん向けるなよ。」

「可愛い甥っ子だから、弁解の余地を与えてるんじゃないですか。」


ニッコリ爽やか笑顔の弁慶。

ヒノエは自分の顔が引きつるのを感じた。


「と、とにかく!一体何があったのか説明してもらおう!」


九郎は今にも切りかかる気満々の弁慶を落ち着かせようと、口を開いた。


「そうですよ。弁慶さん。そんなすぐ殺すなんて生温い・・・・・。」

「おいおい。お前も落ち着けって。」


弁慶に負けないぐらいの殺気を纏った譲。

それを横で将臣が宥めた。


「ま、まぁ。とりあえず弁慶。武器を下ろしなよ。」

ね?とヒノエの窮地を救うべく景時が弁慶に助言する。


「何を言ってるんです。もしもの時に逃げられたら困るじゃないですか。」


笑ったままそう言う弁慶は一向に武装解除する気はなさそうだった。

景時も自分の顔が引きつるのを感じる。


「とりあえず。訳を聞いたほうがいいだろう。」

「敦盛の言うとおりだ。皆、落ち着きなさい。」


一番冷静な玄武2人。


「・・・・・仕方ないですね。」


やっと弁慶は薙刀を下ろした。


先程の望美の大絶叫は、それぞれの用事で梶原邸にいた,、八葉全員の耳に入ったらしく。

皆、ヒノエの元に集まって来た。


「そうですね。では、説明してもらいましょうかね。」


未だ、ドス黒いオーラを纏ったままの弁慶を見ないようにして、ヒノエは口を開く。


「別に。何にもしてないし、俺も良く分かんないんだけどさ・・・・・・。」








「神子?どうしたの、神子?」

望美の部屋の前で白龍は悲しそうな顔で呼びかけていた。


「白龍。望美はそこ?」


朔の問いに白龍はコクリと頷き、今度は朔が中に声を掛けた。


「望美?」 


返事は返ってこない。


「望美。入るわよ?」


一言断りをいれ、朔は襖を開いた。


中には、膝を抱えて深い溜息を吐く望美がいた。

朔が入ってきた事に気付き顔を上げる。


「望美。大丈夫?」

「うぅ〜。朔ぅ〜。」

「一体どうしたと言うの?」


朔はそっと、望美の横に腰を下ろす。

そして、反対側から心配そうな白龍も望美に寄り添うように座った。


「神子。大丈夫?」


心の底から心配そうな白龍を見て、望美はぎこちない笑みを返す。


「白龍。ありがとう。」


白龍は、少し安心したように笑顔を返した。


「それにしても・・・・。望美。ヒノエ殿に何かされたの?」


朔の質問に望美は首を横に振る。


「では、何か言われたの?」


それについても、首を横に振る。


では、一体。


すると、望美は朔を見ながら悲痛な面持ちで言った。



「ヒノエくんのウェストが、超細いの!!」








「・・・・・・『うぇすと』?」

「何だ。それは。」

「わかんねぇよ。」

将臣・譲を除く全員の頭にクエスチョンマークが飛ぶ。

聞きなれない言葉。

恐らく望美の世界の言葉であろう。

皆の視線が一斉に2人に向けられた。

譲は眼鏡を掛け直しながら何とも言えない複雑な顔になっており、

将臣は腹を抱えて爆笑していた。


「兄さん!そんなに笑うなよ!!」


譲の諌めも空しく。

将臣は笑い続けた。


「え〜と。『ウェスト』っていうのはですね。」


小さな溜息を吐き、望美の大絶叫の理由に合点がいった譲は苦笑いしながら説明を始めた。








「望美。その『うぇすと』とは何の事?」

こちらも頭に疑問符が浮かんでいた。


「えと。ウェストってのは腰の太さの事で・・・・・。」

「・・・・・つまり、ヒノエ殿の腰周りが原因なの?」

「そう!男の子であんなに細いなんてあり得ない!!」


心底悔しそうに望美は先程の顛末を語る。



何処からともなく取り出したメジャー。

ヒノエの、男の子にしては細身の体型である彼のくびれが気になって仕方なかった。

だから、頼み込んでOKを貰い意気揚々と巻きつけ測定してみたのだが、

メジャーが示した数字に望美は目を丸くし、絶句してしまった。


「・・・・・・。」

「望美?」


その数字は明らかに自分よりもヒノエの方が細いという結果を導き出していた。

望美はまだ、絶句したままだ。



自分だって割りと、一般的には細い方だと思う。

それにこっちの世界に来てから怨霊と戦ったり、剣術の稽古だって欠かさない。

運動不足では無いし、食べすぎでも無い。カロリー消費だってバッチリだ。



なのに・・・・・・。



プルプルと、望美の肩が震え出す。


そして。


「ヒノエくんのバカ〜!!」


と、言い捨てて自室へと駆け込んだのだった。







「なるほどね。」

ようやく、話の内容を把握できた朔は含み笑いを零す。


「笑い事じゃないよ〜。」


望美はそんな朔の姿を見て、非難の声を上げた。


「ふふ。ごめんなさい。でもね、望美。貴女だって綺麗な体型よ?」

「でも・・・・ヒノエくんより太かったし・・・・・。」

「女性はふくよかな体の方が健康的で良いと思うわ。それに・・・・・。」

「??」


朔はクスリと笑う。


「それに、ヒノエ殿が太ってたら可笑しいじゃない?」


望美は想像してみた。

もしも、ヒノエくんが太ってたら・・・・・・・・。


「・・・・ぷっ。」


望美は思わず吹き出す。

想像した姿があまりに滑稽で、可笑しい。

笑う望美の姿を朔は嬉しそうに見た。


「良かった。」

「え?」

「だって。体型の美しさより、貴女の笑顔の方が何倍も良いもの。」

「そ、そうかな?」


朔はニッコリと微笑む。

嬉しくて、望美は照れ笑いを浮かべた。


「うん。私の神子は一番綺麗だよ。」


横で大人しく聞いていた白龍にも笑顔で言われ、望美はすっかり機嫌が良くなっていた。


「ありがとう。朔。白龍。」


そして、望美は二人が好きな笑顔を浮かべた。









一方。譲から、話を聞いていた八葉達は・・・・・・。


「なんだ。そんな事で騒いでいたのか。」


くだらない。と、九郎は呟く。


「まぁ。女が一番気にしてるトコだからなぁ。」


仕方ねぇよ。と笑いが収まってきた将臣は言った。


「でもさ。望美ちゃん全然気にすること無いと思うんだけどなぁ〜。」

「うむ。神子は少々、体が細すぎる。」


景時の言葉に先生は深く頷く。


「なら。良い考えがありますよ。」


弁慶は、ヒノエを見やりニッコリ微笑んだ。


「君が、太ればいいんです。」

「・・・・・。言ってる事無茶苦茶だって思わねぇのかよ。」

「確かに。そんな事で神子の心は晴れるだろうか?」


訝しげな視線を送るヒノエと、不安げな敦盛に小さく反論されたが、弁慶はあっさりと答えた。


「おや?簡単な事ですよ。まぁ。君が嫌だって言うなら・・・・・・・。」


弁慶は更に笑みを深める。




「望美さんが気に病まないように、君の存在を
消すって手もありますよ?」




言葉とは裏腹に弁慶は爽やかスマイルを振りまく。







本気だ。






その場の一同が弁慶の笑顔を見て確信する。


しばらくの間。


ヒノエは身の危険を嫌が負うにも強いられるハメになるのは、また別の話。



   
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