乙女心・4










「先生!お願いします!!」



そう頭を下げて、リズヴァーンの前に望美が差し出したものは一本の大根。

周りに集まっていた八葉+朔と白龍、皆一様に首を傾げる。



何故、大根?

料理をしろという事だろうか。

覆面をしている為、表情は他には分からないが、リズヴァーンは非常に困惑していた。

確かに、自炊は普通に出来るが譲が作る料理よりも秀でているわけでもない。

大根料理が得意だというわけではないし。

それとも、この大根には特別な何かがあるというのか・・・・・。



『この運命を・・・・・私は知らないっ!』



リズヴァーンの眉間に皺がよる。

一方の望美は、いつまでたっても返答を返してくれないリズヴァーンと周囲の困惑の眼差しに気付き、

慌てて顔をあげると、咳払いを一つしてこの珍妙な行動の説明を始めた。



「えっと・・・・・。先生もご存知だと思いますが、私。料理が下手なんです。」



アハハと、乾いた笑いを浮かべる。

そんな自分を卑下する望美にリズヴァーンは頭を振った。



「神子。人には、得手、不得手がある。そのように遺憾に思うことは無い。」



そう、暖かな眼差しをくれたリズヴァーンに、望美は微笑んだ。



「でも・・・・やっぱり、私。女ですし。将来は、旦那さんに美味しいご飯を作ってあげたいなぁって。」



若干、頬を染めて恥ずかしそうに告白する望美。

その望美の台詞に、外野を決め込んでいた数人がピクリと反応した。



「先輩!良かったら、俺が教えてあげますよ!」

「そういう事でしたら、僕が手取り足取り教えて差し上げます。」

「俺は、神子姫様のお手製なら何だって食べるぜ?」

「あ〜・・・・・。うん。また今度。」



ヤンワリ、バッサリ断ると、望美はもう一度リズヴァーンに向き直る。



「それでですね。基本を身に着けようと思って包丁の練習をしたんです。でも・・・・ナカナカ上手く行かなくて。」



望美の指は切り傷と絆創膏で痛々しい。

その手をグッと握り、望美は続けた。



「剣術は上手く行くのにって思ったときにふと閃いたんです。
 刀も包丁も同じ刃物なんだから刀と同じように扱えば、そこそこ上手く行くんじゃないかって!!!」



そこまで語ると、望美はもう一度リズヴァーンに大根を差し出した。



「それで・・・・・私じゃまだ、未熟なんで先生に試して頂こうと思って・・・・・。お願いします!!!」

「お、お前という奴は!先生の剣術をそんな事に使おうというのかっ!」

「別にいいんじゃねぇ?面白そーだし。」



顔を真っ赤にして怒鳴る九郎の横で将臣はケラケラと笑った。

九郎は首をブンブンと横に振る。



「駄目だ、駄目だっ!!先生!何とか言ってやってください。」

「うむ・・・・・。やってみよう。」

「・・・・・・え?」



やっちゃうの?



リズヴァーンの同意に九郎は思わずコケそうになった。



「せっ、先生!?」

「九郎。何事も経験だ。やる事に無意味な事は無い。何より、それが神子の望みとあらば断る理由は無い。」

「で、ですが・・・・・・。」



尚も渋る九郎を見て、望美は申し訳なさそうに顔を曇らせる。



「そうですよね、九郎さんの言うとおり。先生の剣術をこんな自分勝手な理由で無茶を言うなんて・・・・・・すみません、先生。」



若干、望美の目じりにキラリと光るものが見えた。

と、同時に九郎は背後からの悪寒を察知した。

それは戦場を駆けて来た本能が告げる。

『振り返ってはいけない・逆らってはいけない』

カチャ・・・・と刃物の音が聞こえた。

悪寒の数は、一、二、三・・・・・・・。



「ま、まぁ・・・・・。先生が良いというのであれば・・・・・。」

「ああ。問題ない。」

「・・・・・・っ!ありがとうございます!」



笑顔を取り戻した望美の横で、身の危険から無事回避できた九郎が冷やさせを拭っていた。







リズヴァーンと望美は庭先に出た。

今、リズヴァーンの手には包丁と、一本の大根。

そして、目の前には切った大根をいれる用に用意したザル。



「・・・・・・先生。お願いします。」

「うむ。・・・・・神子、よく見ておきなさい。」



そういうと、リズヴァーンは大根と包丁を構えた。

ヒュゥと、一陣の風が吹く。

ギャラリーとして縁側から見守る八葉達、そして望美はゴクリと生唾を飲み込んだ。

その刹那。

リズヴァーンは大根を頭上に投げると俊敏な動きで包丁を振るった。

剣先は流れるように華麗に舞い。

そして、疾風の如き速さ。

太刀筋に寸分の乱れも無い。

刃風は心地良い音を立てる。

ちなみに言うが、切っているものは大根である。

だが、それを忘れてしまうかのような彼の技に皆が引き付けられた。

そして、ザルの中に落ちた大根は見事に均等な輪切りにされていた。

一斉に拍手喝采である。



「スゴイです!先生!!」

「うむ。・・・・・・それでは神子。やってみなさい。」

「はい!」



高らかに返事をして望美は包丁と大根を構える。



「神子。心の目で見つめるのだ。」

「はい。先生!」



望美はそっと目を閉じる。

心の目で見つめる・・・・・。

リズヴァーンの言葉を反芻して、望美は大きく深呼吸した。

そして、頭上へ大根を投げる。



「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」



掛け声とともに望美は包丁を振るう。

その姿は舞を舞っているかのように美しく。

思わず目を奪われる。

先程リズヴァーンが見せた太刀裁きのように流暢に刃は流れ、目の前のザルの中には見事に輪切りにされた大根が出来た。

望美は感激のあまり体を振るわせた。



「先生!」

「流石だ、神子。」

「やったわね!望美!」

「おめでとうございます!先輩!」



望美に向かって大喝采が贈られる。



「ありがとうございます!これで、私。自信が付きました。何だか、上手く出来そうな気がします。」

「神子。その気持ちを忘れてはいけない。」

「はい!ありがとうございます、先生。そうだ。早速今晩、この大根でお料理を作ってみますね。」

「ああ。」

「フフッ。期待して待っていて下さいね!」



そういうと望美は二つのザルを抱えて厨房へと走っていった。

ふと、将臣が口を開く。



「つーか。包丁さばきとかの前に、あいつの場合味付けとか作り方に問題があるんじゃねぇのか?」




「「「「「「「「「・・・・・・あ。」」」」」」」」」



思わず譲は厨房へ走って行った。

が、その日の晩御飯にドス黒い大根が並んだのは言うまでも無い。

その後、胃薬が大量に消費されたのも、言うまでも無いコト。



〜あとがき〜
先生が大根切ってる姿に萌えて下さい。(笑)



   
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