十分過ぎる幸せ
「寒いな・・・・・。」
そう呟く息さえも白く染まる。
敦盛は一人、海岸に居た。
勝利の宴は賑やかで、自分には縁遠い物と感じたからだ。
そして、最後の夜に別れを告げる為に。
『全ての怨霊に安らぎを。』
敦盛が八葉として、望美に従った目的。
その、総決算ともいえる壇ノ浦の戦いは望美率いる源氏軍が勝利した。
叔父である平家の長、清盛も無事に封印して源氏軍は祝杯に酔っている。
それは平家の者としては胸が痛む事。
けれど、平穏を願う一人としてならば喜びも少なからず感じている。
やっと終わる。
全てが。
敦盛は空を見上げた。
そこには満天の月。
暗い闇夜を照らす、神々しい光。
私がこの暗い海ならば、貴女は優しく輝く月だな。
敦盛は望美の顔を思い浮かべながらそう想った。
月と海は交わる事無く遠い存在同士。
それでも海は月に恋焦がれてしまった。
それが分不相応な思いだと、解っていながら。
叶わぬ思いだからだろうか。
より一層、貴女の事ばかり考えてしまうのは。
浅ましいと己に言い聞かせる反面、
同じ思いでいて欲しいと願う自分も居る。
私は。
なんと業の深い生き物だろう。
敦盛は自嘲するかのような笑みを浮かべる。
そして、ふと思った。
怨霊として蘇ってから、笑みを浮かべるなんて事は望美と出会うまで無かったと。
「これも、貴女のおかげだな。」
悲しみや憎しみで埋め尽くされていた心に灯火のように宿った感情。
暖かくて、優しくて・・・・・・・愛しくて。
貴女を好きになってしまった事は必然だったのかもしれない。
「許して欲しい。」
そんな貴女に悲しみを背負わせてしまう事を。
敦盛は腕の鎖を見据えた。
『全ての怨霊を浄化する。』
そして、私は最後の怨霊。
「神子は・・・・・泣くだろうか?」
心の優しいあの人はきっと、嫌だと言ってくれる。
その思いに甘えてしまいたい。
しかし、それでは京は龍神の加護を失ったままだ。
何百人という生きる人々の幸せを奪ってまで生き続けるなど、許されぬ。
それに。
「私は、もう十分幸せだった。」
望美と出会って、過ごした数ヶ月。
夢のように、幸せな月日。
愛しい人と過ごす時間。
怨霊として蘇った者の内で、これほど幸福だった者はいただろうか?
叔父の清盛でさえも、こんな幸せは味わえなかったろう。
「十分過ぎる。」
この幸福のままに消滅出来る喜び。
「ありがとう。・・・・・神子。」
敦盛は至福の笑みを浮かべた。
その時。
足音が耳に留まった。
「敦盛さん?」
望美の声が聞こえる。
敦盛はゆっくり、そちらを見やった。
「神子・・・・。」
そして、月夜に一つ願いをかけた。
―――――― 願わくば、貴女の心が悲しみで押しつぶされぬように・・・・・・。と。
〜あとがき〜
この後で、清盛の呪詛が云々・・・・・って感じになるんだと思います。
はい。
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