たとえそれが、咎であったとしても
何も無い世界。
色も形も、何も無い。
そんな世界ならこんな胸の痛みは消えるかな?
瞼を閉じれば全てを無かった事に出来る気がして、そっと閉じた。
転がる死体も血が滴った刀も。
何も見えない、何も映らない。
それでも、鼻につく鉄分の匂い。
耳につく叫び声に断末魔の声。
それらが、逃れられない事を思い知らせる。
そして。
「源氏の神子!覚悟っ!!」
幾度となく駆けた戦場で培われた戦の感。
望美は、背後から切りかかる相手を一太刀で黙らせた。
つぅっと刀身に血が流れる。
両刃の剣で戦うという事は、必ず誰かを傷つける事になる。
退けば己を、押せば相手を。
必ず、血が流れる。
戦いは嫌だと、何度も、何度も思った。
『誰か』が死ぬのは嫌だ。
だから、『誰も』死なない世界を作りたいのに。
望美は強く唇を噛んだ。
戦場で涙を流してはいけない。
少しの弱さは、全てを弱くする。
それに、私は『源氏の神子』。
源氏の勝利の為に戦う戦女神。
涙なんて流してはいけない。
「神子さま!只今、前方の砦が落ちた模様です!」
勝敗は既に決した。
源氏の勝利。
瞬く間にその情報は戦場を駆け抜け源氏の兵達は、わっと歓声を上げた。
「ありがとうございます!神子さま!神子さまの御加護のお陰です。」
「そんなこと無いよ。皆が頑張ったお陰だよ。」
望美は笑顔で答えた。
戦勝に沸く兵達に背を向けて、望美は泉のある森の奥へ歩き出す。
「神子様、どちらへ?」
「うん。ちょっと、水浴びに。」
「左様でございますか。では、お気をつけて。」
「ありがとう。」
男ばかりの戦場で、『水浴び』という理由は一人になりたい時にはかっこうの言い訳になった。
泉は冷たすぎず、気持ちのいい温度。
そっと、手で掬って顔にかけた。
砂埃や泥のついた顔が綺麗になっていく。
水につけた掌はひんやりとしていて、火照り気味の顔をクールダウンしてくれた。
誰の気配もない、静かな空間。
何の前触れも無く、突然ホロリと、望美の瞳から雫が零れる。
望美は、ハッとしてその雫を撫でた。
涙・・・・・?
どうして突然ながれたのだろう?
一人になった、気持ちの緩みがそうさせたのか。
一度流れた涙は、今まで溜まっていた分を流すように止め処なく零れる。
「え?・・・・・なんで?」
望美は動揺した。
自分の涙なのに、思い通りにならない。
止まらない。
「やだ。・・・・・止まってよっ。」
懸命に、雫を拭う。
泣いてはいけない。
泣いてはいけない。
そう、一心に己を説得する。
それでも、涙は止められない。
「お願いっ!止まって!!」
懇願した。
泣いてはいけない。
泣くのは、卑怯だ。
自分の罪を洗い落としているようで。
許してしまうようで。
倒した敵、命を張ってくれた味方。
死んで良い人なんて居やしない。
誰にだって、大切な人がいたはずだ。
家族も、友人も、恋人も。
笑い合える、大事な人が。
私に、大切な仲間がいるように。
誰にとっても。
大切な存在だったはず。
それを、失くさせたのは・・・・・・・私。
その気になれば、救えた。
何度も時空を越えて、未来をしっていたのだから。
なのに・・・・・私は救えなかった。救わなかった。
私は、咎人だ。
そんな、咎人に涙は許されない。
自分が、許せない。
水面が揺らめく湖に、激しい水音を立てながら望美は顔を入れた。
零れた涙が同化されて、それは唯の水となって消えていく。
涙声も、心の奥深くへと追いやった。
ゆっくり上げた顔は濡れて、顎から水滴が滴る。
涙は姿を失くした。
何処か、安堵する自分がいる。
これもまた、卑怯だなと、思った。
ふと、背後から静かな葉擦れの音が聞こえた。
誰かがいる。
望美はすぐさま振り返えろうとした。
その時。
ドスッ。
望美は背に、何かの衝撃を受けた。
何かに押されたような不思議な感覚。
望美はゆっくり、振り返る。
背中には、一本の矢羽が見えた。
何故、こんなものが背中に?
その疑問は、自分の胸元に視線を移す事で答えが出た。
胸には赤い鏃。
左胸を抉るように突き出ている。
望美の膝が、ガクリと揺れた。
遠い場所から「ひぃぃぃぃっ!!」という叫び声と慌しい足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
この矢を射掛けた者だろう。
恐らく、平家の残兵。
望美はバタリとうつ伏せに倒れた。
静寂な森の中。
痛みはそれ程感じない。
ただ、いつもよりも熱い感覚だけが胸にある。
望美は、ぼうっと視線が定まらない眼で湖を眺めた。
このまま、死んでしまったらどうなるのだろう?
きっと、天国なんて行けないな。
目の前が暗くなるのを感じながら、そう思った。
だって、私はたくさんの命を奪って来たんだから。
救える命も見殺しにして・・・・・・。
それでも。
叶えたい願いがあった。
手に入れたい望みがあった。
愛しい人との未来。
希望に溢れた幸せな世界。
それが、多くの骸の上の物だとしても。
沢山の犠牲を払ったとしても。
望美は逆麟を手に取った。
これからまた、多くの罪を重ねるのだろう。
けれど、私は、まだ・・・・。
生きていたい。
愛しい人を守るため。
人々が、真に笑い合えるために。
この身に全ての罪を背負っても構わないから。
逆鱗が淡い光を放ち、望美を包んだ。
暖かく、優しく。
ガラス細工のような少女が、壊れてしまわぬように。
〜あとがき〜
大変遅れましたが、もちっこさまリクエスト「初音ミク『消失』イメージSS」でございます。
如何でしょうか?(ドキドキ)
本作では出てませんが、きっと怨霊以外とも望美ちゃんは戦ったはず。
平和な現代で生きてた彼女にとっては、戦で敵を倒す事も、味方が倒れていくのも、
すんなり受け入れるのは出来ないんじゃないかと。
しかも、何回も時空を越えた訳ですから、誰が、何処で死ぬなんて判りきってますよね。
けど、だれかと結ばれる為には、それらを見過ごすしかない。
彼女にとっては、結構苦しい物だと思います。
ヘタしたら、心が壊れてしまうくらい。
それでも、頑張ろうとする望美ちゃんが好きです。
気に入って頂けたら嬉しいです。

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